はんのき日記 PART2

多く読み、多く見聞きし、自分で考え、少し発信します・・

近代天皇制の罪

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今、一番心を痛めているのは、おそらく天皇明仁さん、皇后美智子さんでしょう。
なぜって、日本国憲法の平和主義、自らの生存基盤である平和主義
(九条の戦争の放棄)が、今まさに壊されようとしているのですから。
きっと枕を高くして眠れないのではないでしょうか。
天皇も皇后も、これまでに、事あるごとに、
憲法を尊重する発言をしてきていますが、これは当然といえば当然のことです。

戦後の象徴天皇制は、アメリカが日本を間接統治するために都合が良いと
あみ出されたものです。戦後の国際世論の中で天皇の戦争責任を問う声が
高まっていきましたが、マッカーサーは直接統治よりも天皇制間接統治の方
が便利で有益だと考え、天皇制を存続させたのです。
ですから東京裁判では、早々に天皇の責任は不問に付されました。
1978年に東条英機らA級戦犯が靖国神社に合祀されて以降、
昭和天皇が靖国参拝をしなくなった理由について・・・
もちろん言うまでもないことです。
天皇が自ら「東京裁判を否定するような行為」は、できっこないでしょう!
(今の天皇も皇后も同じ。靖国なんぞに行けるわけがないって)

そもそもポツダム宣言は、国体護持(天皇制維持)が確約されることと
なってやっと受諾されました。
1945年8月15日の天皇による終戦の詔勅は、「耐え難きを耐え〜、
忍び難きを忍び〜」が有名ですが、この直後に出てくる
「朕は茲ここに国体を護持ごじし得て」こそが一番大事な箇所なのです!

前置きが長くなりました。ここから本題。

象徴天皇制という形で、国体護持させるかわりに、再び日本が戦前のような
軍国主義天皇制にもどらないように、その保証(担保みたいなもの)として
戦争放棄の第九条が日本国憲法に取り入れられたのです。
だから憲法の先頭(第一章…第一〜八条)に、まず天皇のことが書かれて
いて、次に、「保証」の第二章(第九条)「戦争の放棄」がきます。
象徴天皇制と第九条は、ワンセットです。

安倍政権が閣議決定した「集団的自衛権の行使容認」は、
第九条の解釈において最も不可能とされることでした。
この解釈によって、九条はもはや何も禁止していないことになります。
ただ一般的に「戦争はいけませんよ」と言ってるだけの抜け殻に
なってしまったようなものです。
(もちろん個別法はまだなので、閣議決定だけでは動けません)
「集団的自衛権の行使容認」は、「戦争の放棄」の放棄です!!

象徴天皇制と戦争の放棄でどうにかバランスがとれていたのに、残念ですね。
天皇制というシステムはこれからの日本には危険すぎます。
なにも明仁さんや美智子さんが危険人物だと言っているのではありません。
玉として天皇制は再び悪用される恐れがでてきましたから、
もはや廃止しかありません。

今日は68回目の原爆の日。
『戦争被曝』という言い方をはじめて聞き、おや?と思いました。
安倍さんの口から出た言葉です。
彼は「日本は唯一の戦争被曝国民」と言いましたわ。
どうやら『原発被曝』と分けようとしているらしく・・・
(核の平和利用はいいことなんだぞ〜)と。


さて、以下はもう有名ですが、まだご存じない方がいましたら、
ぜひ3分少々の動画をご覧下さい。

「え〜、え〜、え〜、投下されたことに対しては、え〜、え〜、戦争中であることですから、
 どうも、広島市民に対しては、気の毒であるが、やむを得ないことと私は思っております。
 テレビは観ておりますが、放送会社の競争が激しく・・・」
  動画はここに→ http://www.youtube.com/watch?v=4b6VuxlBUYI(3分10秒)

これは、1975年10月31日に訪米(戦後初)から帰国した際の記者会見で、
原爆投下について意見を求められたときの昭和天皇の言葉です。
(「やむを得ないことと思っています」のあと、突然、テレビの話題に切り替えている)

彼にとって、広島の原爆投下はたしかに「やむを得なかったこと」だったのでしょう。
その証拠に、8月6日午前広島に原爆が投下されても、彼は「終戦」を決断しませんでした。
8月8日「ソ連の対日参戦」が知らされて、ようやく「ポツダム宣言受諾」へと考えが動き出しました。
最高戦争指導者会議が開かれ、御前会議で最初の「ポツダム宣言受諾」が決まったときには、
すでに8月10日。
・・・8月9日には、2発目の原爆が長崎に投下されてしまっていました。
彼にとって、広島市民や長崎市民がどうなろうとも関係なかったのではないでしょうか。
とにかく「国体護持」でした!
ソ連に参戦されたら、国体護持が危うくなります・・・。

昭和史最大のタブーかどうかは、一人ひとりの判断にお任せするとして・・・。
いずれにしても日本一の親米家(対米従属家)は天皇家です。
アメリカ様によって天皇家は生き延びさせられているのですから。
   
まずは、本日の天木直人メルマガ
「昭和史最大のタブーを書いた週刊朝日の真意」から転載します。

    ★     ★     ★

  発売中の週刊朝日5月31日号に驚くべき特集記事が掲載された。
  それは昭和史最大のタブーと言って過言でない昭和天皇と日米安全保障
  条約成立のかかわり合いである。
  週刊朝日のその記事の要旨は以下の通りである。

  自分自身の生命はおろか天皇制最大の危機を目の前にした昭和天皇
  は、日本占領を成功させて大統領選への跳躍台にしようとしていたマッ
  カーサーと利害が一致し、極東国際軍事裁判(東京裁判)と憲法9条の
  戦争放棄によって危機を乗り切った(筆者註:日本の占領を成功させる
  には神の子孫である天皇を活用することが必要と判断したマッカーサー
  は、東條英機らA級戦犯に戦争責任をかぶせ昭和天皇を免責するととも
  に、戦争放棄(武装解除)と象徴天皇制を新憲法に盛り込むことによっ
  て戦後の日本を他の同盟国に認めさせた)。
  しかし昭和天皇にはもう一つ脅威があった。それは共産主義との冷戦
  である(筆者註:共産化の脅威はそのまま天皇制の脅威でもある)。  
  そのため米軍の駐留が必要と考えた昭和天皇はマッカーサーにそれを要請
  するが当時のマッカーサーは憲法9条こそ(つまり非武装中立こそ)
  日本を守ってくれると説いた。たまりかねた昭和天皇は自分を戦争責任か
  ら救ってくれたマッカーサーを見限って冷戦思考のジョン・フォスター
  ・ダレス(後に国務長官)と直取引し米軍駐留を受け入れを吉田茂首相
  に急がせた。ダレスと昭和天皇の考えは一致し、吉田は疎んじられた。
  吉田には選択の余地はなかった。日米安保条約に不本意であった吉田
  は、講和条約締結(同時に日米安保条約を締結することになる)の全権
  代表として渡米することを拒んだが、嫌がる吉田を最後に翻意させたの
  もまた昭和天皇であった。

  以上のような戦後史のタブーは、断片的に語られることはあったが、
  はじめて体系的に指摘したが豊下楢彦元関西大学教授である。

  私もこの史実を、外務省を去った後にはじめて豊下教授の著作で知った。
  そしてその功績と、その著作の衝撃さについてあらゆる機会に指摘してきた。
  しかし、その史実はあたかもタブーの如く、豊下教授の名とその著作は
  今日までメディアから封印されてきた。
  そして突然の週刊朝日の特集記事である。
  この週刊朝日の記事を書いた佐藤章という記者は、多くの著書を引用しな
  がら日米安保条約に固執した昭和天皇の実像を描いているが、豊下教授の
  指摘を真っ先に引用している。

  この史実は、知る人は知っている。

  しかし、メディアに封印されてきた故に、一般国民はほとんど知らない。
  それを週刊朝日という一般国民向けの週刊誌がここまで書いたのだ。 

  新憲法下で象徴天皇となった昭和天皇が、戦後の日本を形作るという
  最大の政治行為に積極的に関与していた事だけでも驚きであるのに、
  右翼が崇拝する天皇が、売国的な対米従属の日米安保体制を、
  米国と一緒に作ったというのである。
  あの吉田茂さえも反対していた米軍駐留を、誰よりも率先して望んだ
  のである。
  自分を守ってくれた憲法9条と矛盾する日米安保条約を優先したのである。
    ・・・・後略・・・・

 
そして以下は、2006年7月18日の拙記事です。
 http://blogs.yahoo.co.jp/ff6988m/archive/2006/07/18

【昭和天皇の秘密メッセージが、アメリカ依存の日本の根本を作った】

重大な憲法違反を、昭和天皇は犯していたのですね・・自ら進んで・・・。
しかもそれは、日本をアメリカに売り渡すに等しいような・・・。

第一のメッセージは、1947年9月19日。
新憲法の施行から、わずか4か月余りのときに、“象徴”であるはずの天皇は、
マッカーサーに「米軍による沖縄の半永久的な軍事占領を勧める」という
秘密メッセージを送っています。
★天皇は、沖縄を「献上品」として、アメリカに差し出しました
(何故かは、あとで詳しく紹介します)。

第二のメッセージは、1950年6月26日。、
これは“日米安保秘密メッセージ”と言われるもので、講和問題の特別全権大使
ダレスに、送られています(吉田首相、マッカーサーをも飛び越えて!!)。
日本全土をアメリカに守ってもらいたい(何から?はあとで)、そのためには
日本全土の米軍基地化が必要なわけで、「基地問題に関する最近の誤った論争」
を是正するためにも、「(当時行われていた)パージの緩和」などを望むという
内容です。結果的に、このメッセージと11回にも及ぶ『マッカーサー詣で』により、
日米安保の基礎が作られました。
★天皇は、日本全土を「献上品」として、アメリカに差し出しました。

第三のメッセージは、1951年8月31日。
「対日講和条約に関する日本国天皇の提案」というタイトルで、当時の米ブラドレー
統合参謀本部議長から国防長官に宛てた秘密電報の中で、触れられています。
当時は、日本国内で「全面講和」か「単独講和」かで論議がおきていました。
時期が遅くなっても、「非武装・中立を理想とする日本は『全面講和』を追及
していく」という意見が、多数ありました。
しかし、天皇は、アメリカに全面的に与する「単独講和」の早期実現を望み、
このメッセージにより、アメリカ政府を「激励」しました。
1952年4月28日は、単独講和条約が、発効した日で、
沖縄では「屈辱の日」と呼ばれているそうです。


けっして!!政治的な言動をしてはならないはずの、象徴であるはずの昭和天皇は、
戦後、非常に積極的に、しかも深く、日本の政治に関与しました。
残念ながら、これは重大な憲法違反と言わざるを得ません。
今ここに至って、沖縄問題、米軍基地問題は、いよいよ深刻になっていますが、
その礎を築いたのが昭和天皇です。

とりあえず掻い摘んで紹介しましたが、おいおい詳しくメッセージの内容などを
記事にしていきます。
 
※参考文献「物語 日本国憲法 第九条」(伊藤成彦著 影書房)
     「天皇制を知るための近現代史入門」(東京都歴史教育者協議会 いそっぷ社)

さらにくわしく・・・http://blogs.yahoo.co.jp/ff6988m/38563770.html

ヒロヒトメッセージの全貌を、私はまだ把握し切れていません。
でも、サンフランシスコ講和条約、日米安保をはじめ、
ここぞという場面で活発に彼はきっちり動いていました。
初めてこれらを知ったとき、正直びっくりしました。
彼のことを「あ、そう。あ、そう」」しか言わない
すっとぼけたおじさんだとばかり、私は思っていたもので。
以下の沖縄に関するものだけでも、私たちは知っておいた方がよいでしょう。
いえいえ知っとくべきです!

(以下は、池田香代子さんのブログからの部分転載です)

      〜〜〜〜〜  〜〜〜〜〜  〜〜〜〜〜〜

昭和天皇の沖縄メッセージは全体が「痛い」けれど、とくに「痛い」文言があります。マッカーサー宛のほうの、以下のところです。

……United States military occupation of Okinawa……should be based upon the
fiction of a long-term lease……According to the Emperor, this method of
occupation would convince the Japanese people that the United States has no
permanent designs on the Ryukyu Islands……

訳すと、「米軍による沖縄占領は、長期リースというフィクションに立脚すべきで、天皇によると、このやり方で占領すれば、日本の民衆は、米国が琉球列島にパーマネントにいるという構想などないと信じ込むだろう」となります。「長期の租借なんて、日本の民衆向けの嘘ですからね、貴国は沖縄を半永久的に軍事占領するべく算段してください、ということが本意ですからね」と昭和天皇のお使いは言った、としているのです。ワシントン宛のほうには、「日本の民衆は米国の軍事的もくろみにウェルカム(喜ぶ)だろう」と、昭和天皇は言っている、ともあります。この「日本の民衆」に沖縄の人びとが入っていないことは明白です。この時、沖縄は米軍の軍政下にあり、「日本」ではなかったのですから。そんな状況のもとで提案されたことが、「核抜き本土並み復帰」というさらなるフィクションを重ねて(まさに嘘の上塗り)、今なおしぶとく延命している……。

問題はさらにあります。昭和天皇は、新しい憲法によって、政治には一切関わらないことになったはずです。けれども、新憲法施行からわずか4カ月あまりのこの時期、むしろ戦中よりも活発に、まるで水を得た魚のように、憲法など第4条(天皇の国政参加禁止)も第99条(憲法遵守義務者の筆頭は天皇)もどこ吹く風、政治家として旺盛に活動していたわけです。しかもその動きが以後60年以上、沖縄の桎梏となり続けたとなると、その政治責任は重い。昭和天皇の戦争責任について、議論は収束していません。しかし私は、昭和天皇の戦後責任、とくに沖縄に関する政治家としての責任についても問われねばならないと考えています。
        ・・・・略・・・・
60数年前の昭和天皇の沖縄メッセージは、きわめて重いと思えてなりません。天皇制を支持する方がたにも、この問題をいっしょに考えていただきたい。これをクリアすること、つまりひとりの政治家としての昭和天皇にきちんとした評価を下すことは、これからも天皇一家に好意を寄せていきたいとする人びとの課題ではないでしょうか。これは、尊崇や敬愛といった個々人の内面にかかわることをいったん棚上げにした、政治一般の問題です。ひとりの政治家の結果責任を後世が問うという、ごく通常の歴史の手続きです。私は、昭和天皇はすごい政治家だったと思います。その意図した通りのことが、2010年も終わろうとしている今なお、現在進行形で進んでいるのですから。
        ・・・・略・・・・
とにもかくにも、昭和天皇の沖縄メッセージが広く共通の情報となることがたいせつです。「文書を示せ」とおっしゃる方がおられるのですから、公開から30余年がたった今なおあまり知られていないのでしょう。今年は、アサンジュ氏のウィキリークス情報が、各国政府を震撼させました。このくにでは公安情報と尖閣ビデオが流出して、議論を呼びました。だけど、各国政府が地道にやっている情報公開によっても、沖縄メッセージのようなすごい情報は次々と私たちのものになっています。直近では、外務省が沖縄返還にかんする機密を公開しました。そうした古典的な公開情報にも目配りしなくては。私たち、忙しい。

          ☆池田香代子ブログ☆
     http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51514436.html
     http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51514596.html

今日、8月15日は、61回目の終戦記念日。
実は、この8月15日よりも、もっと早い時期に「戦争終結」の可能性がありました。
しかし天皇は、戦争終結を引き延ばしました。

『もう一度どこかで戦果を挙げてからでないと、なかなか話はむずかしい』

これは、日本の敗戦がいよいよ濃厚になった1945年2月の段階での、天皇の言葉。
つまり、この時期に天皇は、首相経験者など重臣達を集めて、意見を求めました。
このとき、近衛文麿元首相は、
「敗戦だけなら天皇制=国体上は、問題ない。
しかし、これ以上戦争を継続した場合、国民が皇室を批判するようになり、
共産革命が起こるなどして、天皇制が維持できない」
と意見を述べて、早期講和を主張しました(いわゆる「近衛上奏」)。
しかし、天皇は、上記のように却下しました。

もしも、もしも!!このとき、近衛元首相の意見が通っていたら、3月10日の東京大空襲はなかったのです!
その後の沖縄戦も、もちろんありませんでした(沖縄戦の本質は、本土決戦までの戦力持久戦、時間稼ぎだった・・・言うまでもなく)。
そして、原爆投下もなかったのです!!
さらに、ソ連の参戦もなく、残留日本人孤児も生まれませんでした・・・。

それにしても、天皇は、戦況に非常な関心を示し、いろいろ指示を出していたのです(賢かったんだ〜)。
1944年7月、サイパン島の日本軍が玉砕しました。
その玉砕直前の6月18日、天皇は、東条英機を呼んで、次のように指示を出しています。

「第一線の将兵も善戦しているのだが、兵力が敵に比して足らぬのではないか?
万一『サイパン』を失うようなことになれば、
東京空襲もしばしばあることになるから、
是非とも(兵力を)確保しなければならぬ」・・・と。

天皇は、サイパンが陥落したら、アメリカの爆撃機が、本土空襲を本格化することを予知していました!!
(サイパン・テニアンなどの基地から、B29は補給なしで往復飛行が可能)
本土への空襲が激しくなることがわかっていたからこそ、皇居や大本営の地方移転の準備も始めました。
それが、長野県松代の「松代大本営」です。
(昨年見学に行きましたが、びっくりするほどの巨大な地下壕で、天皇の住まいはもちろん、大本営、倉庫などがほぼ完成していました。この地下壕作りに駆り出されたのは、約7000人の労働者で、そのうち2000人は、朝鮮人労務者でした。)

今日は8月15日、なぜこの日に「終戦」となったのか、今一度確認したいものです。

          参考文献 「天皇制を知るための近現代史入門」東京都歴史教育者協議会作 いそっぷ社

転載元転載元: はんのき日記 PART2


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