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「しかれども、曾子《そうし》の意は、子夏《しか》が三罪《みつのつみ》ある悪報にて、失明《めしい》たりというにあらず、子夏《しか》が罪なしと呟《つぶや》くに就《つ》きて、其《そ》の三罪《みつのつみ》を責むるに、老《おい》て子を喪《うしな》い、又|失明《めしい》たることさえ数えて、其《そ》の愆《あやまち》を知らせし也。※[#「にんべん+淌のつくり」、第3水準1-14-30]《もし》しからずは、伯牛《はくぎゅう》の大賢《たいけん》なる、其《そ》の徳行《とっこう》顔淵《がんえん》閔子騫《びんしけん》と伯仲《はくちゅう》す。然《され》ども彼《か》の身不幸にして、癩《らい》を病みて命|危《あや》うかりし時、孔子《こうし》是を訪いしに、其《そ》の臭気に堪《た》えざれば、病《やまい》の牀《ゆか》に入らずして、其《そ》の※[#「窗/心」、第3水準1-89-54]《まど》より手を取りて、死なん命《めい》なる乎《か》、此《この》人にしてこの病《やまい》あり、とうち歎きしのみ、其《そ》の罪を責めず、伯牛《はくぎゅう》素《もと》より罪なければ也。約莫《およそ》人の非《ひ》をいう者に二《ふたつ》あり。其《そ》の宜《よろ》しからざるを挙《あ》げて、愆《あやまち》を知らしむるは、即《すなわ》ち朋友の信《まこと》也。又只|己《おの》が好憎《こうぞう》をもて、其《そ》の合わざる所を挙《あ》げて是を責むるは、好みて人の悪をいう也。文化年間《ぶんかのころ》、浪速《なにわ》に赤水《せきすい》と号する者あり、播楊《はんよう》五島《ごとう》名は恵迪《けいてき》、字《あざな》は文敏《ぶんびん》と称す。五年|己辰《つちのとたつ》の秋、他《かれ》が著《あらわ》したる、赤水余稿《せきすいよこう》一|巻《まき》あり。其《そ》の編中に、吾《われ》を論《ろう》ずること酷《はなはだ》しく、且《かつ》吾《われ》を比するに、原壌《げんじょう》が蹲居《うずい》を以《もっ》てし、吾《われ》を罵《のゝし》るに賊を以《もっ》てす。当時|吾《わ》が友|京師《みやこ》なる、角鹿《つのか》比豆流《ひずる》、是を吾《われ》に告げて、為に解嘲《かいちょう》の文《ぶん》を作らん、といいおこしゝを、吾《われ》許さず、且《かつ》諭《さと》して道《いえら》く、好みて人の悪をいう者は、聖賢《せいけん》の憎む所也。他《かれ》と吾《われ》とは相識《しるひと》ならず、且《かつ》繊芥《ちりばかり》の怨《うらみ》だもなきに、他《かれ》何等《なにら》の人なれば、恣《ほしいまゝ》に吾《われ》を論《ろう》じて、忌憚《いみはゞか》ることなく罵《のゝし》るや、是必ず狂人なるべし。狂人の走る時、不狂人も倶《とも》に走れば、是狂人に異ならず。吾《われ》少《わか》かりし時より、争気《そうき》ある人とものいわず。他《かれ》が如きは歯に掛くるに足らざるに、可惜《あたら》紙筆《かみふで》を費《つい》やして、解嘲《かいちょう》の文《ぶん》を作らば、大人気《おとなげ》なかるべし。吾《われ》今|赤水余稿《せきすいよこう》を閲《けみ》するに、他《かれ》が第二子《だいにのこ》を悼《いた》む文に、其《そ》の子の遊女|冶郎《やろう》に、哀慕《あいぼ》せらるゝをもて栄《さかえ》とす。其《そ》の心術《しんじゅつ》の陋《いや》しきこと知るべし。吾《われ》不肖《ふしょう》なれども国禁を犯さず、不仁《ふじん》不義の行いなし。年々《とし/″\》に編み次《つい》ずる物の本は、世に裨益《ひえき》なしといえども、大官《おおやけ》允司《みゆるし》ありて、刊行の書肆《ふみや》、并《ならび》に書画工|厥人《けつじん》貸本屋等まで、是に由《より》て衣食すなるに、彼一人声を嗄《か》らして、云云《かにかく》と罵《のゝし》るは、人の名利《みょうり》を娟嫉《そね》むにあらずや。意《おも》うに、今江戸に戯作者多かれども、他《かれ》吾《われ》をのみ論《ろう》じて、這《この》悪言《あくげん》を出《いだ》しぬるは、既に学問ありながら、児戯《じげ》の策子《そうし》を旨《むね》と綴《つゞ》るを、似げなしとて憎むにやあらん。是争いを好む也。他《かれ》焉《いずく》にぞ吾《わ》が志を知らん。昨今《さっこん》この赤水余稿《せきすいよこう》を、這《この》地の書肆《ふみや》等に尋ねしに、其《そ》の書名だも知る者なし。しからば是売れざる兀籍《こつせき》也。他《かれ》其《そ》の書《しょ》を売らんとて、吾《わ》が名を仮《か》りて編中に、這《この》悪論《あくろん》を載《の》せたる歟《か》、是もいまだ知るべからず。※[#「研のつくり」、第3水準1-84-17]《そ》を解嘲《かいちょう》の文を作らば、他《かれ》が謀《はか》る所に陥《お》ちて、赤水余稿《せきすいよこう》の報簟《ひきふだ》を、世に引くにしも似たるべし。已《や》みね/\、と推制《おしとゞ》めて、毫《ちと》も掛念《けねん》せざりしかば、人には告げず忘れたりしに、言《こと》の便宜《びんぎ》に思い出《い》でゝ、僂《かゞな》うれば三十余年の、昔にぞなりにける。人さま/″\の世にこそ」
 といいつゝ火盤《ひばち》を曳《ひ》きよせて、一霎時《しばし》烟《けぶり》を吹く程に、頭陀《ずだ》は只管《ひたすら》感服して、

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