|
今、一番心を痛めているのは、おそらく天皇明仁さん、皇后美智子さんでしょう。 |

- >
- 政治
- >
- 政界と政治活動
- >
- その他政界と政治活動
こんにちは、ゲストさん
[ リスト | 詳細 ]
|
今、一番心を痛めているのは、おそらく天皇明仁さん、皇后美智子さんでしょう。 |
|
今日は68回目の原爆の日。 |
|
昭和史最大のタブーかどうかは、一人ひとりの判断にお任せするとして・・・。 |
|
ヒロヒトメッセージの全貌を、私はまだ把握し切れていません。 |
|
今日、8月15日は、61回目の終戦記念日。
実は、この8月15日よりも、もっと早い時期に「戦争終結」の可能性がありました。 しかし天皇は、戦争終結を引き延ばしました。 『もう一度どこかで戦果を挙げてからでないと、なかなか話はむずかしい』 これは、日本の敗戦がいよいよ濃厚になった1945年2月の段階での、天皇の言葉。 つまり、この時期に天皇は、首相経験者など重臣達を集めて、意見を求めました。 このとき、近衛文麿元首相は、 「敗戦だけなら天皇制=国体上は、問題ない。 しかし、これ以上戦争を継続した場合、国民が皇室を批判するようになり、 共産革命が起こるなどして、天皇制が維持できない」 と意見を述べて、早期講和を主張しました(いわゆる「近衛上奏」)。 しかし、天皇は、上記のように却下しました。 もしも、もしも!!このとき、近衛元首相の意見が通っていたら、3月10日の東京大空襲はなかったのです! その後の沖縄戦も、もちろんありませんでした(沖縄戦の本質は、本土決戦までの戦力持久戦、時間稼ぎだった・・・言うまでもなく)。 そして、原爆投下もなかったのです!! さらに、ソ連の参戦もなく、残留日本人孤児も生まれませんでした・・・。 それにしても、天皇は、戦況に非常な関心を示し、いろいろ指示を出していたのです(賢かったんだ〜)。 1944年7月、サイパン島の日本軍が玉砕しました。 その玉砕直前の6月18日、天皇は、東条英機を呼んで、次のように指示を出しています。 「第一線の将兵も善戦しているのだが、兵力が敵に比して足らぬのではないか? 万一『サイパン』を失うようなことになれば、 東京空襲もしばしばあることになるから、 是非とも(兵力を)確保しなければならぬ」・・・と。 天皇は、サイパンが陥落したら、アメリカの爆撃機が、本土空襲を本格化することを予知していました!! (サイパン・テニアンなどの基地から、B29は補給なしで往復飛行が可能) 本土への空襲が激しくなることがわかっていたからこそ、皇居や大本営の地方移転の準備も始めました。 それが、長野県松代の「松代大本営」です。 (昨年見学に行きましたが、びっくりするほどの巨大な地下壕で、天皇の住まいはもちろん、大本営、倉庫などがほぼ完成していました。この地下壕作りに駆り出されたのは、約7000人の労働者で、そのうち2000人は、朝鮮人労務者でした。) 今日は8月15日、なぜこの日に「終戦」となったのか、今一度確認したいものです。 参考文献 「天皇制を知るための近現代史入門」東京都歴史教育者協議会作 いそっぷ社
|
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
[PR]お得情報