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西部の男の心をつき動かしたのは、少女が見せつける意志の強さと絶対にあきらめないという勇気。
− 14歳のヒロイン、ヘイリー・スタインフェルドの心身ともにたくましい演技こそが生んだ傑作 − 一昨年、3時10分、決断の時(ジェームズ・マンゴールド監督)が本邦で公開されましたが、
決断の3時10分(1957年/デルマー・デイビス監督)という西部劇のリメイクでした。 原題はオリジナル版、リメイク版共に、3:10 to Yuma。 今回のトゥルー・グリッドも、勇気ある追跡(1969年/ヘンリー・ハサウェイ監督)のリメイクです。
これも原題は共にTrue Grit。真の勇気という意味ですが、ここから内容を踏まえて名付けられたのが、 勇気ある追跡という邦題。当時の配給会社は、こういう気の利いたネーミングが得意だったようです。 西部劇ファンの僕としては、リメイクであっても正統派西部劇が製作されることを嬉しく思います。
ファンと言っても、ほとんどテレビのロードショー番組やビデオ、DVDで見てきた世代ですが、、、。 まず、西部劇は男のドラマです。
カウボーイ、ガンマン、アウトロー、流れ者、保安官、騎兵隊、先住民、酒場の酔いどれ等、 西部劇のヒーローはいつも男。ごく一部の作品を除けば、女性が前面に大きく出てくることはありません。 しかし、この作品は14歳の少女マティがヒロインです。駅に降り立つマティで始まり、25年後、 大人の女性になったマティで終わります。マティを演じるヘイリー・スタインフェルドの、 映画初出演にしてアカデミー賞助演女優賞にノミネートされるという、その卓越した演技力に注目です。 しかも助演と言うよりも、全編を通して主演と呼ぶにふさわしいほどの活躍を見せてくれました。 西部劇は復讐のドラマとも言われます。
マカロニウエスタンほどではないにせよ、本場アメリカの西部劇も、復讐劇を描いた作品が目立ちます。 たとえば荒野の決闘(1946年/ジョン・フォード監督)は、末弟を殺された兄たちの復讐が本筋です。 マティも、罪のない父親が撃ち殺されたことで、その仇を討つべく犯人であるチェイニーを自ら追跡し、 復讐を成し遂げようとするのです。そこでトゥルー・グリット(真の勇気)を持つ保安官を雇いたいと、 大人との金銭交渉もやってのけます。大人たちは少女だとナメてかかりますが、彼女に気後れはありません。 知性あふれる巧みな交渉術を繰り広げ、連邦保安官コグバーン(ジェフ・ブリッジス)を雇うのです。 そしてなにより西部劇は決闘のドラマです。
やはり最大の見どころはクライマックスの決闘シーン。真昼の決闘(1952年/フレッド・ジンネマン監督)、 OK牧場の決闘(1957年/ジョン・スタージェス監督)など、決闘という言葉がタイトルについた多くの作品も、 西部劇映画史にその名を残しています。本作の見せ場は、待ち受ける馬上の4人を相手に、 たった1人で立ち向かうコグバーンの雄姿。馬を走らせながら両手で銃を華麗にさばき、 相手を撃ち落としていくシーンは圧巻。これぞ西部劇の醍醐味です。 また、西部劇は友情のドラマでもあります。
男と男の友情は西部劇につきものです。上述の荒野の決闘ではアープとホリディの友情の絆が、 最後に威力を発揮します。荒野の七人(1960年/J・スタージェス監督)も、やはり友情が物を言い、 リオ・ブラボー(1959年/ハワード・ホークス監督)では世代を越えた友情が名シーンを生み出しました。 コグバーンは、別の罪でチェイニーを追っていたラビーフ(マット・デイモン)を旅に同行させますが、 初対面だったラビーフゆえ、大きく歳の離れたコグバーンとは意見が対立してばかりです。 しかし、二人がそれぞれ敵に囲まれる場面に遭遇し、ラビーフのピンチはコグバーンが救い、 コグバーン絶対絶命の状況では、ラビ―フのカービン銃の腕前が見事に披露されるのです。 終盤には、この二人の友情が、マティの予想外のピンチを救うというシーンも用意されています。 さらに西部劇は馬と大地のドラマです。
駅馬車(1939年/J・フォード監督)のように、高速で馬車を引くことが仕事の馬もあれば、 黄色いリボン(1949年/J・フォード監督)のように、騎兵隊モノにも多くの馬が登場します。 荒野を駆ける馬は、西部劇には欠かせません。もちろん日本の時代劇にも馬は登場しますが、 アメリカ西部は広大な土地。いわゆる荒野ですから、馬の走行距離も並大抵ではありません。 しかし、馬も人間と同じ動物です。本作では商売の材料にもなりますが、走る能力も馬それぞれなのです。 息を切らせながら、限界を越えてまで走り続ける馬。その馬をただ走らせることに必死のコグバーン。 満点の星空の下、何もない暗闇の荒野をひたすら疾走する馬の姿は、本作の名シーンの一つです。 そして忘れてはならないのが、西部劇は背中のドラマ、ということです。
去って行く男の後ろ姿。その哀愁漂う背中が何かを語りかけてくるシーンが似合う西部劇。 シェーン(1959年/ジョージ・スティーブンス監督)の後ろ姿は、あまりにも有名です。 しかしながら本作では、大人になったマティ、まさに女性の背中が主張するのです。 このラストシーンに漂う余韻こそ、西部劇ならではの、なんとも言えない感覚なのです。 そんな西部劇の魅力的なエッセンスがたっぷり詰まった本作には、
西部劇ファンならずとも、少なからず心を動かされるに違いありません。 |

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