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MIURAのアート

2018年の第一弾として大きなミウラのアートが出来上がりました。
以前描いたのはレッド、イエローでしたが、今回グリーンに挑戦しました。


SIZE 728X1030MM
ジークレープリント
マット紙

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なんだグリーンか?なんて思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
平面アート作品として一番難しいのがこの色だと思います。
リトグラフ等のプリント作品を制作しているアーティストの方はお分かりだと思いますが、このグリーンをオフセット等の印刷物にすることはかなり高度な技術を必要とします。オフセット等で印刷する場合は必ずCMYKの4色分解が不可欠なのですが、その際このようなグリーンは残念ながら非常にくすんだ草色に変換されてしまいます。おそらくミウラのこの色の印刷物は大抵くすんでいるはずだと私は勝手に想像します。

オフセットでこの色を出す場合は仕方なくくすんだ4色でベースを刷ってから、補色という形で蛍光グリーン等の鮮やかなインキを使いベースの4色に補色をして、そのくすみを取り除きます。しかしこれは簡単なことではなく、綺麗に仕上がる保証もありませんし、綺麗な色味を出すまでに膨大な費用も発生します。

そこで登場するのがRGB出力という現代文明の技術です。
そう、デジタル出力なら可能なのです。
まあ可能といっても元画像と印刷物のキャリブレーションをとるには何回も校正をとりながら色の調整がソフト上で必要になります。これには作者が印刷に立ち会い監修することも不可欠になります。印刷お願いします!では再現出来ないのであります。

今回とにかく描くだけで無く、出力で非常に時間がかかりました。
時間があれば第二弾と続きたいところですが、、、。

何はともあれ、
2018年、とりあえずひとつ完成です。汗





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新春番外編

お正月から着手しているのがこれです。


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そう番外編、ミウラです。
リクエストがあり制作しているのですが、以前にもミウラのアートは2、3種類制作したことがありまして、その時はポスターではなくカード類でした。今回大きな作品にする前提で制作していますので少し入念に手を入れています。

しかしこれも古いクルマなのですが、描いていて思うのは、実に近代的で未来的なデザインだと感心します。

まだまだこれから未来に作られるはずのクルマじゃなかろうか?そんな気がしますね。

・・・・・・・・・

全然関係無い話しにチェンジしますが、リーリトナーの1981年のこのアルバムなんか、もの凄く大昔のハイスクール時代を個人的に思い出すのですが、ミウラなんてもっともっと前ですから、ほんと頭が下がります。訳わかんない比較で申し訳ありません。

いつまでも名曲は名曲、名車は名車でしょう。



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お正月

昨年中は大変お世話になりました。
本年もよろしくお願いいたします。

元旦は毎年恒例で東京郊外の私の実家へ帰省です。
母がいなくなってからは毎年お節を持参して父に届けています。
久しぶりに池袋から東上線に乗りました。

なんだか学生時代を思い出す。
あの頃は電車も床がフローリングだったものなー。
もう昔過ぎて、夢のようだ。

実家に着いて親父と話しているうちに元旦の日が暮れた。
妹が住んでいた二階の片付けが済んでいたので覗いてみると、
何も無くなっていて、ガラーンとした感じだった。

そうだ、今度画材や作品を運ぼう。
ちょっとした第二のアトリエになると思う。

母が使っていた二階のアトリエは今は無く、
屋根裏に母の作品が展示してある。
実家に帰るといつも二階から急なはしごを登り三階の屋根裏部屋を覗く。

私の思い出の品もこの屋根裏部屋に数多く残されている。
屋根裏部屋で母の作品を見ながら昔のお正月のことを思い出した。
四人家族全員揃ったお正月。
母と妹がお節を作り、男ふたりは料理を待った。
たいして普通のことに思えたが、
今考えると貴重な時間だったとしみじみ思う。

全てが夢のようだ。

親父に見送られて実家を後にし、
子供の頃から通っている神社にお参りに行った。
とても小さい神社だが、風情のある社。

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今年も平和で無事に過ごせますように。











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ありがとう

昨日29日に工房の大掃除が終わり、午後から西早稲田の墓地へ。
毎年、一年無事でやれたことを亡き母に報告しています。
母が亡くなって9年。
早いものです。

そして母が生前から信じていた「一陽来復」のお守りをもらいに近くの穴八幡神社へ。
冬至からこのお守りの配布が始まります。
大晦日や新年は大変混み合う神社ですが、今日は運良く空いておりました。

母さん、一年をありがとう。

そして今年亡くなった妹にも、

長い事お疲れさま、ありがとう。

感謝
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年末になるといろいろな面白い方を毎日のように東京の街角で見かける。
今日はこんな人がいたんだと知人に話すと、
葉介さんはそういう人を呼ぶ、引きつける力があるんだとよく言われる。

そうかなー?

そんな年末、今日見た方はこんな方。


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イラストがラフ過ぎて申し訳ないのですが、
工房の近くのマックで私の前にいた人です。
年齢は四十男くらい。
日焼け、筋肉隆々、この寒いのに超薄着、ホットパンツ、虎刈り、ホワイトブーツ等。

みんな目をそらしていたが、私は感動して特にホットパンツを凝視。

「お客様、ポイントカードは、、、?」
店員の若い女の子がそう聞きますと、

「ポイントカード???」
「無いけど、作るよ!ウンウン」と非常に落ち着かない様子。

後ろで待ってる私は「無理に作らなくてもいいでしょー!」なんて思ったが、
店員の子も余計な質問したなー、という感じの顔で申し込み用紙を四十男に手渡していた。

その昔の年末、友人が旧車の巨大なオーバーフェンダー付きのサバンナRX3をムラサキに塗り替え、ゴールドのディープリムのホイールを付けて大晦日に我家にやって来た時も、その派手さに驚いて感動したものだが、見た目その四十男は、生身の体でそれに匹敵するようなインパクト&インプレッションだった。

生きていることは素晴らしい。

もし私がこの四十男の10分の一の勇気を持ち合わせていたら、
もっと成功もしていただろうとしみじみ思った。

しかし年末になると毎日こういう方に出会うのは何でだろ?







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島崎さん

年末もいよいよ近づき、工房で忙しくしている最中、島崎さんが遊びに来てくれた。島崎さんのことは以前にもブログに書いたことがあるのですが、その昔、としまえん遊園地の入り口前で本屋をやっていた運が良くて面白いおじさんである。私よりひと回り以上歳上であるが親友のようでもあり、映画の登場人物に例えるなら、バットマンに出てくる執事のアルフレッドのようでもある。幼い頃までは行かないが、私が青年の頃から見守って来てくれた。もちろん私自身はバットマンとはほど遠い存在だが、、、。

島崎さんは知識人なので、普段からのんびりボーっとしている私に対して良きアドバイスもしてくれたり、ありがたい存在だ。そんな島崎さんが今日持って来てくれたのが、コレです。

 

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来年の干支のキーホルダー。そしてワンちゃん入りの金杯。
本当はもっと沢山のキーホルダーをもらったのですが、工房に来ていたお世話になったお客様方に差し上げてしまいました。

毎年この時期、島崎さんはこの幸運の金のキーホルダーを持って来ては、「葉介さんの運が開けますように!」なんて言って手渡してくれる。本当にありがたい人だとしみじみ思います。

感謝



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大掃除

今日は義理の父の家を大掃除して参りました。
とても静かな場所で、ほんとここ東京?
なんていう感じなのですが、実はここ中央区日本橋なのです。

まるで忍者屋敷のような家で、知らない方だと迷子になるほど広く、
構造もとても不思議な家であります。
元々この建物は安田善次郎さんが建てた建物で、歴史があります。
料亭とかのお店ではありませんよ。

まるで重要文化財のような家ですから大掃除といっても慎重にやらないとすべてがもろく、
バキッといってしまいます。汗
慎重に慎重に大掃除して参りました。

大掃除は何かこう、清々しい気分になりますね。
それにしても普段動かないので非常に疲れました。




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いよいよ年末も近づき一段と東京は寒くなりました。
部屋のエアコンの温度設定は常時30°。
外出ると寒いわけです。

とにかく寒いのがダメなので、朝は45°の朝風呂に入り、
汗をかくほど体を温めてから出動しています。

しかし寝てる時は不思議と体の内部からの発熱が凄く、
朝になると、だいたいスウェットは自然に脱いでいて冬場でもパンツ一丁、
なんてことも多々ございます。
前に病院の先生にこの事をお話ししたら、
寝てる時に体中が発熱する人はガンにかかり難い?
なんて言われましたが、ホントかどうか。

今週末から大掃除等が始まります。
最後まで風邪引かないよう頑張ろうと思います。
なんたってこの冬は一度も風邪引いていませんので、
馬鹿も本格的になって来たかもしれませんね!LOL

素晴らしい週末、クリスマスを!



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いつまでもお元気で!

先日上野公園の東京都美術館に行った帰りに上野駅に向かい公園を一人で歩いていると、横でわたしの顔をじっと見つめている老人がいた。右手にいたと思ったら、今度は左手に移りわたしの顔をじっと見つめて早足でついて来る。

すると突然、「おまえ、カズミチじゃないか?」とその老人はわたしに尋ねた。
「おじいさん人違いですよ、わたしは違います」とわたしは老人に言った。

しかしその老人は半信半疑でわたしの顔をじっと見つめてついて来る。
仕方ないので立ち止まり、わたしは運転免許を老人に見せた。
するとやっと信じてもらえたのだが、なぜかその老人は非常に落胆していた。

きっと何か訳があるのだろうと思い、時間もあったのでコーヒーでも飲みますか?と声をかけた。老人は嬉しそうに「行こう行こう!」と誘いを受けてくれた。

公園内のコーヒーショップで老人と話していて分かった事は、わたしがその老人の息子さんのカズミチさんに瓜二つらしい事。息子さんは80年代後半に大学を出て社会人になり名古屋の支店に赴任した事。そしてその後連絡が途絶えて未だに東京へ戻らないこと。老人の奥さんは行方不明になった息子さんと一度も会う事無く亡くなった事。

老人は一生懸命に目を輝かしていろいろな話しをしてくれた。
わたしも心の中では何でこんな無関係なお話を聞かなきゃならないのか、
そして何で聞いているのだろうと自分で不思議に思ったが、何となくその老人が気の毒で聞いてしまった。

一時間くらい老人と公園内のコーヒーショップでお話をした。
あたりの美術館や博物館も閉館の時間で日が暮れた。

お店をふたりで出て上野駅まで一緒に行き、老人が手を差し伸べたので、ぐっと握手を交わした。老人は嬉しそうに何度も振り返りながら池袋方面行きの山手線ホームへ階段を下り消えて行った。

おじいさんいつまでもお元気で!と何度もコーヒーショップでも伝えたが、ホームの階段を下るおじいさんの背中を見つめ、心の中で何回も同じ事をつぶやいた。

今ある何気ない小さな幸せも見逃す事無く、
これからも大事に生きていこう。

山手線に揺られながらの帰り道、そう思った。

いつまでもお元気で!





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寒くなりました

寒さには弱いので非常に厳しい毎日が続きます。

東京もホント寒くなりました。

毎朝レインボーブリッジの下からテクテクと田町駅まで歩くのですが、

運河から吹き付ける風が半端無いです。

で、最近は「ちぃばす」を使い駅まで行っております。

「ちぃばす」は港区界隈を走るコミュニティバスで、

なんと何処まで乗っても100円也。

東京タワーのイラストなんか描いてあって可愛いのです。


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ありがたや「ちぃばす」さん。

明日もお世話になります。


寒いとR&Bとか聴きたくなります。

なぜだか?




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