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文系女子ポスドクの読書日記。稼ぎは無くとも本は買う。

読書日記

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一周忌

 昨年の秋に、祖母が亡くなった。長患いの末ではあったが、病院ではなく自宅の寝室で、六十年以上連れ添った夫と手を繋いで眠っている内に、いつの間にか魂が抜けていた。亡くなる数日前から何も食べ物を口にせず、乾いた皮と骨だけになり、枯れ枝がぽきりと折れるような最期だった。私はその死に方を美しいと思ったけれども、何故そう思ったのか、その時は全く分からなかった。

 青木新門『納棺夫日記』(文春文庫)を読んで、ふと、その時のことを思い出した。

 この本は、さまざまな挫折の末に葬儀会社に勤め、死体を棺に納め続けてきた筆者による随筆である。どの辞書を引いても“納棺夫”という言葉が載っていないのは、そのような職業が存在しないから。人の死に携わる仕事は、忌み嫌われることも少なくない。筆者もまた、身内からの偏見に直面しながら、“納棺夫”であることを引き受けていく。
 棺に納めるべき死体の状態は、必ずしも良いとは限らない。時には家族さえ顔を背けるような遺骸を、ひたすら清めて棺へと納めつづける日々の中で、ついに彼は、人の死を照らす“光”を垣間見る。死期を悟った病人の表情にも、腐乱死体に涌いた無数の蛆虫にも、その“光”は宿っている。それはおそらく、臨死体験をした人々や、視霊者たちが目にする、あの極楽浄土の“光”と同じものだ。
 だが、近代医療による際限の無い延命の末に死を迎える時、人はその“光”を見る機会を奪われてしまうのではないか、と筆者は危惧する。誰も永遠には生きられないのに、我々は死を忌み嫌い、可能な限り遠ざけようとする。医者も家族も生に執着し、その結果、薬と栄養を過剰に与えられた白く軟らかな死体ばかりが増えていく。それは果たして、死に行く人にとって最良の選択であるのか。

 最近になって文庫化された藤原新也『何も願わない手を合わせる』(文春文庫)もまた、死を想いながら生きること、あるいは、死を想う機会を奪われることについて、多くを語る本だった。死者や神仏を前にして祈る時でも、我々の多くは、俗世の柵に囚われている。何も願わずただ手を合わせるということは、いつの間にか、ひどく難しいことになってしまった。

 最期の日々を自宅で過ごした祖母は、自らの死と向き合いながら、ゆっくりと身罷った。私と弟が最後に見舞った時には、祖母の“惚け”はかなり進行しており、孫の顔も覚えていない様子だった。忘れられたと知った時には、ただ悲しいばかりだったけれども、今にして思えば、現世への想いは少ないほうが良かったのかもしれない。
 亡くなる数日前には、祖母は、随分前に他界した自分の母親に会ったという。此岸と彼岸が緩やかに溶け合っていったその時、彼女の目に映った世界に、光は満ちていただろうか。

 学会発表に備えて、“マジック”関連の本をまとめて読みなおしている。

 数年前、手品の歴史について知ろうと思った時に最初に手に取ったのが、前川道介『アブラカタブラ奇術の世界史』(白水社)だった。“世界史”だけあって、紀元2世紀の“カップ・アンド・ボール”マジックから始まり、ヒトラーの前で手品を披露したカラナグまでを網羅。新聞連載をまとめたものなので、各項目がコンパクトにまとまっており、今にして思えば入門書として最良のものだった。ドイツ文学者である前川氏が、奇術に興味をもつ契機になったというヴィルスマン博士「ノコギリ引きにされた乙女」は、読みたいと思いつつまだ読んでいない(ドイツ語だから)。

 時代と地域が限られてはいるが、泡坂妻夫『大江戸奇術考―手妻・からくり・見立ての世界』(平凡社新書)も面白かった。この本で取り上げられている“奇術”には、我々が「手品」という言葉を聞いて連想する芸のみならず、からくり人形や歌舞伎のケレン、料理(!)まで含まれている。第10章「料理と奇術」を読むと、江戸の奇術観とジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ『自然魔術(Magiae Naturalis)』(青土社)とが重なる部分も見えて、大変に興奮した。
 新書ながら、文献情報も詳細かつ豊富で、ここを入口にしてより奥深くへと入っていくこともできる良書。こんなにもコンパクトな1冊の中に、これだけの情報が詰め込まれていること自体がマジック。

 個人的には、手品師の中でも特にハリー・フーディーニに興味があり、自著も含め相当数の関連文献を漁ったのだが、彼が「手品」に関して書いたものの中では、Harry Houdini, Miracle Mongers and their Method: A Complete Expose. (Prometheus Books)が一番まとまっているかと思う。詳しいタネ明かしがてんこ盛りなので、読む人が読めば、明日から芸人としてデビューできる…ような気がする(私は無理)。
 それにしても当時の手品は、剣を飲んだり焼け石を食べたり、想像しただけでも痛そうな演目が多い。意外なところでは、なぜか日本の火渡り(hi-wattarai)についても言及されている。「東京に行ったら、火渡りを見ないとモグリだぜ!」みたいな観光ガイドからの引用が載っていたりして、かなり胡散臭くはあるのだが、フーディーニの同時代人には、コインマジックの分野に名を残す“日本人”手品師オキト(本当はセオ・バンバーグというアメリカ人)という人がいたし、ミステリー小説の禁じ手について書かれた“ノックスの十戒”(1928)にも、「超自然的要素や魔術的要素を物語に持ち込んではならない」と並んで「中国人を重要な役割で登場させてはならない」なんて項目があったりするので、まあなんていうか、そういう時代だったのだろう。
 ちなみに、この本は、“Skeptic's Bookshelf”というシリーズの一冊として再版されている。同シリーズには、ジェイムズ・ランディやマーティン・ガードナーの本なんかも入っており、Dover Books on Magicと並んで大人買いしたいシリーズの一つ。
 
 フーディーニの本名はエーリッヒ・ヴァイスといい、アメリカではなくポーランドの出身。芸名の由来となったフランス人奇術師・ロベール・ウーダンについては、『アブラカタブラ…』の前川氏やバーナウ(後述)も言及しているが、何といっても種村季弘『詐欺師の楽園』(河出文庫⇒岩波現代文庫)のウーダン伝が面白い。この章だけ読んでも面白いのだが、カザノヴァやシュレンク・ノッチングと並んでウーダンが扱われているのがミソだと思う。私事ではあるが、この『詐欺師の楽園』と『ぺてん師列伝』(河出文庫⇒岩波現代文庫)は、人生の転機になった本の内の2冊だ。

 最後に、ヴィジュアル・スタディーズ系(ヴィジュアル系ではなく)の人間にとっての“マジック”といえば、Erik Barnouw, The Magician and the Cinema. (Oxford UP)だろう。この本については語りたいことが山ほどあるのだが、ネタ本なので秘すべし秘すべし。ただ、邦訳(ありな書房)の解説で四方田犬彦氏が語っているオーソン・ウェルズの奇術熱については、『アブラカダブラ…』で前川氏も言及しており、個人的に興味があるところではある。

化け物さまざま

 午前中、上野の国立科学博物館にて「化け物の文化誌展」「南方熊楠展」を観覧。校外学習の小中学生に混じって、血眼になってメモを取っていた大女は私です。熊楠展は月末近くまで開催しているようですが、「化け物…」展の会期は今度の日曜日までですので、東京近郊在住で未見の方はお急ぎを。
 とりあえず、このブログは読書日記なので、手持ちの化け物関連書籍の中から何冊か。

『万国怪物大博覧会』(南方堂)

 角ウサギやら竜やら人魚やらツチノコやらの写真集。ページ数は多くないものの、古今東西の怪物たちの図版がギッシリ詰まっていて、まさに博覧会。版元の南方堂はマイナー(失礼)な出版社ながら、『万国心霊古写真集』という名著も出しています。どちらも現在は古書でしか入手できないのが残念。

ジョアン・フォンクベルタ他『秘密の動物誌』(筑摩書房)

 一見すると『万国怪物大博覧会』と同じような内容ですが、こちらは“ペーター・アーマイゼンハウフェン博士によって発見された世界中の新種動物の写真集”という設定です。こういう手の込んだ仕掛けをするのは、『スプートニク』の変態写真家ジョアン・フォンクベルタ。荒俣宏氏の親切な解説がついていますが、まんまと騙されてしまった幸福な人もいるのでは…と思わせる出来の良さ。傑作です。

ハラルト・シュテンプケ『鼻行類―新しく発見された哺乳類の構造と生活 』(平凡社ライブラリー)

 今さら紹介するまでもないド定番。1941年、日本軍収容所から脱走した一人の捕虜が、ハイアイアイ群島に漂着します。そこで発見された鼻で歩く一群の哺乳類=鼻行類の観察記録、というのがこの本。鼻行類の生態と共に、博物学のエクリチュールがどんなものなのかがよく分かります。

国木田独歩『牛肉と馬鈴薯・酒中日記』(新潮文庫)
プラトン、久保勉・訳『饗宴』(岩波文庫)

 先日、ランチを食べながら独歩「牛肉と馬鈴薯」を読んでいて、このグダグダな終わり方はどこかで見たことがある…と感じた。話自体は、明治の青年紳士たちが、牛肉(現実主義)と馬鈴薯(理想主義)のどちらを選ぶかという問題を巡って、それぞれのネタを披露しあうというものなのだが、終幕間際のグダグダ具合はこんな風。

「そこで僕は思ふんです、百人が百人、現在、人の葬式に列したり、親に死なれたり子に死れたりしても、矢張り自分の死んだ後、地獄の門でマサカ自分が死うとは思はなかつたと叫んで鬼に笑はれる仲間でしよう。ハツゝゝゝハツゝゝゝ」
「人に驚かして貰へばしやつくりが止るさうだが、何も平氣で居て牛肉が喰へるのに好んで喫驚したいといふのも物數竒だねハゝゝゝ」と綿貫はその太い腹をかかへた。
「イヤ僕も喫驚したいと言ふけれど、矢張り單にさう言ふだけですよハゝゝゝ」
「唯だ言ふだけのことか、ヒゝゝゝ」
「さうか!唯だお願ひ申してみる位なんですねハツゝゝゝ」
「矢張り道樂でさアハツハツゝゝツ」と岡本は一緒に笑つたが、近藤は岡本の顏に言ふ可からざる苦痛の色を見て取つた。


 何がそんなに可笑しいのか、読んでいるこちらが取り残された気分になるぐらいの、爆笑の渦である。
 そもそも“現実主義と理想主義”なんてものを“牛肉と馬鈴薯”に喩えている時点で、グダグダな結論に至るのは目に見えているのだが、「ハゝゝゝ」「ヒゝゝゝ」なんていう笑い声ばっかりで終わるのは、いくらなんでもグダグダすぎやしないか。
 このグダグダ具合が何に似ているのか、先刻、唐突に思い出した。以下引用。

(…)そうしてソクラテスは彼らと何か論じあっているところだった。が、それ以上、どんな話があったか、よく記憶していないと、アリストデモスはいっていた、最初から話に加わっていた訳でもないしまたちょいちょい居眠りもしたのだから。とにかく、その要点は、喜劇と悲劇とを作るということが同一人にできることであり、また真に芸術的な悲劇詩人は同時に喜劇詩人でもあるものだということを二人とも容認せずにはいられぬようにソクラテスが議論を進めていたということである。もう論旨が充分よく分からなくなりながらも、この容認を余儀なくされている間に、二人は居眠りをし出した。(…)

 アッパーかダウナーかの差はあれど、見事なまでのこのグダグダさ!久しぶりに引っ張り出してきて読み返したら、期待以上で嬉しくなった。結論としては、飲み食いしながらの野郎どもの議論は、大抵グダグダになって終わる、ということで。

キ経済学

 こんなことをしている場合ではないのだが、読み終わってしまったのでメモを。

Levitt et al., Freakonomics: A Rogue Economist Explores the Hidden Side of Everything (William Morrow & Co, 2005)

 発表が近いのにこんなものを読んでる場合じゃないのでは…と思いつつ、出勤前に寄ったブッ○ファーストで途中まで立ち読みし、止まらなくなってお買い上げしてしまった。去年出た本なのに、まだあちこちの洋書コーナーで平積みされているということは、ずっと売れ続けているということか。
 確かに、あらゆる経済についてド素人の私にも、この本は最初から最後まで楽しく読むことができた。電車の中で読みながら、思わず「へえー」「うわー」「アハハ」と声が出てしまったのは久しぶり。大相撲における八百長(!)の話から、KKKとスーパーマン(ラジオ版)をめぐる顛末、母親の学歴別・子供の名前ランキングまで、様々なジャンルのネタを理屈で捌きまくり、妙に説得力のあるオチへと持っていく。
 サブタイトルが示している通り、“経済学”の入門書ではなく、“経済”を視軸に世の中を見なおしてみましょうという内容。お金の動きというよりは、人間の行動原理について考えさせられる(ような気がする)。rogue economistと名乗っている割りに、いわゆる毒舌ではないのだが、取り上げている事例はどれも捻りがきいていて面白い。勉強になるかどうかは別として、楽しく読める本であるのは間違いない。それにしても、アメリカの経済学者が、どうして星の貸し借りの話なんか知ってるんだろうか。とにかく話題が盛りだくさんなので、トリビア好きにもオススメかも。
 邦訳は『ヤバい経済学』という微妙なタイトルで東洋経済新報社から。まったく知らなかったんですが、結構売れたっぽいですね。

参考:The New York Times Book Reviewに書評が
http://www.nytimes.com/2005/05/15/books/review/15HOLTL.html?ex=1162875600&en=63088237ecc395e7&ei=5070

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