はんのき日記 PART2

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教育のこと

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   「政府案のように教育基本法を変えると、日本の教育はよくなると思いますか?」
          ・・・という質問に対する回答は・・・・
        
                「よくなる」4%
                「変わらない」46%
                「悪くなる」28%
                「わからない」22%

(朝日新聞・アスパラクラブ会員の中の「beモニター」によるインターネット調査。2545人の回答から。11月25日版より)

「変わらない」と答えた人へ「なぜですか?」ときいたところ・・・
断トツで多かったのが、「教育基本法が教育問題の原因ではない」でした(785人)。
「改正」による効果をほとんどの人が期待していませんねぇ。
・・どころか、「悪くなる」が28%ですよ!
(偏向朝日の読者だから、多少‘辛め’に考えたとしても、【「よくなる」4%】は、やはり少なすぎませんか?)

ついでに・・・「教基法の改正は、いじめの根絶に役立つ?」という質問に対しては、・・・
                 
                 「はい」2%
                 「いいえ」77%
                 「わからない」21%

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私は創価学会学会員の方々にシンパシーを抱いています。時折雑誌などで知る、その社会や人間に注ぐまなざしにも共感するところが多いです。下の記事は2001年(5年前です)5月23日の朝日新聞に載った池田大作創価学会名誉会長の発言です。(13面「私の視点」)池田先生はこんなことを発言しているのに、なぜ今創価学会員は、公明党を支持し、自民党と組んで教育基本法「改正」を推進しようとしているのですか。どこでどう変わったのですか。創価学会員のねねばばさん、せっかく記事を書いてくださったのに訪問が遅れてごめんなさい。遅ればせながら、この記事をもって「対話」の端緒とさせていただきます。


教育基本法 見直すより大いに生かせ  池田大作

 「艱難に勝る教育なし」-----ギリシャの箴言と記憶している。
 教育は観念ではない。頭脳だけでもない。実践であり正義である。「人格の向上」と「社会の繁栄」と「世界の平和」の源泉こそ、教育の本義であると私は思う。
 かつて内村鑑三は、近代日本の教育が”艱難を避ける方法”を授け、才子ばかりをつくっていると嘆いた。本来、教育は”艱難に打ち勝つ力”を育むものでなければならない。
 昨今、教育改革が政治日程に上るなか、小泉政権の下でも「教育基本法」の見直しが論議されている。
 私自身は、拙速は慎むべきであると考える。基本法の眼目である「人格の完成」など、そこに掲げられた普遍的な理念は、教育の本義に則ったものであり、新しい世紀にも、十分、通用するからだ。
 たしかに、基本法がうたう「人格」や「個性」は抽象的だという指摘もある。しかし、憲法に準ずる基本法の性格を考えれば、抽象性ゆえの普遍性は、むしろメリットとして、大いに生かせるのではなかろうか。
 第一に、「グローバリゼーション(地球一体化)」は、とどめようのない時流である。そこでは、国益と同時に人類益への目配りが欠かせない。普遍的かつ世界市民的な視野を養うことが、ますます重要になる。
 第二に、「教育勅語」に盛られたような具体的な徳目は、基本法の性格になじまないと思う。法文化されれば、必然的に権威主義的な色彩を帯びてしまうからだ。
 現代は、あらゆる既成の権威が色あせ、家族という人類最古の共同体までも”ゆらぎ”に直面してい
る。その底流を直視せずに、教訓的な徳目を並べても、復古調の押しつけとして反発されるだけだ。
 もとより私は、日本の歴史や伝統文化を軽んずるのではない。逆である。
 軍部権力と対決して獄死した、ある卓越した教育者は「慈愛、好意、友誼、親切、真摯、質朴等の高尚なる心情の涵養は、郷里を外にして容易に得ることはできない」と述べた。地域や郷土に根ざした固有の文化や伝統を尊重してこそ、豊かな人格の土台も築かれる。
 ただ、そうした心情の涵養、人格の形成は、外からの「押しつけ」ではなく、徹して「内発的」に成されるべきである。
 周知のように、基本法は、アメリカのデューイの教育哲学と親近している。デューイも内発的な精神性を重視し、それを引き出すものこそ教育であり、「人間は、教育によって人間となる」と断じた。「内発」こそキーワードでなければなるまい。
 私自身、教育を生涯の事業として取り組んできた。すべての子どもの生命にある「伸びゆく力」と「想像力」を開花させるのは、やはり教育の現場、また家庭や地域における、人格と人格の触発以外にない。
 目指すべきは「教育のための社会」である。社会のために教育があるのではない。教育のために社会があり、国家がある。発想を大きく転換して、21世紀こそ、子どもたちが「生きる歓び」に輝く世紀としていきたい。
 大胆に改革を提唱する小泉純一郎首相も、教育に関する発言は、まだ少ないのではないかという印象を国民は受けている。
 未来のために最も重要であり、世界の平和と文化の創造の根本であり、人間が人間として幸福になるための真髄である教育を、ぜひ、忘れないでいただきたい。

池田大作先生は、この記事の中ではっきりと教育基本法「改正」に反対しています。徳目教育に反対し、「押しつけ」に反対しています。「教育のために社会があり国家がある」のであって、「社会のために教育があるのではない」としています。ということは、財界ののぞむ格差社会のために学校評価性や教育バウチャー制を導入し、教育に市場原理を導入することに、必然的に反対することになるのではないでしょうか。

池田先生が冒頭近くで引用している内村鑑三はキリスト者です。「教育」と「人間」についての深い理解をキリスト者と創価学会員は共有しうることをここに見ます。創価学会員は上の池田先生の発言を今どう受け止めるのか、問いたいと思います。

転載元転載元: キリスト者として今を生きる

日本全国津々浦々の小中学校に配布されている「心のノート」( http://blogs.yahoo.co.jp/ff6988m/41542379.html を参照)。
・・でも、正確に言うと配布されていない学校があります。
それは、養護学校です。
なぜ??


今、国会で審議中の教育基本法「改正」案。
「改正」案の目指す教育は、『お国のための教育』です(「改正」推進派の人達もそう断言している・苦笑)。

現教育基本法では、いうまでもなく『子どものための教育』という理念でした。

今まさに!!!教育の根本を指し示す教育基本法において、『子どものための教育』から『お国のための教育』への大転換が図られようとしています!!(まだまだ決まったわけじゃないが)
[現教基法が、戦前の『お国のための教育』の反省から、180度大転換して、『子どものための教育』となったが、またそれが180度大転換して(つまり360度一回転して!)『お国のための教育』に戻る!!]

さて、なぜ、養護学校には「心のノート」が配られていないか、わかりますか?

                                         つづく

    ★ 娘さんが定時制高校に通っている友人からのお便りを紹介します。★


・・・ここに通う子の半分以上が、片親で経済的にも苦しかったり、複雑な家庭環境にあります。
少年院や鑑別所にいた子も少なくなく、不登校や中退者(高校の)もゴロゴロといった状況。
つまり全日制より、よっぽど不満やストレスを抱える生徒達が通っていることになります。
また、7割ぐらいが少なくともアルバイトをして働いています。
ところが、いじめらしいいじめが、定時制にはないらしいのです・・娘の通う高校は、とくに。
娘に聞くと、
「いじめている暇がないのでは?」
「皆がそれぞれ変わっているから、あえていじめないのでは?」
「学校生活が、規則や教師の言動を含めて、“ユルイ”からでは?」
・・ということでした。

現場の教師の話によると、親から見離され、家庭が子どもの居場所でなくなり、学校が唯一の居場所になっている子もいるとのこと。
実際、定時制の給食だけが、一日の食事になっていて、まれなケースですが、一人で2人分を食べていく子もいるそうです。

PTAの役員をしている母親の方から「ケータイでは連絡があるけど、10日も家に娘が帰ってこなかった」と聞いたこともあります。
我が家も昨年の春頃、泊まるところがないから泊めてくださいと言われ、下級生を2〜3日泊めました。

子ども達にとって、定時制の学校は、小中学校のように命令したり、評価したりする“嫌な場所”ではなく、自分にとっては、“大切な場所”のような存在になっているのかもしれません。
授業中は学習しに来ているというより、遊びに来ているような態度なので、学力らしい学力はついていない気がしますが、教師とは対等に話していますし、人間関係とか人との信頼関係は、(人によりますが)回復できるのではないかと思います。

作家の灰谷健次郎さんが、著書で、ある教育関係者の引用をしていました。

     【今の学校は、子どもたちにパンではなく、石を与えている】

「希望」ではなく「絶望」を、「助け合い」ではなく「足の引っぱり合い」を、教えているのではないでしょうか?
     
      ・・・・・・・以上本人の了承を得て、掲載しました・・・・・


かつて教師だった私も「子どもたちにパンではなく、石を与えて」しまったかもしれません。
そして、私自身も「パンではなく、石を与えられていた」と言えるかもしれません(これは言い訳っぽい)・・。
今後さらに、大きな大きな石が、上からドンドン降ってくる、なんてことになりませんように・・・・。

"愛国心"とは、こんな卑劣な"心"なのでしょうか。「教育基本法」改正案について、札幌の中学生が安倍総理に、「反対の声明文」を送ったところ、「匿名の大人」から「抗議文」が届きました。15歳の"自由な意見"に"脅迫"ともとれる批判でした。
http://www.stv.ne.jp/news/streamingWM/item/20061117182019/index.html

(衆院議長)「賛成の諸君の起立を求めます。賛成多数。よって、この法案は可決されました」
自民・公明与党だけの出席で衆議院を通過した「教育基本法」。ポイントのひとつは、初めて文言になる「愛国心」。賛否が分かれる問題です。
この「改正教育基本法」について札幌の中学校では、女子生徒たちが自ら勉強して、「愛国心を国民に強制するものだ」との結論に至りました。そして、この法案に反対する声明文を安倍晋三総理大臣あてにおととい送ったのです。
(女子生徒)「自分の国を大切にというのはいいが、間違った方向に進んでいるんじゃないか」「反対の人はしょうがないと思っている。動かないとこのままですよね」
こう話してくれた中学生。実は、きのうの約束では、普通にインタビューさせてもらう予定でした。なぜ、取材が匿名になったのか。

(抗議のメール)「安倍首相の送った中学生の意見書は何だ?お前ら、学校で何を教えているんだ」

この彼女たちの行動を知った一部の大人が、彼女たちに対する脅迫ともとれるメールを匿名で送りつけてきたのです。
(教頭)「生徒が自分で関心を持って意見を表明したのは素晴らしい。いろいろな意見を封じ込める残念な反響だ」
この学校では、生徒それぞれが意見を書いたカードを送る準備もしています。生徒たちが自分で考えて「押し付けだ」と感じた教育基本法改正案。「愛国心の強制」どころか、「言論の自由」さえも封殺しようという大人の行為に、15歳の心は深く傷つきました。
法案についての「賛成」「反対」があるのは当然だと思います。15歳の彼女たちは自分たちで考えて、著名もつけて安倍総理に反対の意思を表明しました。ところが、それを知った一部の大人は「匿名」で彼女たちを批判した。あまりにも卑劣ではないでしょうか。

(2006年11月17日(金)「どさんこワイド180」)

転載元転載元: おばあちゃんの鐘馗(しょうき)さま


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