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9月21日の東京地裁判決に、“裁判官の良心”を感じ、心からうれしくなりました。
私は、以前、国の違憲行為を問う裁判をしました。
そのときの経験からして、今回の判決の重みを実感します。
日本の裁判の実態は、残念ながら、建前の『三権分立』から、随分とかけ離れています。
その中で、この裁判官(難波孝一裁判長)が良心を発揮できたことは、けっこうスゴイことなんです!!
【憲法76条の3項】
「すべての裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。」
つまり、個々の裁判官が、(1)良心に従うこと
(2)独立していること
(3)憲法及び法律にのみ拘束されること ・・・・です。(憲法3原則)
しかし!!日本における“司法の独立”は、以下の理由などにより、非常に難しくさせられています。
A.最高裁判所の裁判官を任命するのが、内閣による密室人事だということ。
人事権が実質上、行政権の手に握られている限り、三権分立は歪められるのは言うまでもないこと。
そして、下級審の裁判官の人事権等(任命・再任・人事異動・昇進など)は、最高裁裁判官の管理下にある。
B.最高裁の過去の判例を、下級審の判決において尊重するよう、過度の押しつけがある。
下級審裁判官は、研修会や事例研究会などで、最高裁判決を「学ばされ」、それに従うよう誘導されていく。
日本の裁判所は、実質、【司法官僚組織の一歯車】にさせられています。
その中で、地方裁判所の裁判官が、官僚組織の一員ではなく、『法律家としての良心』をどこまでも貫くならば、今回のような判決もあり得るのです。
難波裁判長は、今後、人事面で不利な扱いを受けてしまうかもしれません・・。
東京都知事の石原慎太郎は、「もちろん控訴する」と言っていました。
地裁の裁判官は、単に法律論だけでなく、当事者、被告(人)、原告、参考人などの生の証言を通じて、具体的事実に向き合い、それらの積み重ねの中で、何が正しいのかを判断していきます。
それが、高等裁判所、最高裁判所へと上級審に行けば行くほど、具体的事実から離れていってしまうのです。
また、上級審裁判官は、国民の方を見るより、国の意向を伺う方へと向かいやすくなります。
なので、裁判官の良心が発揮された地裁の判決が、覆されることが多いのです。
なんとしても、控訴断念の世論を、広げましょう!
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