お気楽な詩人の真似事と日常

失敗ばっかりですが、気楽によんで下さい

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恥ずかしい?

アマゾンで自分の詩集を検索してみた。
あった。もちろん中古なのだが、第一詩集と第二詩集だけである。第三、四、五詩集は検索にもかからなかった。第一詩集と第二詩集は部数も多く出したし、献本も多い。献本した多くの詩人のほとんどは老齢になっていて、送られてくる本を書庫に収められる場所もない。
去年亡くなった「地球」の代表の秋谷豊さんは、一日に十数冊贈られてくると言っていた。また、一昨年亡くなった大阪の福中都母子さんは、文章も書いていたから何冊来たのだろう。秋谷さんも福中さんも地域の図書館にそれぞれの名前の付いた文庫ができたらしいが、それでも 蔵書の一部でしかない。その他の蔵書は古本屋にまわるのだろう。
第一詩集はほとんどの詩集を出している人が持っていない。私自身も3部しか持っていない。まあ、第一詩集は恥ずかしい作品である。それが値段を付けられて売られているのは嬉しいと思うべきなのかもしれない

斉藤さちこ という人を知っている人は少ないだろう。 私も知らなかった。             人の心は円だよ                                        円になるように                                        心の角を取るのだよ                                                                                     そして?                                           あなたの心は今                                        尖った三角形ね                                        数学の女教師は笑った                                                                                    私は                                             新聞紙でとっが尖った三角形を作り                               角を次々と鋏で切っていった                                  なるほど角は無くなる                                     紙は小さくなるばかり                                     そして 新聞紙は無くなった        角が取れるということ の題3連まで          いい作品を書こうとか 巧みな比喩を駆使しようとか という身構えた書き方をしているのではない。おそらく風の吹くままに佇み、雨の音を聞いているといった空白の時間に言葉が現れたと言ったところなのだろう。もちろん現代詩の中で飛びぬけて優れた作品ではない。ここまで平明に書かれるにはそれなりの時間が必要だっただろう。言葉使いで言えば色々傷がある作品も多い。 詩を自然体で書いている。そこにほっとするものを感じる。              

川崎洋 はくちょう

はねが ぬれるよ はくちょう  みつめれば  くだかれそうになりながら  かすかに はねのおとが  ゆめにぬれるよ はくちょう  たれのゆめに みられている?  はくちょうの第一連を引用しました。私も好きな作品です。教科書にも載ったのかな?この中のはくちょうは何なのだろうか 判らないけれど 優しさを感じるのです。詩って、思想の器でもあるのですけれど、書き手の何かわからないもの 判らないけれど感じたものを 見える形で表しているのだと思います。戦後すぐの時代に戦前の四季の抒情とは違った乾いて柔らかい抒情が新鮮だったのでしょう。

現代詩って

本の窓(しゅ小学館)での 井坂洋子さんの連載 詩の木陰で が 終わった。詩にまつわる思いを作品れとエッセイで綴ったものである。引用された作品は、戦後すぐまでというか、現在の前衛、先端の作品ではない。作品には、いや、現在の詩には、意味のほかに、言葉のリズムやイメージの豊かさなど総体が詩であることを要求されている。リズム感、イメージの豊かさ、比喩の巧みさ、詩形への実験意識などであるが、そtれが現代詩を 読みたくない 読んでも判らないものにしている といってよい。 その意味で 本屋さんでタダでもらえる雑誌とはいえ、詩の専門誌より遥かに発行部数の多い雑誌に 現代詩を取り付きやすく書かれたコラムがなくなるのは惜しい。コラムの中での引用は、北川透の 銃 だったが、ここでは、別の作品を引用したい。しsっゆ 詩集 眼の韻律 から 敵の町           陸橋を越えると敵の町だ  街路に眼球がびっしりと敷きつめられ  空では枝枝 きゅ凶器のように身構えている  過去に向けて走る市内電車  町々の首締めつけて  アパートの窓から夢みつつ  浮上するピアノの女  恐怖で硬くなってしまったいもうとを抱いて  敵の町に踏みこむと  眼球たちが悲鳴をあげる  おれの踏みつけているのは  明日の眼たいちだ もうおれは記憶の町へは帰らない  敵の町の第一連 である。今から考えると、今読み直して見ても 大仰で確かにメッセージが強く、比喩も暴力的である。その荒さがいいという人もあるかも知れないが、ここで書かれている60年安保の状況は、同じ60年安保を描いた、道浦都も苦母子の叙情性より弱いように思う。この作品も全5連の中で抒情んに流れている部分もあるが。

横井 新八の詩

横井さんが10月1日亡くなった。 
個人誌 青樹87号を2日にうけっとたばかりなので驚いた。横井さんは、反骨の詩人といわれていたが、実にまめに手紙をくれる人だった。
最期の作品だと思われる 黒い川の一部を引用して、追悼に代えます。

 黒い川  横井 新八
川にひとすじの
蛇がひっかかている
見るも無残な生贄のあとだ

川にひとすじに
かきだれがひっかかっている
禊のそれではない
まだ生々しい葬祭の名残りだ

野みちのそこを過ぎた それだけでのことで
蛇は叩かれた
長い恨みのように
 遮られたものには 束の間の
(以下略)

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