日本映画の女優たち

グッドモーニングショー(君塚良一監督) 10月8日公開!

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ゼロ・グラビティ

 
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3Dで体感。ゆったり遊泳できる重力のない広がり。一転、死に直面した漆黒の無酸素空間。
 
宇宙技術がどんなに進化しても、宇宙では、地球上と同じように生活することはできません。
酸素がないから呼吸もできず、宇宙服がなければ宇宙船の外に出ることはできないのです。
しかも重力がないから、地に足がつきません。
 
そんな不安定な空間で、ライアン・ストーン博士(サンドラ・ブロック)が作業をしています。
宇宙船の船外での作業が思うように進まず、ちょっとした焦りが彼女の声から伝わってきます。
そんな彼女を手伝うべく、宇宙飛行士のマット(ジョージ・クルーニー)が泳ぐようにして近寄ってきます。
映画の冒頭から、宇宙での人間たちの動きがリアルで、まさに画期的な映像表現と言えるでしょう。
もちろん僕たちは宇宙に行ったことがないわけですから、その動きは想像でしかないのですが、
3D映像の優れた技術によって、まさに宇宙に浮かんでいるような感覚を味わうことができます。
 
さて、主人公が大きなトラブルに見舞われるストーリーには、いつも小さな予兆があるものですが、
ライアンの作業が滞っている間に、ロシアの衛星の破片が飛び散ったという交信が聞こえてきます。
それから間もなく、大量の破片がライランたちの宇宙船に向かって、猛スピードで迫ってくるのです。
 
ほどなく宇宙船は破壊され、無限に広がる空間に放り投げ出されるライアン。誰とも交信ができない、
宇宙服の酸素も減少していくばかりで、まさに絶体絶命の状態。しかしマットの助けを借りて、
なんとか命をつなぎとめるライアン。希望を捨てず、地球帰還への方法を探るライアンとマット。
ところがそう簡単にはいきません。次々と待っている障害。果たして二人の運命は、、、。
 
やがて、マットと離ればなれになってしまうライアン。生き残る手段はもはやないのか、、、。
諦めかけたその瞬間、ライアンに生きる力を与えてくれたものとは、、、。
いずれにしても、最後に自分を助けるのは、やはり自分でしかないのです。
 
宇宙に浮かぶ人間のちっぽけさが伝わってくる映像。神秘的であり、無限の広がりを見せるのが宇宙。
と同時に、貴重な人間の命でさえ一瞬のうちに奪ってしまう恐ろしい空間。それも宇宙なのです。
 
見事なプロポーションを披露するサンドラ・ブロックの熱演もあり、地球の素晴らしさを実感できるラスト。
生物が棲み、大気に覆われ、そして水に包まれた地球の美しさを、改めて感じる作品に仕上がっています。
宇宙を舞台にした作品の中でも、映画史に残る作品と言えるでしょう。
 
ところでこの映画は、いつもお世話になっているブロ友のfpdさん、ぴくちゃあさんと3人で鑑賞しました。
鑑賞日は12月15日でしたが、当日いろいろとコーディネイトしていただいたfpdさん、
遅ればせながら、ありがとうございました。来年もまたどこかで映画鑑賞しましょう。
 
 

終戦のエンペラー

 
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日本の戦後史は、この瞬間から始まった。その時間、その場所こそ、現代の平和国家日本の礎。
− ハリウッド映画のヒロインに大抜擢された初音映莉子、日本人の心を英語で繊細に表現 −
 
1945年8月6日、マリアナ諸島のテニアン島から原子爆弾を積んだB-29が飛び立っていく映像、
そして眼下に出現するキノコ雲。「原子爆弾を投下され、日本は降伏した」というナレーション。
そんなシーンから始まる本作は、まるでドキュメンタリーを見ているようですが、
唯一の被爆国日本という、その過去は永遠に消えることはありません。
 
しかし、この太平洋戦争の敗戦まで、何度も他国と大きな戦争を起こしていた日本という国が、
その後、戦争放棄の平和国家になったことも紛れもない事実です。これはつまり、
この敗戦が日本という小さな島国に、いかに大きな影響を及ぼしたかという現実の裏返しと言えるでしょう。
 
さて、1945年8月30日、厚木飛行場に降り立ったマッカーサー(トミー・リー・ジョーンズ)は、
日本をよく知る部下のフェラーズ准将(マシュー・フォックス)に、
この戦争の責任者を追及し、容疑者全員を逮捕するようにと命令を出します。
また、天皇の処遇によって日本国民の怒りが再燃することを恐れていたマッカーサーは、
「天皇を免責するか逮捕するか、結論を出せ!」と指示するのです。
 
また、この日、フェラーズ准将は、運転手兼通訳の高橋(羽田昌義)に、
「これは私事だ。彼女を探せ」と、一枚の写真と情報書を手渡していたのですが、、、。
 
フェラーズ准将は、東条英機(火野正平)、近衛文磨(中村雅俊)、木戸幸一(伊武雅刀)、
関屋貞三郎(夏八木勲)ら関係者から熱心に聞き取り調査を行いますが、
天皇に戦争の責任がないという事実を、なかなかつかみ切れません。
 
そんな困難な任務に取り組む中、フェラーズ准将の心の支えになっていたのが、
アヤ(初音映莉子)という日本人女性の存在でした。何度も回想シーンが登場するのですが、
アメリカの大学に留学していたアヤと楽しく過ごした記憶、そして開戦直前に日本に来た時、
アヤの叔父の鹿島大将(西田敏行)を紹介され、鹿島から日本の文化、日本人の考え方や、
天皇陛下への忠誠心なども教えられるのです。
 
ところがアヤは日本人、フェラーズはアメリカ人。その恋愛はあまりにもタイミングが悪く、
「日本はすぐに戦争に突入する、(アメリカに)帰れ!」と鹿島から諭されるフェラーズ。
最後の言葉を交わすこともできなかったアヤとフェラーズだったのですが、、、。

しかし、アヤの想いは、戦後に再会した鹿島からフェラーズにしっかりと伝えられます。
「すべて君宛だ」と。山ほどの手紙を渡され、何度も読み返し涙するフェラーズ。
 
真実を描いた作品の中で、ストーリーにドラマ性を盛り込むために設定されたのが、
アヤという架空の人物ですが、ドキュメンタリータッチになりそうな戦犯追及というテーマに、
恋愛のスパイスを添えることで、映画にエンタテインメント性も加わりました。
 
そしてやがて訪れる天皇(片岡孝太郎)とマッカーサーの面会の時、その時の天皇の言葉こそ、
焦土と化していた日本国家の、後の繁栄につながったことは間違いありません。
 
かつて、中国やロシア等の大国と戦いながら、負けることがなかった日本。小さな島国でありながら、
勝ち続けたのは日本人の知力、精神力の強さがあったから、と言えるのかもしれません。
そして太平洋戦争でも、原子爆弾という史上最悪の兵器を使用されるまで交戦し続けたのも事実です。

しかしながら、もし象徴天皇と言われた昭和天皇がいなかったら、それは考えたくはないことですが、
日本という国家自体が完全に滅んでいたのかもしれない。そんな恐ろしさも伝わってくるような、
歴史的真実を描いた貴重な作品に仕上がっています。
 

<映画の次回作情報>
 
初音映莉子
ガッチャマン(佐藤東弥監督)
8月24日公開 共演:松坂桃李、綾野剛、剛力彩芽、濱田龍臣、鈴木亮平、光石研、中村獅童、岸谷五朗 他
 
 
 

007 スカイフォール

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007シリーズも50周年を迎え、今回がシリーズ23作目。
この作品が長く続いている理由は、主役のジェームズ・ボンド役が時代と共に受け継がれ、
どの俳優も作品をこなすにつれて、確実にボンドの顔になってくる点が挙げられるでしょう。
主役が変わった最初の作品では若干違和感を感じるものの、ダニエル・クレイグも3作目。
前作「007 慰めの報酬」から約4年が経っていますが、このキャラが板に付いた感があります。
 
さて、このシリーズの魅力は、生身の人間によるスリルあふれるアクションシーンに他なりません。
本作も冒頭から、いきなり激しいアクションシーンの連続で、手に汗握る展開となります。
まずはおなじみのカーチェイスからバイクに乗り換えての犯人の追跡。人混みの中を、
危険覚悟でバイクは疾走します。車にくらべれば身軽な乗り物ですから、建物の中に入ったり、
斜めになった屋根の上を走り回ったりで、観ている方もまったく息つく暇がありません。
 
追い詰められた犯人はバイクを捨てると、今度は列車の屋根に飛び乗り、当然ボンドも追いかけます。
そして犯人とボンドの取っ組み合いが待っています。高速で走り続けている列車の屋根の上、
危険なのは犯人だけでなく、何度となく迫りくるトンネルにも注意が必要です。
早く方を付けたい時ほど、なかなか犯人も手強いもので、そう簡単には勝負がつきません。
女性エージェントのイヴ(ナオミ・ハリス)が、その列車を追って車を走らせるのですが、
道路は行き止まりとなってしまいます。そして、MI6のM(ジュディ・デンチ)からの指令により、
遠くから犯人を撃ち倒すべく、イヴは犯人を狙って銃の引き金を引くのですが、、、。
 
この序盤の連続アクションシーンは、本作の最大の見せ場でもあり、
これぞ007と、新作の公開を待ち受けたファンを喜ばせてくれました。
この後、ロンドンのMI6の本部にいるエージェントたちの登場となるのですが、
いわゆるIT時代ならではの犯罪と言うのでしょうか、本部のコンピュータシステムに、
何者かが侵入してきたようです。犯人はMI6に詳しい人物なのか、、、。
 
さらに舞台は上海。エレベータに飛び乗ったり、ビルの高いところで格闘したり、、、。
ここで謎の女性・セヴリン(ベレニス・マーロウ)に接触したボンドは、マカオにやってきて、
犯人たちの雇い主であるラウル・シルヴァ(ハビエル・バルデム)と対面します。
いったんはシルヴァと捕えるものの、敵もさる者。ここでは終わりません。

最後の決闘の地は、スコットランドにあるボンドの生家「スカイフォール」となります。
M、そしてボンド家の猟場管理人であるキンケイドと、敵を待ち受けるボンド。
決して堅牢な要塞とは言えない古びた家で、M自らも地味な手作りの仕掛けを施しますが、
相手はかなりの強者。果たしてどんな結末が待っているのか、、、。
 
007シリーズとしては、これまで以上に人間ドラマを深めすぎた感もありますが、
後半には地下鉄の暴走や派手な爆破シーンを盛り込むなど、ボンド映画らしいスケールの大きさで、
最後まで手に汗握る展開が待ち受けていて、007ワールドを十分に堪能できる作品に仕上がっています。
 
スクリーンに映し出される“James Bond will Return.”
次回作も楽しみに待ちたいと思います。
 
 
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魔法学校を舞台にした少年少女たちのファンタジーが、大人のドラマとなってフィナーレ。
 
シリーズ第1作「ハリー・ポッターと賢者の石」が日本で公開されたのは、2001年12月1日。
もう10年も前になりますが、同作は年末年始をまたいで観客動員が続き、最終的には、
203億円という興行収入を上げる大ヒット。2002年の外国映画の興収ランキングで第1位に輝き、
外国映画の歴代興収でも第2位(1位はタイタニック/1997年公開)を記録しています。
 
また、2002年11月に公開された第2作「〜と秘密の部屋」も興収180億円とその勢いを持続し、
2002年の外国映画の興収ランキングは、ハリー・ポッターのワンツーフィニッシュとなり、
華々しいハリー・ポッター時代の到来となるのです。
 
参考までに、全作品の年度毎の日本国内の興行収入を併せて見てみると、
 
第1作「ハリー・ポッターと賢者の石」・・・・・・・・・・・・203億円 (2002年1位/歴代2位)
第2作「ハリー・ポッターと秘密の部屋」・・・・・・・・・・180億円 (2002年2位/歴代3位)
第3作「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」 ・・・・135億円 (2004年2位/歴代7位)
第4作「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」・・・・・・・・115億円 (2005年1位/歴代10位)
第5作「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」・・・・・・  94億円 (2007年2位/歴代21位)
第6作「ハリー・ポッターと謎のプリンス」・・・・・・・・・  80億円 (2009年1位/歴代31位)
第7作「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1」・・・・・ 68.5億円(2011年上半期2位/6月現在)
第8作「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2」・・・・・   ??億円 (2011年?位)
 
となっており、興行収入額そのものは減少傾向となっていますが、常に日本国内ナンバーワンか、
それに匹敵するヒットを記録しているのも事実。これを10年の長きにわたって続けるという、
このシリーズの持つ威力は、史上最強のファンタジーと呼ぶにふさわしい作品と言えそうです。

生まれたばかりの時に両親を亡くしたハリー・ポッター(ダニエル・ラドクリフ)。
親戚の家の階段下の狭い部屋で、押し込められるようにして暮らしていました。ところがある日、
白いフクロウからの手紙を受け取り、ホグワーツ魔法学校に入学したのはハリーが11歳の時。
ハーマイオニー(エマ・ワトソン)とロン(ルパート・グリント)という友だちができ、
魔法を学びながら、三人が友情や愛情を育み成長していくという物語の始まりでした。
 
シリーズの流れに平行しながら、まだあどけない少年少女だった三人も、
確実に大人の男女へと成長していきました。ハリーとロンは肉体的にも精神的にも逞しくなり、
かわいかったハーマイオニーは、大人の魅力あふれる美しい女性へと変貌しました。
そんな彼らの成長を見守るのも、このシリーズの楽しみのひとつでした。
 
ただし、各作品の公開が前作から約1年半以上の期間が空き(1作と2作の間隔のみ1年弱ですが)、
前作の復習なしに見ると、そこまでの展開を忘れがちになります。しかしながら、
そんな細部の設定や物語の流れは気にならないほど、新作を観る度に作品に引き込まれました。
 
なぜならハリーの周りには、いつも何らかの罠が仕組まれ、あるいは怪しい影がつきまとい、
すべての作品において、ハリーたちは困難に立ち向かい、敵との戦いを強いられるからです。
それゆえ最終章に至るまでに、作品毎に趣向を凝らした大きな見せ場が用意されているのも、
このシリーズが人気を誇ってきた要因でもあるのです。
 
しかも今回はシリーズ最高最大のクライマックスにふさわしく、これまでの成長の舞台、
ホグワーツ魔法学校が一大戦場となり、ここで共に成長してきた仲間たちの助けも借りながら、
ハリーはヴォルデモート(レイフ・ファインズ)との最後の戦いに挑むことになるのです。
この一連の戦いのシーンは、さすがに見応えたっぷりです。
 
さらに当初から謎めいた存在だったスネイプ(アラン・リックマン)の隠されてきた過去や、
ハリーの両親の過去も明らかになることで、ハリーのすべての戦いは、ここに終結するのです。
 
映画史に残るシリーズの最終章、果たしてどこまでヒットするでしょうか。

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トゥルー・グリット

 
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西部の男の心をつき動かしたのは、少女が見せつける意志の強さと絶対にあきらめないという勇気。
− 14歳のヒロイン、ヘイリー・スタインフェルドの心身ともにたくましい演技こそが生んだ傑作 −
 
一昨年、3時10分、決断の時(ジェームズ・マンゴールド監督)が本邦で公開されましたが、
決断の3時10分(1957年/デルマー・デイビス監督)という西部劇のリメイクでした。
原題はオリジナル版、リメイク版共に、3:10 to Yuma。
 
今回のトゥルー・グリッドも、勇気ある追跡(1969年/ヘンリー・ハサウェイ監督)のリメイクです。
これも原題は共にTrue Grit。真の勇気という意味ですが、ここから内容を踏まえて名付けられたのが、
勇気ある追跡という邦題。当時の配給会社は、こういう気の利いたネーミングが得意だったようです。
 
西部劇ファンの僕としては、リメイクであっても正統派西部劇が製作されることを嬉しく思います。
ファンと言っても、ほとんどテレビのロードショー番組やビデオ、DVDで見てきた世代ですが、、、。
 
まず、西部劇は男のドラマです。
カウボーイ、ガンマン、アウトロー、流れ者、保安官、騎兵隊、先住民、酒場の酔いどれ等、
西部劇のヒーローはいつも男。ごく一部の作品を除けば、女性が前面に大きく出てくることはありません。
しかし、この作品は14歳の少女マティがヒロインです。駅に降り立つマティで始まり、25年後、
大人の女性になったマティで終わります。マティを演じるヘイリー・スタインフェルドの、
映画初出演にしてアカデミー賞助演女優賞にノミネートされるという、その卓越した演技力に注目です。
しかも助演と言うよりも、全編を通して主演と呼ぶにふさわしいほどの活躍を見せてくれました。
 
西部劇は復讐のドラマとも言われます。
マカロニウエスタンほどではないにせよ、本場アメリカの西部劇も、復讐劇を描いた作品が目立ちます。
たとえば荒野の決闘(1946年/ジョン・フォード監督)は、末弟を殺された兄たちの復讐が本筋です。
マティも、罪のない父親が撃ち殺されたことで、その仇を討つべく犯人であるチェイニーを自ら追跡し、
復讐を成し遂げようとするのです。そこでトゥルー・グリット(真の勇気)を持つ保安官を雇いたいと、
大人との金銭交渉もやってのけます。大人たちは少女だとナメてかかりますが、彼女に気後れはありません。
知性あふれる巧みな交渉術を繰り広げ、連邦保安官コグバーン(ジェフ・ブリッジス)を雇うのです。
 
そしてなにより西部劇は決闘のドラマです。
やはり最大の見どころはクライマックスの決闘シーン。真昼の決闘(1952年/フレッド・ジンネマン監督)、
OK牧場の決闘(1957年/ジョン・スタージェス監督)など、決闘という言葉がタイトルについた多くの作品も、
西部劇映画史にその名を残しています。本作の見せ場は、待ち受ける馬上の4人を相手に、
たった1人で立ち向かうコグバーンの雄姿。馬を走らせながら両手で銃を華麗にさばき、
相手を撃ち落としていくシーンは圧巻。これぞ西部劇の醍醐味です。
 
また、西部劇は友情のドラマでもあります。
男と男の友情は西部劇につきものです。上述の荒野の決闘ではアープとホリディの友情の絆が、
最後に威力を発揮します。荒野の七人(1960年/J・スタージェス監督)も、やはり友情が物を言い、
リオ・ブラボー(1959年/ハワード・ホークス監督)では世代を越えた友情が名シーンを生み出しました。
コグバーンは、別の罪でチェイニーを追っていたラビーフ(マット・デイモン)を旅に同行させますが、
初対面だったラビーフゆえ、大きく歳の離れたコグバーンとは意見が対立してばかりです。
しかし、二人がそれぞれ敵に囲まれる場面に遭遇し、ラビーフのピンチはコグバーンが救い、
コグバーン絶対絶命の状況では、ラビ―フのカービン銃の腕前が見事に披露されるのです。
終盤には、この二人の友情が、マティの予想外のピンチを救うというシーンも用意されています。
 
さらに西部劇は馬と大地のドラマです。
駅馬車(1939年/J・フォード監督)のように、高速で馬車を引くことが仕事の馬もあれば、
黄色いリボン(1949年/J・フォード監督)のように、騎兵隊モノにも多くの馬が登場します。
荒野を駆ける馬は、西部劇には欠かせません。もちろん日本の時代劇にも馬は登場しますが、
アメリカ西部は広大な土地。いわゆる荒野ですから、馬の走行距離も並大抵ではありません。
しかし、馬も人間と同じ動物です。本作では商売の材料にもなりますが、走る能力も馬それぞれなのです。
息を切らせながら、限界を越えてまで走り続ける馬。その馬をただ走らせることに必死のコグバーン。
満点の星空の下、何もない暗闇の荒野をひたすら疾走する馬の姿は、本作の名シーンの一つです。
 
そして忘れてはならないのが、西部劇は背中のドラマ、ということです。
去って行く男の後ろ姿。その哀愁漂う背中が何かを語りかけてくるシーンが似合う西部劇。
シェーン(1959年/ジョージ・スティーブンス監督)の後ろ姿は、あまりにも有名です。
しかしながら本作では、大人になったマティ、まさに女性の背中が主張するのです。
このラストシーンに漂う余韻こそ、西部劇ならではの、なんとも言えない感覚なのです。
 
そんな西部劇の魅力的なエッセンスがたっぷり詰まった本作には、
西部劇ファンならずとも、少なからず心を動かされるに違いありません。
 

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