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「不正選挙だった?」という情報がまわっています。
私はお昼時に行きましたが、たしかに投票所は混んでました。
これまで何回も投票しに行っていますが、
混んでて足止めされたのは今回が初めてでした。
でもこのことはひとまず置いておいて・・・。
ドタバタ選挙が終わり、もしも・・・といろいろ想像しています。
たとえば共産党と社民党が選挙協力できていたら、
きっと脱原発派の市民はもちろん、無党派層にも
明るいムードが生まれたのではないでしょうか。
共産党+社民党・・・これは1+1=2ではなく、
世間へのアピール度を考えたら、10にも20にもなり得たのでは?
でも残念なことに共産党と社民とが話し合った形跡はないようです。
もっと進めて…共産党、社民党、未来の党、新党大地などの共闘が
実現していたら、きっと投票率もグ〜ンと上がっていたかもしれません。
どなたかが「選挙は、祭りだ」と言ってましたっけ。
自分の1票で世の中が変えられるのでは?
…という高揚感が投票所へ足を運ばせる〜。
(しつこいのですが、私は共産党が299人立候補を立てた時点で、
この党に見切りをつけました)
以下に、本日の天木直人氏のメルマガを紹介します(一部転載)。
『なぜ「脱原発」が票にならなかったのか』というタイトルです。
(氏は、最後にインターネット政党を呼びかけています)
「脱原発や憲法9条を訴える者が偉いのではない、
脱原発や憲法9条が偉いのだ。
脱原発や護憲を訴える者たちがこの事実に気づくなら、
脱原発や憲法9条の前にひざまづいて、
どんなに気に食わない連中であっても、結束出来ないはずはない」
・・・前略・・・
国民は脱原発に反対しているわけではない。
それどころか脱原発を願う国民は多いはずだ。
それなのに何故脱原発を声高に訴える政党や政治家に支持が集まらないのか。
それは彼らにそれが実現できない事を国民は知っているからだ。
少しでもその可能性があれば脱原発を願う国民の投票は、
高揚感を持って雪崩をうって彼らに向っただろう。
なぜ国民は彼らにそれができないと思っているのか。
それは政治の現実を知っているからだ。
権力に影響を及ぼす事の出来ない政党は所詮批判政党にとどまる。
批判政党には権力の監視役は果すことは出来ても決して政策に影響を
与えるところまではいかない。
ここで私が「権力に影響を及ぼす事のできない政党」と書いたところ
に注目してもらいたい。
「権力に影響を及ぼす」のは何も政権を取ったり、連立政権の一角を
占めることだけに限らない。
万年野党であっても影響力が行使できるほどの一定の議席数を持てば
政権政党に迫ることはできる。
しかし脱原発を唱える政党はもはやその影響力さえないほど非力に
なっているのだ。
だからそのような政党に期待をしても無駄だという無力感を一般国民
は抱くのだ。
正しいことなら誰でも言える。しかしそれを実現する力もないのに言
い続けるだけでは国民は動かないのである。
なぜ正しい事を言い続ける政党がいつまでたっても国民の心をつかめ
ないのか。
それは彼らが本気で、つまり死に物狂いでその政策を実現しようとし
ていないからだ。
脱原発といい、憲法9条といい、それを主張する者が偉いのではない。
脱原発や憲法9条そのものが偉いのだ。
脱原発や護憲を訴える者たちがこの事実に気づくなら脱原発や憲法9条
の前にひざまづいて、どんなに気に食わない連中であっても、結束出来
ないはずはない。
しかしそこまでの必死さはない。それが国民にはわかる。
それどころか皆が、「それを唱えるのは自分だ」と競い合う。
そこまで酷くなくても誰も自らが犠牲になって皆を統率していこうと
いう労力をとらない。
・・・後略・・・
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