はんのき日記 PART2

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後期高齢者医療制度

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さっきラジオを聞いていたら、「今日は公務員のボーナス日で、福田首相は500万円以上、国会議員は3百何万円です」とか言っていました。
4月に行われた衆院山口2区補欠選挙のとき、下松市に応援に駆けつけた福田首相は、さらりと「(高齢者も)少しぐらいは負担してくれてもいいんじゃないの?」とうっかり(?)口を滑らせていましたっけ。
以下、週刊金曜日(2008.6.27 708号 P.15)から・・・抜粋します。

「・・・さらに御年78歳で、立派に後期高齢者に該当する津島雄二自民党税調会長に至っては、4月23日に開かれた山崎派のパーテイで、『私は保険料が安くなりました』とうれしそうに保険証を掲げてみせている。
それもそのはずで、共産党の試算によると、年収が低い人ほど負担が重くなり、年収2000万円を超えると51.7万円もの負担減。(!!)
津島は月額130万円あまりに潤沢なボーナス、月額100万円の非課税の文書通信交通滞在費を受け取っており、立派な後期高齢者のセレブといえる。・・」

後期高齢者医療制度について、厚労省は当初、「低所得者ほど負担軽減となり、高所得者ほど負担が増える仕組みとなる」と何度も説明していましたが、実際はまったくの逆なのです。

後期高齢者のセレブ達には、まるで他人事のようなこの制度、やはりいったん廃止しかないでしょう。

『ブーイングが国民的に高まり、世論が過熱してくるとそれを冷まそうとする論陣を張る体質は、依然「健在」のようだ。朝日新聞の論評としての使命感は、必ずしも国民の側に立つものではなく、「国」の側に立って「国」のバランスを維持し、「国」を存続させることに重点が置きなおされるときがときどきある。』
                 日本ジャーナリスト会議
    Daily JC J:後期高齢者医療制度 朝日新聞24日付社説はなぜ説明する側にまわったのか
            http://jcj-daily.seesaa.net/article/98233824.html・・より転載


やっぱりそうだよな〜。
ここ数日来の朝日新聞社説が、いつにもまして胡散臭いこと!
ここぞという時になると、いつもトーンダウンしてお利口さんになるのが朝日の持病だけど、今回も酷いなあ。
上記の文章に、「我が意を得たり」です。
全文は結構長いのですが、以下には後半部分だけ紹介します。
同日社説「福田さん、その言や良し」や宇宙基本法に対する微妙な主張の変化などにも触れられています。
洞爺湖サミットに向けて、マスコミもここまで気を遣っているのかなぁ〜。
(ところで、その持病の名前は『自らの保身優先病』とか)


                〜以下、転載〜 

23日の野党4党の参院への同制度廃止法案提出をうけて、朝日新聞は翌24日、社説<高齢者医療―「廃止」の怒りも分かるが>を掲げ、<制度を「元に戻せ」と言うだけでは、問題は解決しない>とする姿勢を打ち出した。

1)たしかに新制度に対する反発は多くの国民の間に広がっている。
2)だが、(野党が参院に提出した)廃止法案は、野党が多数を占める参院で可決されても、与党が多数の衆院では通る見込みがない。
3)それでもあえて出したのは、この制度への不信や憤りを追い風に、福田政権を揺さぶることができると考えたからに違いない。
4)しかし、制度を「元に戻せ」と言うだけでは、問題は解決しない。
5)新制度はだれがどう負担するのかあいまいな点をはっきりさせておこうとするものだ。
6)老人保健制度は、お年寄りの保険料も現役世代の保険料もまぜこぜだった。現役世代の負担が際限なく膨らみかねないという不満もあった。
7)後期高齢者医療制度も老人保健制度も、お年寄りの医療費を会社員の健康保険組合や国保の保険料と税金で支えることに変わりはない。
8)税金の投入は後期高齢者医療費の半分と決められているが、必要に応じて増やすことを明確に打ち出すべきだ。
9)財源問題から逃げていては、「うば捨て山」という批判がいつまでもつきまとい、制度が定着しない。


 ブーイングが国民的に高まり、世論が過熱してくるとそれを冷まそうとする論陣を張る体質は、依然「健在」のようだ。朝日新聞の論評としての使命感は、必ずしも国民の側に立つものではなく、「国」の側に立って「国」のバランスを維持し、「国」を存続させることに重点が置きなおされるときがときどきある。

 国民の不満や不信をあおるのではなく、国の将来を冷静に見つめる必要があるのだという「確信」に基づくものなのであろう。だが、それならなぜ与党による社会保障制度崩壊を厳しく追及し、退陣を求めないのか。それを追及しつつ、これからの日本の社会保障制度のつくりかえを提言しようとしないのか。

 「新制度はだれがどう負担するのかあいまいな点をはっきりさせておこうとするものだ」などと、みずから解説に乗り出し、新聞としての独自の提言から逃走するのか。なぜ自ら大局観に立っているように装う必要があるのか。なぜ読者・市民よりも「国」を優先するのか。

 メディアは本源的に、市民とともに市民社会づくりへの道を歩むべき宿命を負っている。読者、視聴者なしにメディアは産業として成立しないからだ。情報源として公権力にすがり、収益源として広告に依存することで、メディア企業は成長し成熟を果たしてきたが、その所帯を維持し、生き残りをはかることを優先するとき、メディアはそのときの国という機構と、そのときの資本の論理に引きずり込まれる。

 読者、視聴者は、いかにインターネットが普及した社会にあっても、社会状況に関する第一次情報の多くをマスメディアに依存している。入手した情報をどう「読むか」、どう「判断するか」、どのような「行動」に結びつけるかは、マスメディアよりも個々の属するさまざまな社会的集団や人間関係に大きく依存して決断される。

 そのことを知っていれば、メディア自らが熱した世論を「冷まさねば」ならないとの使命感をいだかねばならないという指令そのものが、言葉とは裏腹に、自らの保身を目指すものでしかないことに気付くはずである。

 第二次世界大戦後、「国民とともに立つ」ことを宣言して再起した朝日新聞が、ときとしてマッチポンプを演じてみせるわけだが、そこには世論を作るのは自分たちであるという自負が、世論を誘導しコントロールするのは自分たちであるという思い上がりに歪み、転じてしまう習癖として受け継がれていないだろうか。

・・・・・・・(略)・・・・

洞爺湖サミットにむけてメディアがどのような報道姿勢をとるのかは、前にも指摘したとおり、大事なチェックポイントとなるのは間違いない。
巨大部数を売り物に、日本の世論はわが手中にありなどと世界のあちこちを公言してまわるのは、何も読売新聞の某会長だけではなさそうだ。
大手紙内部における資本の論理への追従の論理とジャーナリズムとの緊張関係が、そのまま紙面にあらわに表出される時期を迎えつつあるとみておくべきだろう。

 市民とジャーナリストの連携によるメディアチェックが、いよいよ大事になっている。

                   〜以上、転載〜

75歳以上といっても、人それぞれ、健康状態も暮らし方もさまざまです。
それを75歳という年齢で切り分けて、そこだけの独立した保険制度をつくったというのは、世界でも例がないそうです。
高齢者ともなれば、病気になりがちで医者にかかることもたしかに多くなり、医療費は増大します。
その『高リスク帯』を切り捨てたということで、“うば捨て山制度”などと批判が集中しているわけです。

しかし、しかしです!
この‘世界にも希な制度’を企画立案した厚生労働省の役人達の狙いは、もしかしたら、もう一歩先を行っているかもしれません。

つまり、「限定から汎用」です。

彼らが周囲の非難ごうごうにもめげず、高齢者医療制度を強行しているのは、これで「そういうシステム」をつくっておいて、将来的に一般医療にまで拡げたいという思惑があるからではないでしょうか?!
(言うまでもないことですが、日本は官僚支配の国であり、政治家はその言いなりです)
「そういうシステム」とは・・・とくに出来高払い制から包括払い制への移行です。
診療報酬が、従来の『出来高払い』から、1カ月6000円の『包括払い』(定額制)となれば、お医者さんは、その医療内容が「目の前の患者さんにとって必要かどうか」よりも、「6000円以内で済むかどうか」、という考え方に変わるのは目に見えています。
患者にとっては、本当に必要な医療も受けられなくなる可能性が大きくなります。
お金に余裕がある人は、保険外の診療を望んだり、民間医療保険に入ったりするようになるでしょう。
アメリカがずっと日本に要求しているのが、混合診療(自由診療)の解禁です。

さて、2年前の小泉政権のときの国会で強行採決されて決まった一連の医療改革は、戦後最悪の改悪です。
それは長年の自民党でさえ最低限守ってきた国民の生命・健康を保障する最低ラインを、壊してしまったからです。
『国民がもっとさまざまな医療を受けたければ、「医療保険はここまでですよ」あとは「自分でお支払いください」という形です。金持ち優遇だと批判されますが、お金持ちでなくても、高度医療を受けたければ、家を売ってでも受けるという選択をする人もいるでしょう。』
・・・これは、規制改革・民間開放推進会議の議長だった(株)オリックス代表取締役会長の宮内義彦氏の発言です。(2002年「週刊東洋経済」での混合診療についての発言)

「高度医療を受けたければ、家を売ってでも受けるという選択」とは!!・・何という高飛車な発想でしょう。
宮内義彦氏自らは、絶対にそういう選択を迫られない立場にいるわけです。
彼の発言は、医療に市場原理を導入しようという露骨なものです。

お金のあるなしに関わらず、万人が平等に医療サービスを受けられるという国民皆保険制度は、世界に誇るべきものなのに、この制度を根本からこわす有力な足場となるのが、今回の後期高齢者医療制度です。
これは高齢者だけの問題ではなく、国内では官僚に支配され、外からはアメリカに操られている日本の社会保障の問題なのです。
(日本人は、官僚とアメリカに二重支配されています)


「今後ますます高齢化が進むと医療費増大で大変なことになるぞ!」
これは『社会保障』を国の歳出削減の最大の対象にするための脅しです。
(日本の政治において、この脅迫的手法はよく使われる)
たしかに診療報酬の出来高払い制による過剰診療(薬漬け・検査漬け)は、なくはありません。
しかし日本の医療には、まだまだ“医は仁術なり”という‘医師の良心’が息づいています。
その証拠には、最近のOECDのデータですが・・・日本の医療費はGDP対比の割合で見ると、その水準は先進国の中で最下位で、後進国を含めても中位となっています。
そして日本の医療技術は、世界でもトップクラスです。
民間医療保険会社が牛耳るアメリカの医療に、医師の良心は通じません。(参照「ルポ 貧困大国アメリカ」堤 未果著 岩波新書)

TVや新聞などでは、数年前からアメリカの民間医療保険の広告が、これでもかこれでもかと、しつこくくり返され、日本の医療崩壊を手ぐすね引いて待ち受けています。
国・財界・大企業が進める医療大改悪。
国は、“小さな政府”の名で、国民の命と健康に対する責任を投げ捨てようとしています。
財界・大企業は、自らの社会的責任と品位を投げ捨てようとしています。
その結果、彼らは、日本人の命と健康をアメリカに売り渡すつもりなのでしょうか。

    “医療費抑制→医療崩壊→アメリカ型の自己責任医療へ”


以下、森田実著の「アメリカに使い捨てられる日本」(日本文芸社 平成19年4月30日発行)より転載します。
           〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

アメリカ政府がかねてから、「年次改革要望書」で、郵政民営化の次に狙っていたのが、「医療改革」だった。
・・・アメリカの医療機関が日本で自由に医療活動できるよう、日本の医療を抜本的に変えよう・・。
・・日本の医療保険システムを解体して、日本の医療をアメリカの自由にしてしまおう・・。

2006年6月14日、前年秋成立の郵政民営化法とともに、日本の21世紀初頭の最悪の法律というべき「医療制度改革関連法」が、小泉前内閣のもとで成立した。
この法案は、国会通過は無理だとされる問題の多い矛盾だらけの法案だった。
だが、自公連立政権は強引に成立させた。
今日まで日本の医療は、高度経済成長の成果として生まれた総中流社会を維持するための健康保険制度を柱として、成り立っている。
これを、なにがなんでも変えなければならないという必然性が、どこにあるのだろうか。
・・・・
小泉前政権が医療を「改革」しようとしたのは、アメリカ政府の意向が強く働いていたからである。
日本の医療と医療保険は、アメリカに乗っ取られつつあるのが現状である。
小泉前政権は、アメリカ政府の指示に従って日本の医療制度を破壊した。
・・・・

全国保険医団体連合会発行(兵庫県保険医協会企画編集)の『医療も命も削られる〜医師不足、医療難民はなぜ生まれたか?』という大変すぐれた内容の小冊子がある。
この冊子によると、05年の産科の診療所数は、02年の6398から、半分以下の3063にまで減った(診療所数は4648から1783,病院数は1750から1280に減少)。
小児科のある病院は、94年に3938あったが、04年には3281減っている。

急激な日本の医療の衰退である。

《大学や病院で医師不足になっている第一の原因は、医師の絶対数の不足だ。絶対数が不足したのは、政府の長年にわたる医師養成抑制策の結果である。04年におけるわが国の医師数は、人口1000人当たり、2.0人。OECD加盟30ヵ国中27位の低水準にある。》
《第二の原因は、国の費用面の手当てがないこと。医療に金をかけない国の姿勢に根本原因がある。》
《そのうえ、問題なのは、政府・厚生労働省が医師不足という現実を認めようとしないことである。厚生労働省は、医師数は不足しておらず、「偏在」が問題だとしている。ひどい詭弁である。厚生労働省はデタラメを言っている。》

福田首相は、あまりの不評に、「説明不足で申し訳ない」と言ってますが・・・。
その内容が明らかになればなるほど、これはもう「うば捨て山制度」と言うしかない後期高齢者医療制度。
もし、説明を十分にしていたら、もっと混乱してしまったかも(苦笑)。
元厚労省局長で大阪大学教授の堤修三氏も、06年4月1日号の「社会保険旬報」の中で、「うば捨て山」と痛烈に批判しています。

では誰が、こんな冷酷・非情な医療大改悪を主導したのか?
国・財界・大企業です・・・(さらにアメリカの思惑が背後にうごめく)。
公的医療保険は、国民の家計負担(窓口負担+保険料)、事業主(企業)の保険料、公費で運営されてます。
この間、財界は大企業の税・保険料負担を減らすために、「社会保障を切り縮めよ」と国に要求し続けてきました。
医療制度については・・・
   ・高齢者医療を現役世代の保険から分離し、企業負担のない制度にかえること
   ・高齢者自身の医療費負担を抜本的に増やすこと
   ・診療報酬を「出来高払い」ではなく「包括払い」にかえて、保険給付を制限すること
・・・などを求めてきました(日本経団連「国民が納得して支える医療制度の実現」05年10月)。

2020年代には、“戦後ベビーブーム”のときに生まれた『団塊の世代』が75歳以上となり、日本の高齢化はさらに進みます。
その時に備えて、「大企業が医療費負担増を免れるよう、医療切り捨ての仕組みをつくれ」というのが財界の要求です。
改悪の最大のターゲットは、現在、50歳代後半から60歳代の人達です。
大企業は、自らの社会的責任を放棄しようとしています。

国は、80年代後半から一貫して医療費削減・医師数削減政策を進めてきました。
福田さんが、急に医療現場を見学して「産科や小児科を増やさないといけませんねぇ」などと言ってますが・・・。

保険証を持っていれば、誰もが安心して、お医者さんにかかれるという国民皆保険制度は、1961年に確立しました。
後期高齢者医療制度の問題は、皆保険制度の根本をも揺るがす日本の医療全体の問題です。

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