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「学テの強行実施の過程は、さまざまな退廃を生んだ。
全国1,2位となった香川県と愛媛県の場合は、その典型であった。
学テの備えての補習授業はもちろん、日常の教育活動も、学テに従属することになった。
たとえば3年生の場合、その出題範囲は2年の学習指導要領が中心となる。
そのため、3年の学習はそこそこに、2年生の復習にあけくれる毎日が続く。
テストの当日は、成績の悪い子をよくできる子の左隣りに並ばせる。
ちえ遅れの子どもには欠席を強いる。
テスト中に教師が、難問の正解を書いた紙切れをもって「監督」して廻る。
そのうえ、集められた答案用紙は、テストの集約地に集められる以前に、
秘かに修正が加えられたケースもある。
こうして、学力テストは、教師と教育の退廃をつくりだしていった。」
★以上は、「戦後日本教育史」(大田 堯 編著 岩波書店 1978年)のP.275〜からの抜粋・引用です。
学生時代の若かりし頃に、この本を使って、仲間と自主ゼミをしました。
本棚の奥深くで眠っていたこの本のページを、いま再び、めくることになろうとは・・・。
・・・などと感傷に浸っている場合ではありませんねぇ〜(苦笑)。
さらに、引用をつづけます。
「文部省は、1956年から、全国小中高校の児童・生徒を対象とする抽出法による学力調査を実施していたが、
60年に入ると、悉皆<しっかい>調査(全員対象調査)による全国中学校一斉学力調査(学テ)を計画し、
翌年(61年)から、強行実施した。
これは中学2,3年生の全生徒を対象とし、5科目(国・数・英・社・理)のテストを全国一斉に実施し、
その結果を各生徒の指導要録に記入、保存することを求めるものであった。
文部省は、その趣旨を、国の教育水準の維持とともに、
経済発展の基礎となる人材の全国的分布を調査するためだと説明し、それが批判を受けるや、
教育課程と学習指導の改善、教育条件の整備に役立て、育英制度、特殊教育施設の拡充の資料と
するためだと説明を変えた。
しかし、教育条件の格差是正のためならば、それまで行ってきた抽出調査で、
すでに十分の資料が得られているはずであり、悉皆調査の意味はない。
文部省があくまで悉皆調査に固執した真の意図は、教育内容統制、教師の忠誠度テスト、とともに、
人材(学力)の全国的分布をとらえ、その経済合理的な労働力配分に資するためであった。」
「・・学テ不正の批判の声は広がった。
それに対して、愛媛県の自民党県連幹事長は、こう語ったという。
『久松県知事が松下幸之助氏に、「愛媛の教育が正常化し、学テの成績は2番になった」と語ったら、
松下氏は大変に感心し、「そんないい青少年がいるところなら進出したい」といって、
子会社の誘致が内定した。工場誘致には学テが一番きくんだ。その学テの結果にケチをつけられたら、
面目は丸つぶれだ。愛媛の日本2はインチキだということになれば、工場の話はつぶれるかもしれん。』・・」
★やはり、どうしても実施するというのであれば、「何のための、誰のための学力テストなのか?」という、その目的をはっきりさせるべきです。
「子どもの学力向上のために、全国的な学力の状況を把握するため」なのか?
「学校間で競わせ、優秀校にお金を効率的に重点配分するため」なのか?
この際、はっきりさせた方がすっきりします。
とにかく、悉皆調査か、抽出調査かによって、また結果公表の如何によって、学力テストの様相は、激変します!
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