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学会発表に備えて、“マジック”関連の本をまとめて読みなおしている。
数年前、手品の歴史について知ろうと思った時に最初に手に取ったのが、前川道介『アブラカタブラ奇術の世界史』(白水社)だった。“世界史”だけあって、紀元2世紀の“カップ・アンド・ボール”マジックから始まり、ヒトラーの前で手品を披露したカラナグまでを網羅。新聞連載をまとめたものなので、各項目がコンパクトにまとまっており、今にして思えば入門書として最良のものだった。ドイツ文学者である前川氏が、奇術に興味をもつ契機になったというヴィルスマン博士「ノコギリ引きにされた乙女」は、読みたいと思いつつまだ読んでいない(ドイツ語だから)。
時代と地域が限られてはいるが、泡坂妻夫『大江戸奇術考―手妻・からくり・見立ての世界』(平凡社新書)も面白かった。この本で取り上げられている“奇術”には、我々が「手品」という言葉を聞いて連想する芸のみならず、からくり人形や歌舞伎のケレン、料理(!)まで含まれている。第10章「料理と奇術」を読むと、江戸の奇術観とジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ『自然魔術(Magiae Naturalis)』(青土社)とが重なる部分も見えて、大変に興奮した。
新書ながら、文献情報も詳細かつ豊富で、ここを入口にしてより奥深くへと入っていくこともできる良書。こんなにもコンパクトな1冊の中に、これだけの情報が詰め込まれていること自体がマジック。
個人的には、手品師の中でも特にハリー・フーディーニに興味があり、自著も含め相当数の関連文献を漁ったのだが、彼が「手品」に関して書いたものの中では、Harry Houdini, Miracle Mongers and their Method: A Complete Expose. (Prometheus Books)が一番まとまっているかと思う。詳しいタネ明かしがてんこ盛りなので、読む人が読めば、明日から芸人としてデビューできる…ような気がする(私は無理)。
それにしても当時の手品は、剣を飲んだり焼け石を食べたり、想像しただけでも痛そうな演目が多い。意外なところでは、なぜか日本の火渡り(hi-wattarai)についても言及されている。「東京に行ったら、火渡りを見ないとモグリだぜ!」みたいな観光ガイドからの引用が載っていたりして、かなり胡散臭くはあるのだが、フーディーニの同時代人には、コインマジックの分野に名を残す“日本人”手品師オキト(本当はセオ・バンバーグというアメリカ人)という人がいたし、ミステリー小説の禁じ手について書かれた“ノックスの十戒”(1928)にも、「超自然的要素や魔術的要素を物語に持ち込んではならない」と並んで「中国人を重要な役割で登場させてはならない」なんて項目があったりするので、まあなんていうか、そういう時代だったのだろう。
ちなみに、この本は、“Skeptic's Bookshelf”というシリーズの一冊として再版されている。同シリーズには、ジェイムズ・ランディやマーティン・ガードナーの本なんかも入っており、Dover Books on Magicと並んで大人買いしたいシリーズの一つ。
フーディーニの本名はエーリッヒ・ヴァイスといい、アメリカではなくポーランドの出身。芸名の由来となったフランス人奇術師・ロベール・ウーダンについては、『アブラカタブラ…』の前川氏やバーナウ(後述)も言及しているが、何といっても種村季弘『詐欺師の楽園』(河出文庫⇒岩波現代文庫)のウーダン伝が面白い。この章だけ読んでも面白いのだが、カザノヴァやシュレンク・ノッチングと並んでウーダンが扱われているのがミソだと思う。私事ではあるが、この『詐欺師の楽園』と『ぺてん師列伝』(河出文庫⇒岩波現代文庫)は、人生の転機になった本の内の2冊だ。
最後に、ヴィジュアル・スタディーズ系(ヴィジュアル系ではなく)の人間にとっての“マジック”といえば、Erik Barnouw, The Magician and the Cinema. (Oxford UP)だろう。この本については語りたいことが山ほどあるのだが、ネタ本なので秘すべし秘すべし。ただ、邦訳(ありな書房)の解説で四方田犬彦氏が語っているオーソン・ウェルズの奇術熱については、『アブラカダブラ…』で前川氏も言及しており、個人的に興味があるところではある。
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