はんのき日記 PART2

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教育のこと

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            ★集団行動★

     豪華客船が航海の最中に沈みだした。
     船長は乗客たちに船から海に飛び込むように、指示しなければならなかった。

    【船長は、それぞれの外国人乗客にこう言った。】

アメリカ人には・・・「飛び込めばあなたは英雄ですよ」
 イギリス人には・・・「飛び込めばあなたは紳士です」
  ドイツ人には・・・・「飛び込むのがこの船の規則となっています」
   イタリア人には・・・「飛び込むと女性にもてますよ」
    フランス人には・・・「飛び込まないでください」
     日本人には・・・・・「みんな飛び込んでますよ」
                      (「世界の日本人 ジョーク集」 早坂 隆著 中央公論新社より)

           ★集団ヒステリー★

日本国内で頻発している若者たちの集団パニックの問題。
06年7月27日午後、千葉県のJR船橋駅前のショッピングセンターで、市内公立中学の女子生徒一人が、体調を崩して倒れたところ、周囲の女子生徒たちが次々と過呼吸症候群の発作を起こし、合計11人が病院に搬送された。
過呼吸症候群の発症による「集団ヒステリー」とも呼ばれるもので、翌日の朝刊で詳しく伝えた『東京新聞』は、各地で相次いでいる事例を明らかにした。
また、同28日発行の『夕刊フジ』は、「日本人特有の症状」で、「30年ほど前の調査では、日本ではほとんど見られなかったが、ここ数年で急激に増加。年齢層も年々低下している」との精神科医の分析を紹介。
さらに、次のような分析も明らかにした。
「集団で発症するのは、日本人だけにみられるパターン。周りに合わせるのを良いとする、集団性のある画一的な社会環境が原因だろう」と。
・・・この分析こそ・・画一的な教育を教師や生徒に強制し続けている、現在の日本の学校の姿にそのままてはまる。
画一化に対して個性を発揮すればいじめの対象にされ、その恐怖感と自己抑制とのストレスとの相乗した精神的負荷の蓄積が、わずかのきっかけで、集団パニックを発症させる。
            (「日本はどうなる2007」週刊金曜日編の中の「第二の教育勅語体制」高嶋伸欣著より)

・・・・さて、ここからが本題・・・・

教育基本法が改定され、大喜びされている方(Aさん)が、先日、こう主張されていました。
「40人学級で満足に教えられない教師は、20人学級でも、いや2人でも、満足に教えられないだろう」と。
さらに「学級人数を減らせなどというのは甘えだ!自分はかつて、50人の生徒を相手に授業をしたことがある」と豪語していました(苦笑)。
Aさんにとっての授業形態は、教室の前面に教師が立ち、生徒は皆教師に顔を向けて、話を聞くというものです。
いわゆる“一斉授業”というやつです。
この授業形態は、生徒に一定の知識を注入するときには、効率的でしょう。
オーストラリアから来た高校生が、日本の授業を見学して、何より驚いたのは、1クラスの人数の多さとその授業形態でした。
オーストラリアでは、22〜3人クラスで、常時、グループ毎の席になっているそうです。
そして、活発に自分の意見を言うことは当たり前・・。
(ひるがえって、日本の生徒はどうかな?)

40人学級と20人学級では、教育活動において根本的な違いを引き起こします。
単に、一人ひとりの生徒に関われる時間が、「少ない・多い」ということだけでないのです。

★せっかく新しい時代に見合った「新しい教育基本法」に生まれ変わったのですから、旧態依然の授業形態から脱皮すべく、少人数クラスの実現が急務です!!

「受け身的で、自分の意見を言えない」
「横並び思考で、目立つことを避ける」
「人に合わせることに、気を遣いすぎる」
・・・・なんていうダサ〜〜イ日本人から脱皮するためにもね!

たとえば、家庭も顧みず、土・日出勤当たり前で、休日も取らないような『企業戦士』のような働き方は、「改正」教育基本法10条の主旨に反します。

   新教基法 第10条
 「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、
  生活のために必要な習慣を身につけさせるとともに、自立心を育成し、
  心身の調和のとれた発達を図るように努めるものとする。」

家族そろっての食事は、生活の基本中の基本です。
父親が、残業などで、夕ご飯の時間に間に合わないなんて、禁止です。
勤務時間をきっちり守り、仕事が残っていても、「今日の仕事は明日に延ばそう」の精神で、帰宅しなければなりません。
土・日などの休日は、貴重な親子のふれあいの時間ですから、休日出勤なんて御法度です!
それに休日は、地域の社会奉仕活動にだって、親子そろって参加しなければなりません。
ましてや、単身赴任によって、親子が離れて暮らすことのないよう、企業は十分配慮すべきです。
少なくても、子どもが中学生までは、親子同居は当然です(言うまでもない!)。

日本人は、世界の先進国の中でも、働き過ぎです。
労働者である前に、地域人であり、家庭人なのです。
バランスのとれた生き方を、まず親がお手本として示すべきです。

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うちの息子が通う公立中学校は、市内で最も生徒数が少ない小規模校。
数年前に合併して大きい市になった途端、一校一校ごとに毎年下ろされる学校配当予算が、減り始めました。
調べてみたら、なんと!毎年5%ずつ、確実に減額されているのです!
(これはたいへんなことだ〜!!)

まして、うちの中学校は、規模が小さいので、他校と比べてよけいに少額になります。
でも規模が小さい学校ほど、教師数も少なくなり、一人ひとりの先生にかかる負担がその分大きくなります。
生徒の数が少なくても、公務分掌や実施する行事の数・内容は、変わりません。
だから、本来なら、小規模校ほど手厚い配当が必要なのです。


・・・そんなわけで、実は今、うちの中学校では、貧困なお金をめぐり、大変なのです。
(一歩間違えば、親同士の刃傷沙汰が発生してもおかしくない・苦笑)
今週も、そのための会議があります(秋からスタートしてもう5回目)。
出席者は、PTA本部と、部活動の役員(保護者)と、教頭先生(または校長先生)。
私は、部活動の役員(吹奏楽部)として出席します。

先週の会議の後、家に戻って、私は胃が痛くなってしまいました(気が小さいこともあり)。
どの親も、自分の子どものことで、必死です。
それがお金に絡む話ともなると、なんだかなぁ〜。
(しかし、私立ならともかく、公立の義務教育なのに、なぜ親がこんなにお金のことで悩むのだ?)

吹奏楽部は、たしかにお金がかかります。
なんといっても、『楽器あってこそ』の吹奏楽ですが、その楽器が高価なのです(修理代も)。
学校備品として購入された楽器は、どれも年代物で、購入年月日を見ると、『昭和55年』とかです。
いつ廃棄してもおかしくないような楽器で、子どもたちは健気にも、音を出しています。
楽器のつなぎ目が緩んでいるため、はずれないようテープで留めてる子もいます。
でも古いので、すぐ調子が悪くなり、修理に出すとサックスの場合「6万円の請求書」です。
これを個人で負担しなければいけないのでしょうか???

部員も少ないため、部費からの補助も限界です。
毎月の部費は、2000円で、臨時に講師料(万を超えることも)も徴収します。

それで、我が吹奏楽部の学校への希望は、せめて2〜3年に一個ずつでも、新しい楽器を購入していただきたいということです。(あと出来たら修理代の補助も)

どうなるかなぁ〜。

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           〜過去記事、転載します〜

しかし・・・これで、ほんとに改悪されてしまったら、まず現場の先生方は、ますますがんじがらめで、窒息寸前となるでしょう・・。

国が教育の隅々にまで、口を出し、評価し、人事や給料に差をつけ、教師集団も分断します。
「教師集団」という言葉が死語になる!?
たとえば、新年度のクラス編成の時、自分のクラスに、いわゆる‘問題児’を進んで引き受けようとする教師は、減ります・・自分のクラスにいじめが出たり、学級崩壊になったりしたら、大変ですから。
一人ひとりの先生が、自分のクラスを“正常に保つ”のに必死です。
学年の先生方とのチームプレイという要素は、格段に減ります。
ベテランの先生が、後輩を指導する・・などという風景も過去のことになる・・教師間も競争ですから。

日々の実践も、“目立つ”ことが優先されます。
子ども達との何気ない心の通い合いのための日記や、学級通信発行などという“地味な”取り組みは、時間の無駄です。
それよりも、市や県からの研究委嘱を受けて、どんどん学校の名を売らなければなりません。
学校予算を獲得するためにも・・・。
(実は、こういうことはすでに今もやられています)
もちろん、自分は研究主任になるのです・・大出世まちがいなし!

「心のノート」(現代版「修身」)の使用は、強制となり、指導案もきっちり書かされて、毎回授業に臨まなくてはなりません。
教基法改悪の先取りとして、すでに「心のノート」という国定教科書は、現場に下りてきています。
「我が国と郷土を愛する」は、【教育目標】として、基本法に位置づけられたのですから、評価も当然しなくてはなりません。
愛国心通知票は当たり前です。
「私は、国を愛してる」と自分は思っていても、その「愛する態度」は、国が決めたものと合致しなければ、ダメです。


★それにしても、見事なまでに、【国家主導】で教育を推し進めようという『改正』案。
時の政府(国家)が、教育の内容・方法に無制限に介入することが許される(「改正」案16条・17条)・・・これは、あまりにも危険なこと!!!!!!!
国家権力の暴走を抑止する力を、社会の中に常に持っていることが、民主主義社会の基本です。
国家が直接、教育に手を下すなんて、もってのほか!!
野蛮です!!
北朝鮮のことをもう笑うことは出来ません。

・・・もはや現場には、『思考停止に陥ったロボット教師』か、『立身出世だけを願う「エリート」教師』しかいなくなるかもしれません。
今でさえ、文部科学省を頂点とする上意下達のピラミッド構造(憲法違反!!)に辟易としているのに、改悪によって、ますますこの構造は強固なものに〜

                    〜以上、転載でした〜


今後は、“正々堂々と”国家が、教育に口出ししてくることでしょう。
口出しするなら、当然、お金もふんだんに、出していただこう!!
そして、現場には十分な数の人員配置です(先進国なみに、20人学級、即実施)。
授業をするための教材研究をする時間もないなんて、おかしい〜!
「授業こそ教師の仕事」です!!(当たり前のことを言わなくてはならないのも、おかしい〜)
雑用に追いまくられ、本来の教師の仕事に専念出来ないのでは困りますし、なんといっても、子どもたちに失礼です。

安倍クン、即、実施ですよ〜。

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昨晩の報道ステーションで、古舘が「むなしい」と言っていたけれど、「むなしさ」を味わっている場合ではない。
それで一番喜ぶのは、安倍首相達でしょう!!

「改正」されて、‘理念法’ではなくなってしまった「教育基本法」。
つまり、‘行政施策法’となった・・・(これは、『政治が変われば、教育も変わる』ということでもある!)。
さっそく、安倍クンは、「(17条で示している通り)『教育振興基本計画』を策定する」そうだ。
教育の細かな具体的な取り組みが、国によってつくられ、実施される。

   ★その時の政府 → 文部科学省 → 都道府県教育委員会 → 市町村教育委員会 → 教育現場★

上意下達による教育の“中央統制”が確実に実施される。
(あれっ、これからは“地方分権の時代”ではなかったっけ???)

とにかく「改正」されてしまった以上、もう言い訳は出来ない〜。
これからは、政治に無関心を装っていたら、すぐ自分に跳ね返ってくるのだ。
一人ひとりが政治にきちんと向き合い、おかしいと思ったら“愚痴”ではなく、“意見”を言っていかなければならない。
政治の話をタブーにしていたら、結局は自分の首を絞めることになる。

★☆★‘行政施策法’となった教育基本法のもとで、『政治が変われば、教育も変わる』のだから、
   今まで以上に私はご意見番としてがんばらねばならないと、
   超微力にもかかわらず、偉大な決意をしているところです(大苦笑)。

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