はんのき日記 PART2

多く読み、多く見聞きし、自分で考え、少し発信します・・

教育のこと

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保坂議員のブログにもあるように、複数の方から得た情報では、与党側から「地方公聴会」の開催を11/6〜11/9にかけて複数箇所同時に行うというのだ。「地方公聴会」が開催されると聞いてもピンと来ない人が多いだろう。しかし、ある程度法案審議についての手順について見識のある人なら顎が外れるほど驚くはずだ。「地方公聴会」の開催をするということは、事実上、実質審議はもう必要ないという意思表示を意味するからだ。野党が公聴会開催に反対しているということだが、問題のポイントは、「与党がもう実質審議は終わりにして採決しよう」という姿勢を示したことにあるのだ。現在、各誌が報道するように国会内部では、11月上旬、具体的には11月10日が第一回目のXデーであると言われているようである。複数地同時開催の地方公聴会を行い、11月10日に採決という算段が目論まれているようなのだ。今、非常に危険な時期に入っている。ここで反対の声を国会へ届けなければ、これまでのような教育基本法の「解釈改正」で滅茶苦茶にされた教育が、教育基本法そのものの「改正」という本当に取り返しの付かないことが生まれてしまう。この基本法は一旦失われるともうおそらく二度と手にはいることはないだろう。
【AML全文・行動提起】http://list.jca.apc.org/public/aml/2006-October/009852.html
【平和志向法律屋】http://houritu.blog69.fc2.com/blog-entry-85.html#trackback
【どこどこ日記】http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/7b67789b0c92864de73b571ec654a12b

転載元転載元: ロシア・CIS・チェチェン

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心理学とカウンセリングの手法を駆使した「心のノート」。
今までにない新しいタイプの9年間にわたる全国一律道徳プログラムです。
「ノート」作成の中心人物・河合隼雄氏は、「ユング心理学」の専門家です。
「『ノート』では、できるだけ子ども達が自覚的に考えられるように工夫している」と、彼は強調しています。
河合隼雄氏は、森元首相の「神の国」発言に対して、「首相の言いたいことには基本的には賛成する」とコメントしました。
その数ヶ月後に、「心のノート」作成協力者会議の座長に就任しています。

ほっと心が癒されるような素敵な写真満載の「ノート」を手にとって、パラパラとめくってみると、「へ〜、どこが問題なの?」という感想が、けっこう聞こえてきそうです。
綺麗な色合いの挿絵や、とびっきりの笑顔あふれる子ども達の写真・・。
「ノート」は、色彩心理学に基づく色づかいや何種類ものイラストが、使い分けられていて、実に巧妙につくられています。

また、「ノート」には、自由に書き込みができる『空欄』がほとんどのページに登場します。
『空欄』は、カウンセリング理論に基づくマインドコントロールの仕掛けにおいて、とても重要です。

たとえば、「ルールを守りなさい」と一方的に説くような手法ではなく、「なぜルールを守らなくてはいけないのだろう?」「決まりやルールがなかったら、どうなるのだろう?」と誘導質問し、その後に『空欄』がきます。
その『空欄』で、子ども達は自分と対話し、内省し、空欄に書き込むことにより、「ノート」の内容を自分で選び取った気持ちになります。
たとえ、人権に反する校則や間違った法律やきまりであっても、それをそのまま認め(ここが凄いところ!!)、自分で自分の心を進んで縛れるように、カウンセリング理論で誘導していくのです。
「ノート」の内容も、自分で書き込む内容も全て、国家が求める徳目の枠内になるよう、上手に誘導されてしまいます。
「心のノート」は、「心を縛るノート」です!!

つまり、国家的な規模で子ども達をマインドコントロールし、子ども達の多様な思考や感性を、あるひとつの方向へ統制しようとするこの「ノート」は、一皮むけば、戦前の「修身」とそっくりなのです!
外見や雰囲気は、たしかに全く違いますが、その内容(徳目)は、かつての「修身」そのものです。

さて、2003年3月に、日本臨床心理学会は、「心理学を人を管理したり、操作する道具にすることを批判し続けてきた」立場で、「子ども性を奪う『心のノート』」として、これを批判しています。
また、臨床心理学の小沢牧子氏も、1995年より開始されたスクールカウンセリングの問題点を指摘しています。
たとえば不登校・いじめ・学級崩壊などの様々な問題の原因を、子どもの『心』にあると見てしまうことです。
現実の状況の中にある矛盾・誤りが、その子の『心の持ち方』に収斂(しゅうれん)されていく手法は、すっぽり「心のノート」にも当てはまります。
「ノート」小学1・2年生用で、「ないしょのはこ」のページには、一人ひとりの心の奥底の内緒を持つことは、良くないこととして、描かれています。
内緒を持つ子は、暗い子・嫌な子という誘導の仕方です。
家族のこと、病気のこと、社会につながる悩み(様々な差別など)・・誰にだって人に知られたくないこと・あえて人には言いたくないことがあります。
でも、そんなナイーヴな心もさらけ出そうと「ノート」は、呼びかけます。

「心のノート」には、心理学的道徳の危険性が、たくさん詰め込まれています。

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私が、小学校の現場にいたとき、公務分掌(役割分担)でとくに大変だったのが、給食会計でした。
年間にすると、合計2〜3千万円にもなる給食費用の支払いを、毎月、月末に、一人でやりました。

牛乳代、主食代(パン・ご飯・麺類)、野菜代、加工食品代・・と4者に支払います。
野菜代は、地元の八百屋さんから仕入れていましたので、請求書が届くと、小切手を用意します。
休み時間(だいたい2時間目と3時間目の間の長い休み時間)に、近所の銀行に駆け込み、通帳から下ろして小切手を書いてもらいます。
用意が出来ると、八百屋さんに「支払いの用意が出来ましたので、来ていただけますか?」と電話を入れます。
たいてい、午後3時〜4時頃になることが多く、それまで50〜70万円の小切手を紛失しないように、持っていなくてはなりません。
体育の授業で外に出るときは、ジャージのポケットに小切手を突っ込んで、走り回っていました。

請求書・領収書などを全て綴じ込んでいくと、一年間で、厚さは10センチ以上にもなりました。
年に2回の会計監査に間に合うように、帳簿付けも当然しなければなりません。
なるべくこういう仕事は職員室で済ませたかったのですが、間に合わないときは、教室に持ち込んでしまいました。
休み時間に、机の周りに子ども達がよってきても、一心不乱に帳簿付けしてたりして・・・。

この給食会計の仕事は、どう考えても学級担任をしている教師の仕事ではないと思い、私が退職するときに、事務の先生に引き継いでもらうよう、職員会議で提案し、受け入れてもらいました。
結果的に、事務の先生の仕事を一つ増やしてしまいましたが、その事務の先生とはなんやかんや、今でも手紙のやり取りをしています。

職員会議といえば、今はどうなのでしょう。
それぞれの学校にもよるのでしょうが、聞くところによると、管理職からの伝達ばかりになっている傾向があるようです。
私が(勇気を出して?)発言しても、そのときは皆シ〜ンとしていて、会議が終わって給湯室で湯飲み茶碗を洗っていると、いつも愚痴ばかりこぼす先輩教師がそばに寄ってきて、小声で「さっきのあなたの意見、賛成よ。いいこと言うわね。」ですよ!!
こういうのが一番むかつく!!!
『愚痴はこぼさず、意見を言おう』という垂れ幕でも職員室の正面に掲げたいと思いました・・。
(今さらこんなこと言って、まさしく愚痴だ〜)

給食会計以外にも、自分に責任を任されていた公務分掌は、まだあります(学校規模にもよるが、3〜4個は当たり前)。
このときは、交通安全主任もやっていました。
毎日の登下校時の交通安全指導(朝会時に講和など)、交通安全教室の実施、一斉下校(最近は毎日やっているところも多い)の段取り、通学班に関するもめ事の相談などなど・・。

公務分掌の仕事以外にも、たくさんの書類書き、出張研修、会議など数知れず・・・。
本来ならば、教師の仕事というと、子ども達との授業や活動が主だと思うのですが、それにじっくり取り組める心のゆとり、時間のゆとりがどれだけ現場に保証されているのでしょう。
「1時間の授業を実施するためには、1時間の教材研究が必要だ」と、学生の時、勉強しましたが、いわゆる‘空き時間’(授業を持たない時間)はどんどん減らされ、小学校中学年担任の場合だと一週間に1時間あるかないかでした。
教材研究をやる時間は、実質、現場では保証されていませんでした。
その他に、テストの採点、日記のコメント書き、家庭へのお便り作成・・・もうきりがありませんね〜!!!

今、審議されている教育再生会議で‘いの一番’に決めることは、現場の教員数を増やすことです!!

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       「生きているんだね、自然とともに」

  木がへると  虫がへる
  虫がいなくなると  川のさかながへっていく
  木の生命が 虫を生かし
  虫の生命が 川のさかなを生かしている
  わたしたち人間も こんな大自然の中の
  あらゆる生命のめぐみのうえに 生かされているのだろう


       「大いなるものの息づかいをきこう」

  山の雲は、
  雲自身の意志によって流れるのではなく、
  また 波は、
  波自身に意志によって、その音を立てているのではない。
  それは、宇宙の根本的なものの動きにより、
  生命の根源からの導きによってではないでしょうか。
  そうであるならば、
  この小さな私自身も、また野の一本の草も、
  その導きによって生かされ、動かされ、歩まされているのではないか、
  そう思えてならないのです。

  
  わたしたちを生かす自然は  
  不思議な摂理につつまれている
  目に見えない神秘の世界がある

  人間の力を超えたものがある


         「見つめよう わたしのふるさと そしてこの国」

  ふるさと、それは わたしが帰るところ。
  大きくなってふり返ったとき
  ここに生まれてよかった  ここに住んでいてよかった
  そう、思えるところ。
  それが、わたしのふるさと。

  この国を背負って立つのはわたしたち。
  わたしの住むふるさとには、  わが国の伝統や文化が脈々と受けつがれている。
  それらを守り育てる使命が わたしたちにはある。

●以上は、「心のノート」小学5、6年生用のほんの一節です。
たしかに、「自然によって生かされていること」に、異論はありません。
「人間の力を超えたものに対する畏敬の念」も、否定するものではありません。
ページをめくっていくと、富士山の美しい写真とともに、「見つめよう わたしのふるさと そしてこの国」ときます。
自然への崇高さのシンボルのような富士山が、気高くとりあげられ、さらに、富士山は、「日本のシンボル」へと‘なにげに’移行します。
そして、私のふるさと(地域・郷土)が、一気に「国」へと飛躍します。
つまり、私のふるさとへの思いとか、自然への謙虚な思いが、いつの間にか国家への畏敬の念へ、さらに国民としての使命の自覚へと誘導されていきます。
また、自分が属する集団に対して果たすべき「役割と責任」が、随所で強調されています。

  家族の中のひとり
  クラスの中のひとり
  学校の中のひとり
  地域の中のひとり
  わたしには いろいろなわたしがある。

・・・と、同心円的に集団が広がり、最後には国がきます。
「個」としての私は、あくまでも国家という集団に所属する一員です。
美しい風土、私のふるさとへの愛着心、偉大な自然への謙虚な思い・・・すてきなことです。
これで完結していいことです。
でも「心のノート」では、これらを出発点にして、郷土愛・愛校精神・愛社精神・愛国心へと暗黙の強制力で、押し広げられていきます。

★自分がその集団に属しているだけで「愛」してしまうという従順さが、強く求められます。★

その集団の秩序を乱してはなりません!
その集団への奉仕こそが美徳とされます!
小学校1年生から中学3年生までの9年間で、「わが国を愛し、その発展を願う」国民(臣民)へと躾られていくのです。

そもそも国家に畏敬の念を抱く時、国家への批判は‘もってのほか’となります。
「お上にもの申すなんて、めっそうもない。偉大な国家に誰が文句を言いましょう。」
それよりも、国家の一員であることに進んで喜びや誇りを感じ、お国のためならば、骨身を惜しまず働こうという奉仕の心へと向かいます。

「ノート」には“良い子”のパターンがどっさり載っています。
それにはずれると“悪い子”のようで・・・・。
それにしても、“大人”(国家)にとって、都合の良い子どもにしていこう、という意図が見え見えだから、うさんくささが、そこかしこに漂う〜。

「心のノート」は、その作られ方、現場への一方的な配布の仕方、そしてその内容からして、教育基本法改悪の先取りです。

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今、この教基法を変えようという動きが強まっていますが、本当に変えなければいけないのでしょうか?
残念ながら、「改正」の理由・必要性はほとんど明らかにされていません(隠されています)。

「いじめの問題があるだろ」「今時の教師はたるんでいるぞ」「個人が大切とばかり、わがままな子どもが増えたぞ」「国を愛さない子どもが多い」・・はては、最近にわかにクローズアップされた、高校の未履修問題・・・・
ま、まさか、だから「改正」するって?(冗談ですよね)

ところで、今朝のテレビを見てたら、高校の未履修問題を受けて、安倍首相は「教育再生会議の論議を急ぎ、教育委員会のチェック機能強化を進めたい」と、言ってました。
この未履修問題の根本にド〜ンと横たわる大学受験の問題には触れず、教育委員会の強化を進めたら、ますますこの問題は、深刻の一途、現場の苦悩は深まるばかり!!
「国際競争力の強化」に向けて、経済界は大学に競争力に打ち勝つ人材を求めています。
安倍首相自身も「国際競争力の強化」を言ってるじゃありませんか。
高等普通教育を歪めてきたのは、『大学受験』という鬼門です!!!(今に始まったことではない)

話を元に戻します。
教基法「改正」の真のねらいは、「新自由主義・国家主義改革推進のため」、ということです。

新自由主義(市場万能主義)とは、自由競争の名のもとで、競争原理の導入がバンバンされ、弱肉強食・優勝劣敗を是認し、ごく一握りの少数は「勝ち組」、そうでない大勢の人達は「負け組」とされます。
いわゆる「格差社会」は着々と進行し、今や先進国の中でも格差の大きさは、アメリカに次いで、第2位となりました。
経済のグローバル化にともなって、財界自身が、これまでと違う労働力・人材を強く求めています。
「改正」を強く求めているのは、経済界です。

国家主義推進のための「改正」という点では、「心のノート」を作った中心人物である河合隼雄氏の次の言葉が、象徴的です。
「国家にとって、教育とは一つの統治行為」
「義務教育は、サービスではなく、若き国民の義務であるという観念を復活(していく)」
(若き国民の義務!!!・・・かつて、戦前に‘小国民’から‘少国民’に変えられたことと似てる)

教基法「改正」は、教育の意味を根本から大転換させます。
「国民のための教育」から「国家のための教育」へ、です。

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