はんのき日記 PART2

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裁判員&死刑制度

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裁判員制度がスタートして5月21日で10年になるという。
法律に素人の市民を裁判に参加させるのなら、民事・行政裁判が適当なのではと、今でも思う。
しかし、なぜか刑事裁判に参加させているこの制度。
しかも最高刑が死刑や無期懲役になりそうな重大事件の裁判に参加させる。
死刑制度のある国での裁判員制度!!
当初から疑問点が多かった。最高裁の本当の目的は何か?
良い市民と悪い市民の分断を狙う?
市民参加という表看板のもと、実質は『国家権力の一翼を担わせる』?
市民はけっして権力者側に引き込まれてはいけない。

以下は、ちょうど10年前の拙記事をそのまま掲載。

     ★     ★      ★
今年の5月21日から‘何の修正もしないまま’始めてしまおうという裁判員制度。
もうすぐです。
しかし未だに、裁判員制度に対して、アメリカ映画「12人の怒れる男」を
イメージしている人が多いようです。
先日も新聞の投書にありましたが、「映画を見て感動したから、
裁判員制度もいいのでは」と思い込んでいました。
「12人の怒れる男」で描かれているのは、陪審制です!
日本がスタートさせるのは参審制です。
日本の最高裁は、以前の記事で記したように、一貫して陪審制に反対してきました。
なぜなら、あの映画のように市民が主体的に本気で司法に参加されては困るからです。

最高裁は、真の市民参加には大反対なのです!
あくまでも“市民参加風”の裁判でいきたいのです。
裁判所は主導権を市民に渡すつもりはさらさらありません。
だからプロの裁判官が主導権を握れる参審制にしました。

あの映画の感動に惹かれて、裁判員になってもいいと考えるとしたら、
それは無知による無責任です。
「裁判員になるのを逃げてはいけない」「尻込みせず前向きに引き受けよう」
そういうことではないのです。
たとえばアメリカの陪審制では、検察が持っている証拠は全面開示されますが、
日本は全面開示ではないので、検察が隠せばそれまでです。
この一点だけでも、公正な判断ができるはずもないので、
私だったら絶対に引き受けません。
というか、引き受けてはいけないのです。
また陪審制では認められていない調書裁判も、日本では認められています。

「裁判員になって、がんばろう〜」などと言っている人は、
見せかけの市民参加に惑わされています。
真面目で正義感の強い人ほど、結局は『えん罪作り』に加担してしまう
可能性が大なのに・・。

しかも、死刑制度のある国では、初の「司法への市民参加」となります!!
世界広しと言えど、日本だけです、こんな制度。
たしかに欧米のほとんどの国では陪審制や参審制があります。
でもアメリカ以外はすべて死刑は廃止しています。
そのアメリカは陪審制で、原則的に量刑〈刑罰の軽重)判断はしません。
ですから死刑判決を陪審員が出すという場面はありません。

さらに陪審制は、プロの裁判官は加わらず、市民12人による陪審員だけ
で有罪か無罪かを審議します。
12人の意見が全員一致になるまで、時間の制限をつけずに、
とことん論議するのです〈映画のように)。
それにひきかえ、プロ3人と裁判員6人の裁判員制度では、過半数による多数決です。
(ただし、被告人に不利な決定になるときは両者が混じってなければならない)
有罪か無罪かを決めるのも量刑(死刑か無期かなど)を決めるのも、
多数決なのです。
過半数多数決で、死刑判決が下る!!
こんな異常な国、日本だけです。
5月から本当に裁判員制度をスタートさせてしまってよいのでしょうか?

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今回ほど悩ましくてすっきりしない選挙はありませんゎ・・。
安倍首相の誕生確実!?〜ガ〜ン。

「“本気”で脱原発を進めたいなら、好き嫌いで投票している贅沢はもう許されない」
という投稿がMLにありました。以下↓だいたい転載。う〜ん、なやましい。

  自民党が勝てば確実に原発は推進です。
  好き嫌いは別にして、『民主+第三極の連立』が第1党になるしか
  現状では道はありません。
  それが嫌と言うなら、原発推進に利するだけです。
  比例区ならば、投票した票は生きるのでどこに投票してもよいでしょう。
  (ただ、社民や共産は連立を組めなければ意味がなくなる)
  
  小選挙区では、大量の死に票が出ます。
  原発推進が1名、脱原発が4名立候補したとして脱原発候補がそれぞれ18%ずつ
  得票しても、原発推進候補が28%得票すれば、その1名のみが当選です。  
  72%の脱原発票は死んでしまうのです!
  7割の人が脱原発を望んでいたとしても、3割の票で当選した候補は、
  「原発推進が民意だ!」と高らかに宣言するでしょう。
  
  「本気」で脱原発を望むなら、好き嫌いを言う贅沢はもう残されていない・・。
  選挙区ごとにもっとも『当選の確率の高そうな』脱原発候補に
  固めて投票するしかないのです。


そんな中、返す返すも残念なのは、共産党さんが299人立候補を立てたこと。
わ〜ん、これでは脱原発票の「死に票」続出、「票割れ」確実です。
選挙は勝つか負けるか。作戦が必要なのですよね。
299人立候補は、「敵に塩を送る」結果にならないでしょうか???

3.11以降初の総選挙、最大の争点は「原発なるもの」。
原発問題は、TPP、消費税、憲法を内包している。 
背後にはアメリカがいて・・。
最近ますます「脱米こそが、脱原発への第1歩」になるような気がしてきてます。

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死刑の真の機能!

光母子殺人事件で、死刑が確定されました。
死刑制度は私たちの善良な日常を護ってくれる制度と思いがちですが、
そんな甘いものではなく、
国家権力が恣意的に誰かを死に至らしめようと思えばできるシステムです。

『殺人を犯した凶悪犯罪者=死刑かどうか』ばかりが論じられ、
この制度の【国家の市民への謀殺圧殺の道具】としての視点が、
まったく欠落しているのが、非常に怖ろしいです。
そして、自分は絶対に死刑になるような凶悪犯罪など犯さないと思っている人が
多いかもしれないけれど、国家権力って、そんな生易しいものではない・・・。

以下は、2008年7月18日の記事の再掲です。


私は死刑制度には反対です。
なぜなら、人が人を裁くことに間違いがないとは言えないからです。
とくに昨今の冤罪の多さは,ますます裁判そのものへの不信感を強めます。
・・・などという理由は、まだまだ甘かった・・。

以下の週刊金曜日の記事を読んで、いよいよ死刑反対の意を強く固めました。
たとえ一人たりとも殺していなくても、「内乱罪」(政府をひっくり返したり、
国家の安全を危うくした者を罰する法律)によって、死刑になりうるとは(!!)
・・・恥ずかしながらこの歳まで知りませんでした。
「自分は絶対に人殺しなどの凶悪犯罪を犯さないから、死刑とは無縁。」
などと呑気なことを言ってられません。  
“死刑の真の機能”は、そんな甘いものではない・・・。

               〜以下、転載〜

「・・・それにしても、かねて私が不思議でならないのは、『死刑』と『戦争』という
二大国家悪をめぐり、とりわけ日本では、戦争には当然のごとく反対する人びとが、
こと死刑については、雑ぱくな容認論を平然と口にし得ることなのです。」

「殺人が悪しきことであるなら、その加害者といえども、人為的に生命が奪われてよい
はずなど、絶対にありません。しかも逃れようもなく周到に、死ぬことのみが『正義』
であるとして。」

「むろん冤罪の可能性は常にあり、そしてまさに近代天皇制国家完成の策動としての
空前のフレームアップ(政治的でっちあげ)たる『大逆事件』の例を引くまでもなく、
国家が民衆を謀殺圧殺する具としてこそ、“死刑の真の機能”は存します。」

「仮に1名の死者も発生せずとも『死刑』が科せられ得【内乱罪】等の規定も明記されて
いる現行刑法下、問題をいわゆる“凶悪犯罪”にのみ局限し、ひたすら「遺族の処罰感情」
の処遇を挟んで重ねられる昨今の死刑論議の狭さ、低さに、私はこの国の特異な精神風土を
見る思いがするのです。」

「私が死刑に反対するのは、・・人命が法手続きとして断たれるという残忍と頽廃とを容認
し難いためであり、国家が民の命を合法性を装って奪うという暴虐を阻止したいため・・」

                 〜以上、転載〜 
        (週刊金曜日2008.5.16 702号「死刑制度という絶対悪、国家悪」より)


【大逆事件】:1910年、明治天皇暗殺計画を立てたということで、幸徳秋水ら12人が死刑、12人が無期懲役、数百人が逮捕された。この事件は社会主義者を一網打尽にするためのフレームアップだった。

【内乱罪】:刑法第77条。(未遂、予備も罰せられる)
  法文〜「国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法に定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし、次の区別に従って処断する。
     一 首謀者は、死刑又は無期禁錮に処する。
     二 謀議に参与し、又は群集を指揮した者は無期又は三年以上の禁錮に処し、
       その他諸般の職務に従事した者は一年以上十年以下の禁錮に処する。」


追記:死刑が適用になる罪「外患誘致罪、内乱罪、外患援助罪、現住建造物等放火罪、
   激発物破裂罪、現住建造物等浸害罪、汽車転覆等致死罪、水道毒物等混入致死罪など」

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 光市母子殺害事件。
 元少年の犯した重い過ち。
 そして重い過ちを悔いることさえ許さない死刑制度という名のもうひとつの殺人。
 死刑判決を出した広島高裁の差し戻し審判決文は、当時少年であった被告が供述を翻したことを重視した、まるで人間には曖昧さや矛盾があってはならないと言わんばかりに。
 
 マスコミ報道が正しいという前提で言うと、私がもし当時この少年に出会っていたら、たぶん嫌悪感でいっぱいになったろう。
 短絡的な犯行、ブレーキの利かない「性格」、反抗的な態度‥‥どれをとっても正直なところすすんで友人になりたいという気にはなれない。
 
 でも、こいつだって、生まれてきたときはおぎゃあと泣いたんだろう、ほかの赤子がそうするように。
 こいつだって、生きていくのに便利な嘘はついただろう、世の中の大人がそうするように。
 こいつだって、あったかいラーメンでも食った後は身体が温もっただろう、ほかの労働者と同じように。
 こいつだって、しかるべき出会いがあれば、成長もしただろう、検事さんたちと同じように。
 こいつだって、エロビデオの世界と現実との区別がつくまで多少の年数は必要だったろう、身勝手で馬鹿な多くの男どもと同じように。
 
 どうせ、ろくでもない奴だったにちがいない。
 嘘は尽くし、身勝手だし、態度でかくて反抗的だし。
 裁判官や弁護士のようにアタマよくねえし。
 
 でも、殺すことはねえんじゃないの?

 私たちは死刑がどのようにおこなわれるのかもっと知る必要がある。
 情報が公開されてはじめて世論調査が意味を持つ。
 死刑をタブー視してはならない。
 現に行なわれていることなのだから。

転載元転載元: よっしー本店

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 お知らせです。「登石郁朗判事の弾劾裁判を要求」ということでネットで署名を求めるアクションが9月29日付でスタートしています。呼びかけ文は次のとおり。
 「陸山会裁判で物的証拠がないにも関わらず、状況証拠のみにより石川知裕衆議院議員ほか小沢一郎氏秘書3名を有罪とした登石郁朗裁判長の判決は、推定無罪の原則を無視し裁判所の公正性に対する信頼を著しく失墜せしめるものであり、法治国家としての日本の根底を崩しかねないと言わざるを得ません。
 このほか、法政大学裁判においても必要以上に被告人の退廷を命じるなど公明さを欠く事例が過去にも指摘されており、登石氏の判事としての資質には多いに疑問があると言わざるを得ません。
 ゆえに、裁判官の罷免をも可能とする裁判官弾劾法に基づき、登石氏の弾劾裁判を実施すべく国会にこれを要求するものであります。」
 
 この判決については、拙稿「トンデモ裁判をこれ以上繰り返さないために」でも触れておりますが、小沢事務所がどうのこうのという以前に、司法の原則を著しく逸脱しており、まず国民の自由と権利を侵害する前例となる危険性が濃厚であるため、少なくとも国会で十分な論議が必要とされます。
 
 こういうところにも、現在の司法制度改革がいかにいい加減なものであるか、端的に現れていると思います。何がいい加減かといえば、市民の司法参加を義務付けていながら、肝心の法曹3者に改革しようという意識がまったくなく、逆に司法を彼らの思うがままに行おうという傲慢さを以前にも増して感じるからです。
 
 ひところ政治家の悪行が目立ち、国民の政治不信を招いたという構図をマスメディアは報じてきました。しかし、多くの国民はまさか報道に誤りがあるなどとは思っても見ません。投票率の低さもすべて政治に責任があると考える傾向がありましたし、私自身そう考えていました。しかし、私はあるトリックにまんまとはまっていたことに気がついたのです。「政治家が悪行を働いた」のではなく、検察がそういう立件をし、マスメディアが逮捕の模様を伝えたという、それだけが事実であったのです。はたして、数多くの事件が冤罪であることが後になってわかりました。しかし、国会で野党議員に追及される与党議員のイメージや逮捕され警察に連行される自治体の長などの印象が強すぎてその事件そのものが存在しなかったとか誤解であったというところまで国民の意識は及ばず、検察や報道機関に対する批判も大きなうねりにはなりませんでした。
 
 ところが、多くの人たちが「おや?」と思ったことがありました。日米両国間で交わされていた「年次要望改革書」に関する質疑が2004年の衆議院予算委員会で民主党の小泉俊明議員(当時)と竹中平蔵郵政民営化担当相(当時)との間で交わされたときです。「年次要望改革書」というのは、外務省のWEB上で公開されていましたが、アメリカの要求には日本の国益を損なうものまで入っており、それが郵政国会の中で次第に明らかになってくると、日本の主権を事実上侵しているという見方さえできるような内容に、委員会の録画中継をインターネットで見た一部の国民は驚き、小泉政権に対する不信感以上に、そのことを報道しようとしないテレビや新聞に対して疑惑を感じ始めました。
 
 「年次改革要望書」は、日本の司法制度改革にまで及んでおり、裁判員制度にしろ検察審査会にしろ、アメリカからの要求との折り合いをつけるために、あるいは司法制度改革の体裁を保つために、無理やり作った制度だったわけであります。したがって法曹3者の妥協の産物であることに間違いなく、細かいところまで丁寧に詰めて結論が出されたものとは思えず、当然の成り行きとして司法そのものが猛スピードで質の低下を見せ、予想もしなかったような腐敗も起こりえるのであります。しかし、すでに米国の意志がいかに強力かを知っている大手メディアは危うきところに近づこうとしません。NHKを含むテレビや新聞メディアがいかに当てにならないかということの証拠に、今回の原発事故の報道が御用学者の意見を前面に出し、独自の調査で危険性を訴えていた民間団体のネット報道を否定し続けてきたことでも明らかであります。
 
 長くなりましたが、結論としては裁判所に自浄能力はすでにないし、マスメディアが世論を喚起するということも考えにくいので、国民の権利行使として少なくとも弾劾裁判を実現する必要があると思います。賛同者の署名と、このアクションについて情報を拡散していただければ幸いです。

転載元転載元: よっしーの里

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