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我々は戦争というものを知りません。 公害というものを知りません。 民族差別というものを知りません。 身分格差を知りません。 教科書で見るものはどれも落書きの対象であります。 しかし、天災というものは知りました。 経済恐慌を知りました。 政権交代を知りました。 どれも教科書で見たような出来事です。 しかし、忘れてゆくでしょう。 この現状は何なのでしょう。 日々怠惰で自堕落に生きることのなんと楽なことでしょう。 日々忙殺される生き易さとは何なのでしょう。 プラカードを掲げ、声高に叫ぶことの後ろめたさと 浴びせられる冷ややかな視線に何の意味がありましょう。 鹿児島から大阪まで自転車ひとつで仕事を探しに行く老人にたいして なぜ心痛める事がありましょう。 私は、もう少し、楽に生きたい。 今まで楽に生きてきたことのつけを払う必要も無いのに なぜ、払おうとする生き方をするのか。 私には学がありません。 それは、人より楽に生きてきたからです。 しかし、楽を求めて来た先は、多くの不幸でありました。 その不幸は私のものではありませんでした。 私は他人の不幸で飯が食えるほどの道楽者ではなかったのです。 これは、私の業とも呼べることとなります 学が無くてはならないのです。 志というものが駐車場の忘れられたサンダル程度のものでしかないのです。 しかし、自らの非力を嘆く暇など無いことは すでに承知済み。 走り、立ち止まり、また走る。 このことが「歩み」であることを願うわけであります。 |
考え事
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こっから人が読む文章じゃありません。最後のが結論です。 |
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