CATCH AS CATCH CAN

文系女子ポスドクの読書日記。稼ぎは無くとも本は買う。

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返信: 57件

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一周忌

読書日記

[ hamtak ]

2006/11/12(日) 午前 7:56

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一方で私は消極的安楽死のみならず積極的安楽死も支持する。「ファシズム」ではないQOLは支持する、ということである。病めることなき生にQOLという問題は立たないわけだから、畢竟QOLは死の質QOD(Quality of Death)ということになる(造語)。QOL=QODをいかに徹底してリベラル化するか、というのが私のスタンスということになる。

一周忌

読書日記

[ hamtak ]

2006/11/12(日) 午前 7:49

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植物人間の家族の無価値な生を、高額な医療で莫大な金を費やしつつ、維持するがためだけに維持する、というような考えを私はぎりぎりまで排除したくない。輝かしい死と同じように不幸な生、望まれない生にも光を見たい。生に対するプチブル的な価値観ではないか(その金で西サハラの子供が何人救えるか、という問題)、当然そういう批判はもらうだろう。でも愛というものは常に偏愛として、フェティッシュを帯びたプチブル的なものなのではないか?

一周忌

読書日記

[ hamtak ]

2006/11/12(日) 午前 7:39

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某カルト教団の毒ガスで、昏睡状態が10年以上続いている中部地方のK氏の映像などを見るとこの問題を考える。近代医療のお陰で彼女は行き続けている。彼女の生の質、これは誰が判断するのだろうか。教条的QOL主義者なら当然彼女の生は無価値である。恐ろしいことだが、対医療費との関係で、生はとっくに計算可能になっている。そしてそれは日々行われている。

一周忌

読書日記

[ hamtak ]

2006/11/12(日) 午前 7:31

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肯定的にとらえられることがほとんどのQOL概念だが、負の部分が存在する。それをQOLファシズムと仮に言うことができる。つまり生きるに値しない、質の低い生を生き続けさせることは無価値だ、という思想である。素朴自己決定論者は、植物人間状態のような意志の表明が不可能な場合を例外としつつも、自発的な当事者の意志を尊重しようとする。でもその「自発性」はたやすく、無意識的に、いや脅迫的に形成されうる。私の生は生きるに値しない、家族に迷惑がかかるetc...

一周忌

読書日記

[ hamtak1977 ]

2006/11/12(日) 午前 7:24

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QOLという概念がある。Quality of Lifeの略で生の質、というわけだ。鉄の肺もとい、人工心肺の誕生以来、生の量Quantityだけは伸び続ける。それに対する批判概念である。ホスピス、ターミナルケア、積極的安楽死。ポジティブにこれらの概念を基礎づけようとするとき、いつも根底にあるのは生の質という考えである。

キ経済学

読書日記

[ だげーる ]

2006/11/6(月) 午後 7:31

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どうも。

キ経済学

読書日記

[ ham*ak*9*7 ]

2006/11/6(月) 午前 2:39

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ブログ解説オメ。

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