|
本の窓(しゅ小学館)での 井坂洋子さんの連載 詩の木陰で が 終わった。詩にまつわる思いを作品れとエッセイで綴ったものである。引用された作品は、戦後すぐまでというか、現在の前衛、先端の作品ではない。作品には、いや、現在の詩には、意味のほかに、言葉のリズムやイメージの豊かさなど総体が詩であることを要求されている。リズム感、イメージの豊かさ、比喩の巧みさ、詩形への実験意識などであるが、そtれが現代詩を 読みたくない 読んでも判らないものにしている といってよい。 その意味で 本屋さんでタダでもらえる雑誌とはいえ、詩の専門誌より遥かに発行部数の多い雑誌に 現代詩を取り付きやすく書かれたコラムがなくなるのは惜しい。コラムの中での引用は、北川透の 銃 だったが、ここでは、別の作品を引用したい。しsっゆ 詩集 眼の韻律 から 敵の町 陸橋を越えると敵の町だ 街路に眼球がびっしりと敷きつめられ 空では枝枝 きゅ凶器のように身構えている 過去に向けて走る市内電車 町々の首締めつけて アパートの窓から夢みつつ 浮上するピアノの女 恐怖で硬くなってしまったいもうとを抱いて 敵の町に踏みこむと 眼球たちが悲鳴をあげる おれの踏みつけているのは 明日の眼たいちだ もうおれは記憶の町へは帰らない 敵の町の第一連 である。今から考えると、今読み直して見ても 大仰で確かにメッセージが強く、比喩も暴力的である。その荒さがいいという人もあるかも知れないが、ここで書かれている60年安保の状況は、同じ60年安保を描いた、道浦都も苦母子の叙情性より弱いように思う。この作品も全5連の中で抒情んに流れている部分もあるが。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




