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「アメリカさん、原爆を落としてくれてありがとう」という政治勢力を、
日本人は、戦後70年ずっと支持してきたという事実を確認したい・・。
白井聡氏が週刊金曜日にて連載中の「『戦後』の墓碑銘」。
その2015.5.1号を、以下に、転載します。
(お笑い芸人「8.6秒バズーカー」の「ラッスンゴレライ」という
持ちネタが、第2次世界大戦時の原爆投下を揶揄しているのでは?
というくだりは、ネット上ですでに話題になっていたようなので、
割愛します)
・・・クリミア半島併合の際に核兵器の使用準備を検討したというロシ
ア・プーチン大統領の衝撃的な発言に対し、広島・長崎の量市長が抗議
を申し入れた。それに対する返答が4月9〜10日にロシア側からなさ
れたが、その内容は抗議を「完全に見当違い」と結論する強硬なもので
あった。いわく、ロシアはNPT(核拡散防止条約)体制の擁護者であ
り核兵器のない世界を目指している。そして、その核心部分は、以下の
ような米国批判、並びに米国追従を続ける日本国家への遠慮会釈ない
批判であった。
〈米国の一方的なミサイル防衛システムの開発や宇宙武装の脅威など、
戦略的安定に悪影響を与える極めて破壊的な諸要素に対し、国際社会に
注意を喚起しようとロシアが声を上げていることを、残念ながら貴台は
見落としていらっしゃるようです。また、日本がどこの国の「核の傘」
に依存しているかはよく知られています。このことは、貴台が的確に表現
されているように、「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という
言葉で表された被爆者の平和への思いとまったく矛盾しています。当然、
第2次世界大戦により70年前に3千万人が犠牲になったロシアや旧ソ
ビエト連邦の国民は、どれほど平和が尊く貴重であるか熟知しています。
市長さま、貴台の書簡には、70年前、どの国が実際に広島と長崎に核
爆弾を投下したのかについては言及がありません。しかし、それは世界
中で知られています。私が思いますに、この国こそ貴台の「抗議」の対象
ではないでしょうか〉(広島市による仮訳)
遺族の代表らはこのロシアからの返答に対し反発している。だが、
ロシアの激しい苛立ちとその根拠は見落とされるべきではない。すなわち、
ウクライナ・クリミア危機の背後に米国(あるいはネオコン勢力)の暗躍
を見て取るのは全く不合理なことではない。むしろ、北京五輪開催時期を
狙って起こされたグルジア危機を踏まえれば、ソチ五輪開催中に起きた
この出来事の背後を想像しない方が不合理である。
そして、世界中で知られているように、日本政府は米国の世界戦略への
無条件追従を続けている。このような構図のなかでは、広島・長崎からの
ロシアへの抗議は、被爆の経験という抗弁困難な錦の御旗によって米国の
「破壊的」軍事戦略を間接的に後押しするものとして機能する。つまり、
ロシアが日本国民に宛てて言ったことはこうだ。
「あなた方は歴史的経験に基づき核兵器を嫌悪すると言いながら、
破壊的軍事戦略をを実行する国家に100%付き従う政府を現にずっと
支持してきたではないか。一体あなた方のどの口が核兵器を批判できる
というのか?あなた方は平和主義者を装っているが、真実は恨むことさ
えできない救いがたい臆病者であり、その臆病さを利用する度し難い
卑怯者だ」
ロシアによるこの問題提起が的を外したものでないことは、3月初旬に
米ABC放送によって報じられたニュースが裏書きしている。これによれば、
2009年11月のオバマ大統領訪日時に、米側が広島を訪問し原爆投下
を謝罪することを打診したが、日本の外務省(藪中三十二外務事務次官
[当時])が[時期尚早」としてこれを断っていたというのである。
私はこのニュースを驚くべきものとは考えない。原爆が落とされ、この世
の地獄が現出したとき、当時の米内光政海相はこれを「天佑」と呼んだ。
すなわち、当時の国家指導層にあっては、国家の内的崩壊(国体の破壊と革命)
の危機に直面するなかで、原爆という比較を絶する破壊力を持つ兵器による攻
撃は、国体を護持した形での敗戦を可能にする契機として受け止められた。
したがって、国体護持の側から見れば、原爆による犠牲は、まさに「しょうが
ない」(昭和天皇、久間章生元防衛大臣)ものでしかなかった。
そして、まさにこの護持された国体がいま現在も続いている---敗戦を曖昧
化した永続敗戦レジームとして---のである以上、国体を救ってくれた原爆投
下について謝られては困るのである。それならば、彼ら永続敗戦レジームの
中核層は、原爆投下に対してどのような本音を持っているのだろうか。
それは「感謝」にほかなるまい。そして「原爆を落としてくれてありがとう」
と内心考える勢力を、国民は政治的に支持してきたのである。
他方で、言うまでもなく、被爆を生き延びた人々は、その経験をさまざま
な形で後世に伝えてきた。その努力は膨大なものである。しかしながら、
この努力と原爆によって救われた連中とその後継者による支配が延々と続く
---それも選挙制度を通じた国民大衆の意思に基づいて---という事態のアン
バランスは、いまや覆うべくもない。ロシアによる批判はこの事実をまさに
突きつけている。原爆の悲惨を語り継ぐ努力は、戦後の「平和国家日本」の
表看板を支える要因として機能し、非核三原則をはじめとする国家原理をも
たらしたが、今日露わになっているのは、沖縄核密約に象徴されるようにこの
原理の内実が常にすでに骨抜きにされたものにすぎなかったという事実である。
このように3月から4月にかけての経緯を振り返ってみれば、「8.6秒
バズーカー」をめぐる騒動がいま生じていることの必然性も理解可能になる。
噂の真偽がどうあれ、彼らのメッセージ、あるいは受け手が妄想的に読み込ん
だメッセージは同じことを告げている。
それはすなわち、戦後の日本人、永続敗戦レジームを戴いてきた日本人とは、
自分たちを徹底的に愚弄する権力を喜んで支持してきた救いがたい間抜けで
ある、という動かせない事実にほかならない。この事実を見ないで済ませる
ことがもはやできないからこそ、彼らのメッセージは読み取られた、
あるいはデッチ上げられた。
戦後70年は当然同時に原爆投下70年でもある。原爆投下の意味をわれわ
れがあらためて見出すことは、戦後を精算することと不即不離の課題である。
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