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7月13日(金) 方向性が決まらないwww とりあえず、読書更新しよう。 「トンボと自然観」 上田哲行箸 読んだ時期は2008年ころでしたので、大学入りたての頃かな。 内容は「自然観」っちゅうもんを昆虫を中心に 世界各地のものを比較してみたって内容ですが 大学生活が見事に方向付けられたかなwww えー詳しい話は環境系に書こうかね。 「文明の衝突」サミュエル・ハンチントン著 これと、 「日本人の世界観」 大嶋仁著 ここいら辺からの流れと 「地球の洞察」J・ベアード・キャリコット著 http://www.msz.co.jp/book/detail/08165.html この3つが現状読み込んでる本ですかね。 詳しいことは環境系の話のほうで。 あ、内容がないえええええええ |
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7月10(火) ラジ関のロンハールームの面白さは何だろうwww 原付で日本一周した話。 を書こうかと思うんだけど これは、あれだよ。心の日記に認めてたのが石川県あたりで紛失して 後半部分しか日記に残ってないのよ・・・これも2年前の話になるし。 んで、いま、実家で手元に無いし。 まぁ、あれだよ。とりあえず、何したかって半年休学して宮崎から日本海側を走って 北海道もぐるっと回って、太平洋側から帰るって行程だったわけよ。 うーん。記憶の陳腐化と美化が同時進行で 薄っぺらいことになってるなぁ・・・ 若いやつは旅行をしろとか言うけど 正直安定を望むならこんなことしないで貯金したほうが利口だわなぁ・・・ まさか自分の中で二年でこんなに陳腐化するとは思わなかった。 まぁ、ほかに重要なことができてきたってことかな。 ちょっと、ブログの方向性を変えていこうかね。 |

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我々は戦争というものを知りません。 公害というものを知りません。 民族差別というものを知りません。 身分格差を知りません。 教科書で見るものはどれも落書きの対象であります。 しかし、天災というものは知りました。 経済恐慌を知りました。 政権交代を知りました。 どれも教科書で見たような出来事です。 しかし、忘れてゆくでしょう。 この現状は何なのでしょう。 日々怠惰で自堕落に生きることのなんと楽なことでしょう。 日々忙殺される生き易さとは何なのでしょう。 プラカードを掲げ、声高に叫ぶことの後ろめたさと 浴びせられる冷ややかな視線に何の意味がありましょう。 鹿児島から大阪まで自転車ひとつで仕事を探しに行く老人にたいして なぜ心痛める事がありましょう。 私は、もう少し、楽に生きたい。 今まで楽に生きてきたことのつけを払う必要も無いのに なぜ、払おうとする生き方をするのか。 私には学がありません。 それは、人より楽に生きてきたからです。 しかし、楽を求めて来た先は、多くの不幸でありました。 その不幸は私のものではありませんでした。 私は他人の不幸で飯が食えるほどの道楽者ではなかったのです。 これは、私の業とも呼べることとなります 学が無くてはならないのです。 志というものが駐車場の忘れられたサンダル程度のものでしかないのです。 しかし、自らの非力を嘆く暇など無いことは すでに承知済み。 走り、立ち止まり、また走る。 このことが「歩み」であることを願うわけであります。 |
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はい、私以前こんな話してますた。 http://blogs.yahoo.co.jp/ffj293japanid/archive/2009/02/06 はい。30年なんていわず見事に2011年の3・11ですねw 3年後にこれですものね。 では、当時あやふやにしたままだった答えが出せるのか。 ちょっと考えてみましょい。 お勧めする読書をひとつ。 「天災と国防」(寺田寅彦著) 「天災の被害を大きくするのは人災である。」 寺田さんの話は面白いです。「日本人の自然観」についても述べていて ちょいと有名な方です。 さて、日本という国は世界的に見て 天災による被害のベテランとも言えるほどの経験者です。 しかし、今回の津波被害は激烈でありました。 地震の被害に関しては建築技術の熟練が見うけられましたが 砂浜・海岸においてはなすすべなしといったところでした。 波消しブロックに関しても津波の威力増加の一助となっていたとか。 一過的にすぎた津波の脅威はその教訓を十分に果たすことを望まれています。 しかし、過去そうであったように、人々は海の近くへ移住します。 これは、明白であろうと思います。 その生活の場が海であればそうなるのは必然であり、 また、忘れ去られてゆくことは現状避けることのできない事象であります。 過去において「日本は平和だから無理かー」という発言は見事に裏切られましたが このことを教訓とすることができるのか、甚だ疑問であります。 人間の適応力の高さというものは高等生物の中では群を抜いております それは、文明・文化・技術によるものが大きく、 また、忘却による社会への適応力は他の生物に同様のものを見うけることはできません。 それが、高度なものかどうかを判断する比較はございませんが しかし、忘却の彼方へと押しやるにはあまりにも むごい。 期待すべきところが教育の面であるのならば おそらく、考えなくてはならないのは どうしてゆくのかということであろうことは いまさら言うべき言葉ではありません。 しかし、それを明言できるほどの、実行できるほどの覚悟も力も無いことが 今後の課題となってゆくでしょう。 |
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はい、どうも。環境の話します。 「環境とは何ぞや。」 って、話をします。 もともとは物理学の用語でしたが、現在は殆どの分野で使われます。 enviomental〜 enviomet〜 とかそんなん。 で、これの問題だから「環境問題」。 環境ってのは今は身の周りの殆どを指してます。 社会環境・自然環境・生活環境とかいわれます。 環境問題は大体、自然環境を指してましたが今は昔のことです。 でも、まだ一般的には自然をさします。これは狭い意味、狭義の意味の環境です。 なのでここでは広義の意味での環境ってのがあることを話します。 なぜかって、これからは広義の意味での環境問題を論じていかないといけないからです。 それが、環境問題解決の一歩だからです。 さて、環境問題はいまや、全世界的な問題として取り組まれていますが その実際は難しくて教育の一環として取り組むのにも一苦労しているのが現状です。 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-t62-13.pdf こんな感じで提言出てますが実際までは十年以上かかるでしょう。 環境問題の内実は 「民主主義、平等、貧困、差別、逆差別、政治、経済、人種、民族、多元社会、自然・・・」 と、多すぎます。なぜかというとどの問題にも関わりがあって 解決を目指すとき、根本がこれらにあるからです。 なので、環境問題という言葉を見るとき、考えるとき、それがどの環境を指してるのか、 筆者がどのような立場なのかを考えないと混乱します。 まとめ・言葉の意味を考えて、調べてみよう。 その言葉の出自を調べたりすると、輸出側の言葉の意味との違いが見えてきて面白いよ!! 勘が取り戻せないwww論文口調になる・・・砕けた言葉遣いができないwww シンプルに行きたい訳よ。難しい話を簡単にするのが一般に広める効率のいい方法だろうけど 伝達には誤解を生み可能性があるから難しい。 |





