はんのき日記 PART2

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戦争案内 (高岩 仁著)

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私のブログを時々読んでいるという知人から久しぶりに電話があり、「『戦争案内』上映会のお知らせをブログで紹介して」とのこと。
私が昨年12月頃、高岩氏の『戦争案内』を記事にしていたのを思い出したそうです。
彼女は、高岩氏と知り合いで、手紙のやり取りをしていて、彼が癌闘病中でありながら映画制作への情熱は衰えず、シリーズ第6作<朝鮮編>の制作を目指しているそうです。
お近くの方は、ぜひ足をお運びいただければと思います。

               〜以下、転載〜

             ☆戦争案内 チャリテイ上映☆

      映像文化協会 高岩仁監督 教えられなかった戦争・朝鮮編 制作支援

        2008年2月2日(土)午後6時30分開映
        会場:男女共同参画センター横浜 (戸塚駅下車7分)
               横浜市戸塚区上倉田町435−1
        参加費:特別観賞料700円
 
        高岩仁監督来場、テイーチ・イン予定

15年にわたる 教えられなかった戦争 シリーズで追及してきたこととは?
侵略戦争の構造的原因の究明ーその集大成となる第6作<朝鮮編>に向けて本上映会の収益は 教えられなかった戦争シリーズ第6作<朝鮮編> 制作費として、映像文化協会へカンパさせていただきます。

お問い合わせ:教えられなかった戦争・朝鮮編制作支援上映実行委員会
Phone:050−1103−5959
E−mail:eizobunkafan@yahoo.co.jp

       協賛:*旧日本軍性奴隷問題の解決を求める全国同時企画<消せない記憶>神奈川2008
          *女性映画を見る会


追記:癌の闘病生活をされていた高岩仁監督が、1月29日に亡くなられました。
   謹んでご冥福をお祈りします。
   私は、監督にお会いしたことがありませんが、「戦争案内」という1冊の本の重みをますます感じます。
                                       (2/1記)   

前々から、なんとなくもやもやと疑問に感じていた・・・。
県や市などが主催するいわゆる『官製の“平和展”』。
「誰もが戦争で苦しい体験をした」
「でも戦時中は、家族や隣近所で助け合い、頑張って生き抜いてきた」
国防婦人会の凛々しい女性の活動ぶりや千人針やバケツリレーの様子、当時の教科書などの展示。
「戦争は悲惨、でも当時の人々は健気に頑張っていた」といったトーンに終始してます。
(そして、たいてい教育委員会が後援になってる)

ようやく、このもやもやとした疑問がわかりました!
ここには、【戦争が起きる根本原因を示す展示】が一つもないということです!!
懐古趣味というか、昔の人は偉かったというか、そんな感じなのです。
先日、東国原知事が「今の若者をしつけるには、徴兵制が必要」みたいな発言をしてましたが、似たような発想だなぁ〜。
戦争が起きる(を起こす)ことを前提にした徴兵制。
それを良しとした東国原知事の戦争観・・・。


「戦争案内」(高岩仁著)には、映画作りの過程で『戦争の本質』から目を背けたり、握りつぶしたりするマスコミとの苦労話が語られています。
憲法で保障されているはずの「言論の自由」を行使することがこんなに難しいのかとあらためて思います。

          〜以下は、しつこく連続転載している「戦争案内」から〜


実は、このアジア太平洋戦争に関連して、作品(映画)をつくるときに、「戦争は悲惨だ残虐なことが起こる」ということだけに止めておくと、その作品は『文部省の推薦や特選』がとれる。
そして、学校や図書館で大いに買ってもらえて、制作費がすぐに回収できるし、金儲けができる。
しかし、戦争をだれが必要として何のために起こすのか。
戦争の起こる根本原因を追究したり、戦争を必要とする社会構造を追及して、現在同じ構造によって“第2の侵略”が進行してるなどを作品で追及したら、これは絶対に文部省は受け付けないし、マスコミでも紹介されなくなってしまって、作品を作っても製作費が回収できない仕組みになっている。

我々の仲間が、自主制作で自分たちのお金で作品を作る場合でも、なかなか‘この壁’を乗り越えることができなくて、世の中で起こる悲惨なこと、困ったことの、根本原因を追究できないで終わっている。
監督は気が付いているが、それを作品に盛り込むと、製作費が回収できなくなる、自分自身がマスコミに出られなくなる、マスコミで仕事ができなくなる、という心配が常に付きまとっている。

マニラのごみ捨て場で生活している人々を撮影し、「ここで生活している人々は、悲惨な状況の中でも、人間らしく生きている。そして、その中で暮らしている子どもたちの目が輝いている」というようなとらえ方で作品をまとめると、日本のマスコミは“安心して”この映画を大きく報道する。
しかし、「このように貧しい人が存在するのは、日本やアメリカの企業が環境を破壊し、土地を取り上げ、人権を無視して安い賃金で仕事をさせ、莫大な利益を上げ、しかもその状態を維持するために、暴力を使っている(これこそが真実だ)。」と作品で描くと、マスコミはその作品を正確に紹介できなくなる。
さらに、「この悲惨さを解決するためには、このごみ捨て場で生活している人々と、日本で過労死するほどこき使われている人々や、安い農産物が外国から‘自由’に入ってくるので、大変な困難を強いられている人達が、国を超えて連帯して、このような社会の構造を変える闘いをするべきだ」と作品で訴えると、たちまち“マルクス主義者だ”“赤”だとレッテルを張られて、全てのマスコミから排除され、仕事ができなくなり、収入の道が絶たれてしまうのが、今の日本。

今、戦争問題、基地・米軍・自衛隊問題、憲法問題、文化状況、環境問題、教育問題、エネルギー問題・・・どれをとっても、社会構造に問題があるはずだが、このことがまともに発言できない社会。

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戦争のからくり!
戦争は誰が必要として起こすのか?
「拡張する経済と軍国主義は、分かちがたく結びついている。」

《以下、「戦争案内〜映画制作現場 アジアからの報告〜」(高岩 仁著 映像文化協会)からのほぼ転載》


三井物産の企業活動と軍部との関係を示す実例。
日本が満州を獲得して、三井物産が大きく業績を発展させた一つの部門は大豆だった。
満州は、世界的な大豆の産地だった。
それを三井物産がほとんど独占的に買い占め、その油からマーガリンをつくってヨーロッパ諸国に輸出し、油粕は国内で肥料として売ることで大いに儲かっていた。

しかし1920年代になると、三井の大豆の取引高が伸び悩む。
「満州の軍閥張作霖が大豆の買い占めに手を出し始めたので困った」という内容の三井物産支店長会議の議事録がある。
さらに、張作霖は、日本が植民地支配の動脈のように利用していた満州鉄道に平行した独自の鉄道を計画して、着工を始めた。
この鉄道が付設されてしまうと、日本の植民地経営には大きな打撃になる。
鉄道工事が始まったその直後、張作霖は、関東軍によって列車ごと爆殺されてしまう(1928年)。
この翌年、1929年度の三井物産の大豆の取扱高は、倍近くに跳ね上がる。
張作霖爆殺事件は、ただ単に関東軍の仕業であるとしか日本の歴史書には書かれていない。
三井のことは全く触れられていない。

1931年、日本軍は満州事変を起こし、中国本土へと戦線を拡大していく。
1932年には、満州国を建国。
このとき、すでに満州で企業活動していた日本企業の団体「日本倶楽部」は、「満州事変を歓迎する声明」を出している。
侵略した土地で、軍事力を背景に企業活動すれば、現地の住民が抵抗するのは正当であり、当然のこと。
それを“在留邦人の生命財産に対する不法な侵害”として軍事力を行使する。
いつの時代でもどこの国でも、資本主義的経済発展をするとき、まさに「商船は軍艦を呼ぶ」。

私たちは1996年に‘満州’へ調査へ行き、満族の老婆に話を聞いた。
「1932年満州国建国と同時に、大変な量の大豆の栽培を強制された。自分たちの食べるものがなくなるほど大豆の栽培を強制されて、とても苦しかった。(もちろん三井物産の企業利益のために。)」 
しかもその後、それまで住んでいた満族の人々を、不毛の原野に追い払って入植させたのが満蒙開拓団。
日本では、開拓団の苦労話だけが伝えられているが、極寒の原野にいきなりほうり出されて、餓死者がでるほど苦労した満族の人たちの話は、聞かれない。
三井物産の大豆の商売のために、どれだけ現地の人々が命を落とし、生活を奪われ、苦労をさせられたか日本の歴史には登場しない。

もちろん、こういった話は三井物産に限らない。
戦争によって、多くの大企業は飛躍的な資本の拡大を実現してきた。
たとえば第一次大戦による大企業の発展(資本金の増大)は、以下のようになる。
            《1915年と1919年の資本金の比較》(単位:1000円)
    川崎造船所    10000 → 26501
    日本鋼管      1600 → 18000
    日本郵船     22000 → 58000
    日本窒素      3800 →  7600
    芝浦製作所     2750 →  5000
    東京電燈     44787 → 62500
    王子製紙      8400 → 17200
    久原鉱業     10000 → 41250
    北海道炭鉱汽船  22500 → 34938
    東洋紡績     13009 → 19625
    郡是製        263 →  2243

   戦争は、資本家たちが自らの企業利益のために、引き起こしてきたもの。
   拡張する経済と軍国主義は、分かちがたく結びついている。

「希望は、戦争。」という“衝撃的な”主張に出会って、やはり考えさせられました。
それで、「戦争は誰が必要として起こすのか?」の記事を、ここ何日か、「戦争案内」(高岩 仁著)から連続掲載しています(まだまだつづく)。
この際、戦争の本質・根本原因・構造をきっちり考えなければと・・・。

      “「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。”
            http://www7.vis.ne.jp/~t-job/base/maruyama.html
      「論座 2007年1月号」(朝日新聞社)の中の赤木智弘氏の文章です。

何回か読んで赤木氏の言いたいことはわかったつもりですが、でもやっぱり納得できない。
【戦争のとらえ方】が根本的に違うような気がします。
とくに以下の部分・・・。

              『国民全員が苦しむ平等を』
  戦争は悲惨だ。しかし、その悲惨さは「持つ者が何かを失う」から悲惨なのであっ
  て、「何も持っていない」私からすれば、戦争は悲惨でも何でもなく、むしろチャン
  スとなる。 もちろん、戦時においては前線や銃後を問わず、死と隣り合わせではあ
  るものの、それは国民のほぼすべてが同様である。国民全体に降り注ぐ生と死のギャ
  ンブルである戦争状態と、一部の弱者だけが屈辱を味わう平和。そのどちらが弱者に
  とって望ましいかなど、考えるまでもない。 持つ者は戦争によってそれを失うこと
  におびえを抱くが、持たざる者は戦争によって何かを得ることを望む。持つ者と持た
  ざる者がハッキリと分かれ、そこに流動性が存在しない格差社会においては、もはや
  戦争はタブーではない。


「戦争は悲惨だ。」たしかにそうです。
でも全ての人にとって悲惨であるならば、戦争は起きない(起こさない)と思います。
‘国民全てが苦しむ平等’が、戦争であるはずがありません。
もしかして、赤木氏は、「一面の焼け野原」をイメージしているのかもしれません。
たとえば隕石の衝突などの天災なら‘国民全てが苦しむ平等’が当てはまるでしょう。
「希望は、隕石の衝突」ならば、納得がいきます(地球最後の日になるのは嫌だけど・・)。

「持つ者は戦争によってそれを失うことにおびえを抱く」
「持たざる者は戦争によって何かを得ることを望む」
ここで言う「持つ者」と「持たざる者」とは、資本家と庶民(資本家でない者)だと私は考えます。
赤木氏は、資本家と庶民ではなく、庶民と庶民をを分断して「持つ者」と「持たざる者」としています。
戦争の本質から見れば、庶民間の「持つ者」「持たざる者」の違いは、“ないも同然”だと思います。

戦争は資本家(強者)がもっとお金儲けしたいがために起こすものです。
なので、上の文章はこうなります。
「持つ者は戦争によってそれをもっと得ることを望む」
「持たざる者は戦争によって骨の髄まで利用され、ポイ捨てされる」
今後もし日本が戦争するとしたら、やはりそれは、ごくひとにぎりの強者のためのものです。
戦争は経済です。
戦争で甘い汁を吸える人が、日夜、戦争を起こすことに必死です。
戦争の本質を知れば、弱者は絶対に戦争を望まないと思います。
弱者はみすみす利用されるだけです。
戦争によって、社会の流動化どころか、その逆になります。
                                      つづく

戦争の原因!
戦争は誰が必要として起こすのか?
「天皇家は、戦争するたびにお金儲けしてきた」

《以下、「戦争案内〜映画制作現場 アジアからの報告〜」(高岩 仁著 映像文化協会)からのほぼ転載。》

日本最初の侵略戦争ともいうべき日清戦争。
この戦争のための軍備増強を達成するために、どうしても必要なことが増税だった(現在も同じことが進行中)。
このときの首相は山県有朋。
山県内閣は、国会に増税案を何度も上程するが否決される。
そこで山県は、反対派の国会議員を買収するために、議員の歳費を一挙5倍に引き上げた上に、有力議員に直接買収資金を与えて、増税案を成立させた。
その買収資金(当時のお金で98万円〜今のお金にしたら100億円ぐらい!)を提供したのは天皇だった。
国会図書館に残されている西園寺公望の日記には、「首相の山県は、国会議員買収のため天皇から受け取った資金を、どうも一部自分の懐に入れているようだ」とある(現在の自民党幹部と同じことをしている)。

しかし、なぜ天皇がこんな大金を出したのか?
それは日清戦争で天皇がどれだけ儲かったかを見ればよくわかる。
日本は国家予算をふんだんに使って、軍備を大増強し、日清戦争に勝った。
日本は、清国から賠償金を3億5千万円取り、そのうちの2千万円は天皇がもらう。
当時の国家予算がおよそ1億円の時代だから、国家予算の20%に値する金を天皇は受け取っていたことになる。
そして、日清戦争に勝った日本は、台湾を植民地にするが、その台湾の最大産業である製糖業を三井物産が独占的に経営してしまう。
天皇はその台湾製糖の第2株主になっていて、10年後に12%、20年後に100%となった株の配当を手に入れている。
         「台湾人が経営する製糖工場の推移」
            1901年・・・1117
            1912年・・・ 223
            1922年・・・ 112
            1945年・・・   0
2度目の侵略戦争である日露戦争後には、植民地の朝鮮に、京釜鉄道が‘植民地支配の動脈のように’施設された。
この鉄道の上位株主は以下の通り。
       日本皇室 〜  5000
       朝鮮皇室 〜  2000
       岩崎久弥 〜  1000(三菱財閥、男爵)
       三井高保 〜  1000(三井財閥)
       渋沢栄一 〜  1000(第一銀行、男爵)
       大和田壮一〜  1000(大地主、大和田銀行)
       朝鮮皇室 〜  1000
       住友吉左衛門〜  864(住友財閥)
★その他、天皇が保有していた主な株数を以下に紹介する。
    《1905年》
日本銀行〜65660  日本興業銀行〜5000  横浜正金銀行〜60400
北海道拓殖銀行〜67  日本鉄道〜27422  北海道鉄道〜1000  
岩越鉄道〜2000  京都鉄道〜3000  京釜鉄道〜5000  日本郵船〜80550
北海道炭坑鉄道〜27690  湘南汽船〜200  帝国ホテル〜4400
                              合計〜〜286329
    《1942年》
日本銀行〜211528  日本興業銀行〜22725  横浜正金銀行〜224912
北海道拓殖銀行〜3000  日本勧業銀行〜12750  第十五銀行〜3055 
第一銀行〜5000  三井銀行〜4500  三菱銀行〜4500  住友銀行〜3000
三菱信託〜5000  北海道炭坑鉄道〜159776  日本郵船〜161000
大阪商船〜12825  台湾銀行〜15132  朝鮮銀行〜2600  
南満州鉄道〜37500  東洋拓殖〜50000  台湾製糖〜39600  
東京電気〜23842  東京瓦斯〜62068  帝国ホテル〜14700
                              合計〜〜993103
○満州鉄道への投資(株数)1925年〜4000 1932年〜37000 1945年〜84375

天皇が大量の株を保有していた企業は、ほとんど日本が行う侵略戦争に関わっている企業や戦争の結果獲得した植民地支配関連企業。
つまり、天皇にとっては、日本が侵略戦争をして植民地を拡大すれば、着実に巨大な利益が得られる仕組みだった。       
                                     つづく

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