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益子陶器市の準備


ゴールデンウィークに開催される

益子陶器市の準備であたふたしてます。

落ち着いたらまたゆっくり書きたいと思います。

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今日は堀永さんの話はおやすみ。



一昨日の土曜日に山梨県の木工作家さんのところに

あるパーツを受け取りに行ってきました。

そのときに美味しいパスタ屋を発見!



山梨県富士川町の「イノンド」という店です。



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古住宅を改装して作られた店で、

古民家カフェとはまた少し違う

懐かしさを感じる店内でした。

非常にわかりづらい場所にありますが、

人が絶えず訪れていました。





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食事はとても美味しく、

ランチのセットは1300円前後。



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富士川町に行く機会はあまりありませんが、

静岡と山梨県韮崎市を結ぶ国道52号を利用するときは、

必ずまた行きたい店です。


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堀永さん5


昨日ラジオを聴いていたら「アニメソングの人気ランキング」

というのをやっていました。

一位は宇宙戦艦ヤマト。

私も大好きです。

他にも懐かしいアニメソングがたくさんかかりました。

ゲストはルパン三世のだいたいの曲を作った

音楽家の大野雄二でした。

石坂浩二と同級生だったと言ってましたから

70代でしょうか。

ルパンの曲はみな今聴いても新鮮で、海外でも人気です。

その大野雄二が放った衝撃の一言、

「ルパン三世の曲を作った当時は僕は楽譜が読めなかった。」


では、あの数々の名曲はどのようにしてできたのか?

驚いてアナウンサーが質問しました。



「なんとなくできてしまうのです。」




う〜ん、なんだか堀永さんと似ている。

頭のなかを見てみたい。

私は大野雄二や堀永さんや中野信子のような人と

一緒に仕事する世界にいなくて本当によかった。

最初から100メートルを10秒で走れる人がいるように、

頭の回転が人と違う人がいるのだ。

東大や一橋や慶応ばかりの

会社に就職した同級生はどうしているかなぁ。。。

たぶん苦労しているでしょう。

私は堀永さんと友達になって、

「高いクラスの環境に入って頑張ること」よりも、

「自分らしい環境の中で精一杯生きること」の

大切さを学びました。

おそらく今の私を見て、堀永さんはとても満足でしょう。

これだけたくさん話していて

「堅実に生きろ」

とか、

「ちゃんと就職しろ」

などと堀永さんから言われたことがありません。




ただ、私は堀永さんにはない能力を1つ持っています。

それは「どんなに苦労しても物づくりを諦めない能力」です。

私は長野県の8代続くようかん職人の家系で、

ようかん屋を父のいとこが継いでいます。

早朝から夜遅くまで作っていられることに、

受け継がれた物づくりの血を感じるときがあります。




昨日美味しいパン屋を見つけました。

雑誌に載っていたので行ってみたら

とても小さな店舗でした。

そこで知人にバッタリ会い

人気店であることを知りました。

主婦が一人で経営していました。

どのような経緯でパン屋を始めたかはわかりませんが、

この経営者には

「どんなに苦労してもパン屋になる能力」

があったのでしょう。

これを情熱と言わず能力というのは、

持って生まれたものを感じるからです。




あ〜、また最後まで書けなかった。

今日はこれからどうしても

山梨県へ行かなければなりません。

次回に、堀永さんシリーズの結論を書きたいと思います。








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堀永さん4


堀永さんについてはいくらでも書くことがあるのですが、

今回で終わりにします。

またいつか書くかもしれません。

とにかく私が今まで出会った中で衝撃的な人の

ランキング堂々一位です。

同率一位が5人くらいいますが。




堀永さんの会話の中で石原慎太郎がよく出てきます。

同世代で同じ大学を出てるのです。

堀永さんの思想と石原慎太郎は真反対な気がしますが、

堀永さんは親近感を持っているようです。

面識はないようです。

あれほどの知能を持つと、

人から嫌われることを何とも思わないようで、

その点で二人は似ています。



以前、東大生の勉強風景をテレビで観たことがあります。

講義の録画を倍速でノートも取らずに観て、

それが一度観ただけで全て頭に入っていくというのです。




中野信子という脳科学者がいますが、

子供の頃、教科書やノートを

写真を撮るように頭に記憶することができ、

テストは全て百点。

この能力をフラッシュメモリーというそうですが、

中野信子は他の子たちも

フラッシュメモリーをできるのだと思い、

「どうして記憶したことをテストで書かないの?」

と聞いて驚かれたそうです。



堀永さんがフラッシュメモリーをできるかは知りませんが、

間違いなくメンサに入会できる頭脳を持っています。

メンサとは高IQの人が入会できる知的組織で、

茂木健一郎やクイズ番組に出る宇治原が会員です。

私の親しい人の中で

このクラスの脳を持つ人は堀永さんだけです。

なぜ私に電話してきて

時事問題を論じるのかは不思議ですが、

おそらく得た知識を人に話すことで消化しているのでしょう。

私に講義しているつもりはないと思います。

あと暇なんだと思います。



やっぱりあと一回堀永さんについて書きたいと思います。

次は堀永さんと友達になって確信したこと、

そしてそこから自分が陶芸を通じて

何をしたいかを書きたいと思います。




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堀永さん3


堀永さんの石油会社時代の話はとても興味深く、

石油は陶芸とちがい、無いと人の生活が成り立たない、

つまりライフラインと言えるもので、

それを掘る仕事、正確に言うと掘らせる仕事の話を聞くのは

非常に印象的でした。



堀永さんの話は中東の石油のことから、

決まってアメリカの話に発展しました。

そして、自分は満州で生まれて日本が敗戦し、

危うく満州に取り残されるところを米軍に救われたこと、

戦後日本がアメリカの指導の下で発展したこと、

そして現在の日本の在り方、

話題はまるで波乗りのようにサーフィンしていきました。



あるとき堀永さんから

「昼御飯を食べよう。」

と言われ、それ以来二週間に一度くらい、

一緒に昼御飯を食べるようになりました。

それは雑談というよりは講義でした。

私は経済学部を出ていながら何もわかっていないことを恥じて、

一からやり直すつもりで堀永さんの講義を受けました。



堀永さんから質問を受けることもよくありました。

それは決まって中国のことで、

私が北京の美大に2年間いたときの出来事や、

その当時の北京の様子などを、

興味深く聞いていました。

中国人が日本人を嫌っている実感がなかったこと、

あるいは少数民族の独立運動が盛んなため、

中国は他国と戦争できる状態ではないことなどを話すと、

とても満足そうに聞いてくれました。




すべて過去形で書いてますが、堀永さんは今もお元気で、

一昨日も私のところに堀永さんから電話が来ました

電話の内容は萩市の現職の市長が落選し、

若手の候補者が新しく萩市長になったこと、

その選挙には山口県の自民党が真っ二つに割れていることが、

露呈されていたことなどを、熱心に語ってくれました。

相変わらず会話というよりはスピーチのような電話でしたが、

お元気な様子で安心しました。

「5月にまた電話するよ。」

と言って電話は切れました。

次は間違いなく北朝鮮の話になるはずです。



堀永さんの洞察は深く、

おそらく北朝鮮がなぜあのような行動に出るのか、

70年以上前に悪の枢軸と言われた日本と比較して

教えてくれることと思います。






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