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或る日の枕邊に まこと私の分身が 花のやうに 置かれてあった それは 精巧な玩具のやうに小さく 熟れた果実のやうに にほってゐる 私の心はまだ 識んな苦痛の記憶に彷徨し 乳房には 奇怪な熱気 そして 涯しない幻想は そこから 虹のやうに生まれるのであった 米沢順子(のぶこ)を知る人は少ないだろう。私も知らなかった。1931年に亡くなっているから 知らないのも 当然だが (生きている詩人も知らない)この作品は昭和3年に書かれている。もちろん 出産直後の作品で 出産したのはその当時35歳なのだから その当時 高齢出産か? 作品は 現在の私たちの詩の技法とあまり変わらない。 作品の技法が進んでいないのは 詩人の怠慢のせいでもあるが この作品の背後には女性共通の感情が込められていると思う。 |
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