人生は野菜スープ(または毎晩午前0時更新の男)

病気療養中(精神疾患、障碍2級)の引退フリーライター。音楽映画感想文・童話作文家。毎晩午前0時に書き下ろし記事を更新しています。

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 この告知記事がヤフーブログでの最終記事になります。今まで当ブログにご訪問いただいた方々にあらためて御礼申し上げます。

 本日でヤフーブログの新規更新は終了しますが、親切な方から懇切なアドバイスいただき、とりあえず「移行」ではなく、今週初めまでの過去記事を、F2ブログに預けておくことにしました。ブログタイトルは新タイトルも考えましたが、まぎらわしいので「人生は野菜スープ」のままにしました。

https://fifthofjuly1964.fc2.net/

 がF2ブログでのアドレスです。8月26日・月曜までの過去記事はすべて(いただいたコメントともども)そちらにコピーしてあります。9月以降にはF2ブログで続きを始めるか、F2ブログからのコピーでヤフーブログ記事がまるごと引っ越ししてはいないので改めてヤフーブログ提供の移行ツール(どうもバグが発生する場合もあるみたいですが)を使って別のブログに移行・開始するかはわかりませんが、一応過去記事保存先として上記F2ブログを設けたのをお知らせしておきます。新しいブログの開始先はF2ブログの方にリンクを貼りますので、ご参観ください。F2ブログへのコピーについてアドバイス、ご教示いただいたk......さま、ありがとうございました。

(画像は本文とはあまり関係ありません。)
テリー・ライリー Terry Riley - ア・レインボウ・イン・カーヴド・エア A Rainbow in Curved Air (CBS Columbia, 1969) Full Album : https://youtu.be/hy3W-3HPMWg

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Recorded between 1967-1968
Released by CBS Columbia Records Columbia Masterworks ‎MS 7315, 1969
All Composed and Performed by Terry Riley
Produced by David Behrman
(Side 1)
A1. A Rainbow in Curved Air - 18:39
(Side 2)
B1. Poppy Nogood and the Phantom Band - 21:38
[ Personnel ]
Terry Riley - electric organ, electric harpsichord, keyboards (Rocksichord), goblet drum (Dumbec), tambourine on Side 1, soprano saxophone, electric organ on Side 2, Liner Note
Glen Kolotkin, Roy Segal - engendering
Virginia Team - Back Cover Illustration
David Behrman - production

(Original CBS Columbia "A Rainbow in Curved Air" LP Liner Cover & Side 1 Label)

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And then all wars ended / Arms of every kind were outlawed and the masses gladly contributed them to giant foundries in which they were melted down and the metal poured back into the earth / The Pentagon was turned on its side and painted purple, yellow & green / All boundaries were dissolved / The slaughter of animals was forbidden / The whole of lower Manhattan became a meadow in which unfortunates from the Bowery were allowed to live out their fantasies in the sunshine and were cured / People swam in the sparkling rivers under blue skies streaked only with incense pouring from the new factories / The energy from dismantled nuclear weapons provided free heat and light / World health was restored / An abundance of organic vegetables, fruits and grains was growing wild along the discarded highways / National flags were sewn together into brightly colored circus tents under which politicians were allowed to perform harmless theatrical games / The concept of work was forgotten
(Original Liner Note by Terry Riley Himself)
詩集『豊饒の女神』思潮社・昭和37年8月1日刊

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慶應大学退官後の西脇順三郎(「別れの花瓶に/追放人のエジプト人の頭がうつる/この長頭形の白雲の悲しみ」)

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 ヤフーブログ最終更新日は西脇順三郎(1894-1982)の68歳時の名詩で締めることにします。西脇はイギリス留学後の大正15年(1926年)に慶應義塾大学文学部教授に就任し、昭和37年(1962年)1月末に同大学を定年退職するとともに最終講義を行いましたが、直後に最終講義を迎えた心境を綴った長詩の構想を得て書かれたのがこの詩「最終講義」です。大学教授の最終講義は本人の学問の履歴を懐述するのが求められるため詩も西脇順三郎の自伝的内容になっており、しかも西脇が極端な博学・雑学で自動連想的に知識の断片が突飛に現れ、しかも一見して気づかないようなパロディが満載されており(例えば「わかれても/まだこの坂をあがらなければならない」は百人一首の「これやこの行も帰るも別れてはしるもしらぬも相坂の関」のパロディですし、「フランス語は猿ということしかしらない」はボードレールの「赤裸の心」の「日本人は猿だと教わった」への当てこすりです)、全編がその調子なので、古今東西の固有名詞とともに字義通りに一字一句を読者が理解するとは前提とされずに書かれた詩ではあります。頭の堅い精神科医なら「躁的思考奔流」でかたづけてしまうようなテキストではありますが、音読ではなく黙読する長詩としても西脇順三郎の語感やリズムに表れている言語センスは大詩人ならではのもので、これが退職前夜の高齢者の心境詩として無類に面白い詩なのは伝わってくる。この150行以上の長詩の結びの2行までお読みいただければ、あちこちわからないことだらけなのに確実に言いたいことを語りきった作品なのが響いてきます。



  最 終 講 義     西 脇 順 三 郎

けやきの木がまたかれている
先生の窓に梨色のカーテンがかかつている死の床の上で
なければタバコを
すわないと叫んでみても
やはりあの古いネツケがすいたい
まだこの坂をのぼらなければならない
とつぜん夏が背中をすきとうした
石垣の間からとかげが
赤い舌をペロペロと出している
とりかぶとと葡萄の汁がにじみ出る
舌はかわいて煉瓦のように
かたくなつて言葉が出されない
この恐怖の午後
でも何ごとか自分のことを
言わなければならないのだ
何ごとか感謝すべきだ
いつしよに酒をのんだ人達の前で
別れの絃琴をひかねばならない
別れの花瓶に
追放人のエジプト人の頭がうつる
この長頭形の白雲の悲しみ
この黄色い菊のにおいをかぐと
長安の都をおもうばかり
この去る影は枯れた菫の茎に劣る
えど川のかれすすきの原のほとりで
こいこくとこいのあらいで
わかれの酒をすすつた
白秋も荷風もまだささやいている
ママでは紅梅の梅が蕾を出しているだろう
昨夜はシバマタからアルビヨンへ
車を走らせてわかれのビールを飲んだ
灰色の古いステッツスンの帽子は
夕陽にそまつて茄子の色になり
シャツもウルトラマリーンにそまつた
エロスもミソサザイも去つた
キシボジンの雀もたべられない
王子の狐もいなくなつた
地獄篇をさまようイサラゴの
絶望の三人の男は
ドジョウのように灰色になつた
アカバネの崖から
ダムプカーといつしよにほこりをのんで
土手の下をぐねぐね永遠にまがつて
江戸川へわかれの言葉を探しにきた
ガスタンクと煙突の幽霊と
ワイルドの牢獄とつみ草の土手は
われわれの神学の初めとなる
土手を行くものは自転車にのる
少年と赤毛の犬だけだ
つれの浅草人はヘラヘラの
こいの皮を食べてシャラクを思つていた
シャラクのめとマラルメのめ
つり人もいない
「土手がたかくてあがれません」
「しきいでしよう」
かつしかの娘たちよ
わかれの言葉を教えておくれ
ああ言葉のわかれ
三人の男は無限にむせんだ
わかれはすべての存在を語る
「わかれの言葉に論語をやつたら」
「最高の人生は政府につとめることであるとはどうかと思う」
地獄への旅だ
この江戸川の酒のトックリに写る
けやきの木
白魚の雲
今宵はだんなの
豆まきか
かつしかの芸者がけずねを出して
水仙のもすそをまくる日だ
もうかつしかには春が来た
冬のわかれの言葉は一つや
二つ出そうなものだ
あら川のアポロンよ
えど川のニムフよラムネよ
れんげいぬのふぐり
さんがいぐさつくしを
つみにいくよ
ねざめが悪い
わかれても
まだこの坂をあがらなければならない
この坂の上で死神と将棋をうつのだ
夕べはシバマタから
シンクレア・ルイスの伝記を買いに
ギンザへ車を走らせた
苦しんだ人間はセザンヌの壺のように
美しい
でもわたしはわたしのことを
何かいわねばならない
雀が鳴く朝までおきていて
何か考えなければならない
オリオン座が女のように
傾いているだろう
梅の蕾が心配だ
霜の下りた芝生の上に
フランスからもらつた白ペンキを塗つた
椅子とテーブルがマラルメのように
曲がつているだろう
わたしはわかれたくないのだ
何もいうことはない
誰かあいそづかしをいつてくれないか
わたしはギリシャ語もラテン語も
やつたが何も覚えていないな
ドイツ語もやつたが株式会社と金と
いう言葉しか覚えていない
フランス語は猿ということしかしらない
ヴェルテルのピストルの女神しかしらない
射的場の土手でシモンズを読んでいた
自分をかすかにおぼえている
あのフランシス・ジャムの帽子のつぶれ
ペーターの林檎色のネックタイのくずれ
藤島先生が小豆色の菊をわたしに
書いてくれたあけぼの町や
大森の麦畑と白いペンキのホテル
せんぞくの肥舟とサンマと染物屋と
ためいけのストーヴとモデル女と
青山の墓地と百日紅とカンヴァス
タンス町の夕暮とチンドンヤ
六丁目の金魚やとガラスや
イングラムの経済学史とマルクスのカピタル
上田敏のとなりのお湯屋
小泉信三と共産党宣言
幽霊坂とアレンのラテン文法
イェイツと図書館のバルコンと
白鳥の歌と目黒のイチゴと
おけしよう地蔵とマクベス
アンナ・カレニーナと財政学と
人糞を運ぶ牡牛とアイヴァンホー
易経とアンドロメーダ
記憶はタラコのようにオジュッセイアの
ように切つてのら犬に与えよ
男の座は土手のむこうにある
ヒスイのえど川よ静かに流れ給え
このかつしかの水鳥よ
シギの声をまねる男よ
だがしを売るガラス坂よ
汝等の歌が終るまで
えど川はこんぺきに流れる
イチフォリークのランボは去る
ミチファリークのジョイスは去る
えど川にボラを釣る人の
水晶の夢も去る
白秋の行く道はまだ
向うがわに残つている
きちがいの女たちがうつ法蓮華草の
たいこはイモを作る人々や
水あびをする少年にきこえる
わかれの言葉はきこえないが
いぼたに白い花が咲くころ
またミミナグサの坂をのぼる
ベーオウルフをささやいてみる
「ホワット ウェー……」
また追放の人はかえるだろう
また夜があけた
梨色の……
なんにもない野原はかすむ
ホー

(昭和37年3月「詩学」、第7詩集『豊饒の女神』昭和37年8月・思潮社に収録)

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