粒焼次郎の落書夜話

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諦めなかった夢

本日は真珠湾奇襲の日であり、ジョン・レノンの命日としても有名だが、私にとってはもうひとつ重要な記念日でもある。

10年前の今日、AKB48は劇場公演をスタートした。当ブログは途中からAKBのファン・ブログみたいな様相を呈していたので、何度も繰り返し述べてきたことだが、その初日公演に正規料金を払って入場した一般客はわずか7名(これ以外にメンバーの家族を含む関係者が65名いたので、客席が7人分しか埋まらなかったわけではない)。この7名を後に「神セブン」と呼ぶようになり、それがさらに選抜総選挙の上位7名を指す用語に転じていった経緯も、当ブログで触れたことがある。私がファンになったのは2ヶ月ほど後のことだが、実はこの初日公演の前日に行われたお披露目記者会見も、薄らと覚えている。秋元康氏「秋葉原は地熱のある街。そこから旋風を巻き起こしていきたい」というようなことを述べており、それを聞いて「何を寝呆けたことを言っているんだ」と馬鹿にしていたのだ。

10年を超えて活動を続けているアイドル・グループは別に珍しくなく、かつて私がファンだったモーニング娘。もそうである。男性アイドルなら、いくらでもいる。ただ、女性アイドルでトップの位置にいたまま10周年を迎えたケースは、過去にもほとんどないのではないだろうか。しかも、3名のみとはいえ1期生も残っている。彼女たちは、テレビにもろくに出られない初期の頃から押しも押されもせぬ国民的アイドルとなった今まで、ずっと在籍し続けてきたわけだ。

8年近く前、AKBの運営は「10周年記念イベント」のチケットを(フォトアルバムの特典として)発売している。半分本気で、半分は冗談みたいなものとしてだったようだが、当時は悪徳商法の一種かのように批判も受けていた。当事者自身、本音では10周年の時にこのグループが存続しているという絶対の自信はなかっただろう。私もこのチケット発売の件を鮮明に覚えているのだが、ずいぶん先のことのように思えたイベントが本当にやってきたと考えると、なかなかに感慨深い。そして、その年にまだ自分がファンであり続けていることにも。

最近は人数も多くなり過ぎ、さすがに覚えられなくなった。私自身がテレビを観なくなり、新しい情報が入ってこなくなっているせいでもある。前田敦子が去ってから、有力メンバーの卒業が相次いでいるのも事実。若手メンバーだけで実施したイベントでは席がガラガラだったというから、有望株と呼ばれる子たちでも先輩ほどの人気は獲得できていないと思われる。だが、ピークは過ぎたものの、このグループが完全に下り坂に入ったとも言えない。“公式ライバル”という触れ込みで始まった乃木坂46も、今年はとうとう「紅白歌合戦」に出場する。シングルを出せばコンスタントに60万枚クラスを売り上げるところまで来ており、それほど強いライバルがいれば、本体もまた盛り上がるのだ。ファンとしての贔屓目もあるだろうが、まだまだ48ファミリーの未来は暗くない。

何よりAKBのすごいところは、誰もが無理だと思っていた夢を次々にクリアしてきたことだ。あの狭い劇場ですら満席にできなかった頃から東京ドーム公演を目標に掲げ、とうとう実現した。音楽バブル時代でさえ誰もなし得なかったミリオン連続記録を、今でも更新し続けている。まだアジアだけではあるが国際展開もしており、国内でも新潟に新たな姉妹グループを発足させる。いつかは失速する時が来るだろうが、彼女たちの名は間違いなく歴史に刻まれたはずだ。この10年間の快挙を見てきた私としては、100年後も存続しているとか世界48を結成するとかというような大言壮語を聞かされたって、「あるかもしれない」と思ってしまう。自分がファンになった当初、このグループがアイドル・ヲタク以外に知られるようになるなんて、全く思っていなかったのだから。秋元氏は以前、AKBがブレイクした秘訣を聞かれて「そんなものはない。ただひたすら続けることだ」と答えている。諦めなかったからこそ夢は叶ったのである。


AKB48「愛の存在」


世代の境い目

世間では衆議院の総選挙で沸いているが、それより少し前の12月8日、AKB48劇場オープン9周年の日に、総監督でもある高橋みなみが卒業を発表した。但し、卒業するのは1年後の2015年12月8日、ちょうど10周年となる日だそうだ。いくら何でも早過ぎる発表ではないかと思ったが、今や48ファミリー全体の精神的指導者である総監督という立場を引き継ぐには、それくらいの時間が必要ということらしい。確かに、高橋が実質的なリーダーになるまでには長い時間がかかり、後からキャプテンだとか総監督だとかいう肩書きが付け加えられていった。そういう自然の成り行きに任せていては、その間に長い空白が生じかねない。ましてや後任に指名されたのは、9期生横山由依である。1期生ならまだしも、先輩たちが大勢残っている中で彼女が高橋ほどの権威を身につけるのは、並大抵のことではない。1年という期間をかけて、徐々に彼女が次のリーダーであるという共通認識を、メンバー間に植えつけていくつもりなのだろう。

9期生が入ったのは、2009年9月である。この年には、第1回選抜総選挙が行われたり、初めてオリコンでシングル首位に立ったりした。「アキバ枠」などという色物扱いでなしに、実質的に初めて紅白に出場したのも、この年だ。名古屋には既に姉妹グループができており、全国展開の戦略が露わになっていた。人気グループなのに、あまり可愛い子がいないという評判もあったAKBだが、まさに9期生くらいから可愛いメンバーが続々と入ってくるようになった。ある意味、AKBにとって時代の転換点になった時期であり世代であるといっても、過言ではないと思う。現在、世間で認知されているAKBの姿は、この頃に形成されたのだ。ちなみに、私が初めて劇場観覧に行ったのもこの年であった。そんなわけで、2代目の総監督に9期生が選ばれたというのは、実は大きな変化を意味することにもなるのである。不人気の時代を知らない人が、これだけの巨大グループを牽引しなければならないのだから。

どんなに隆盛を極めたアイドルでも、いつか必ず落ち目になる時は来る。AKBも恐らく既にピークを過ぎ、やがて明らかに下り坂を転がり始めるだろう。そのタイミングでたまたま総監督の座にあれば、横山のせいにされることもないとは言えないし、少なくとも本人は自分を責めるに違いない。苦労知らずという経歴もまた、それに拍車をかけてしまうかもしれない。それでも、今は他に適任者がいないのも事実だ。リーダーの務まる人材は何人か思いつくが、姉妹グループに在籍していたり、年齢的に高橋より上だったりしていて、これから長期間にわたってファミリーを指導していけるだけの条件が揃っていない。横山も高橋とそんなに年は違わないが、キャリアが長くない分だけ、すぐ辞める可能性も少ないだろう。元々2代目はどうしても初代ほどのカリスマ性を発揮できないものだけれど、短期間に総監督がコロコロ替われば悪影響を及ぼすので、長く続けられる見通しがなければ後を託すことはできない。

・・・というか、Yahoo!ブログのカテゴリに「AKB48」というのが加わっていることに驚いた。他に「嵐」というカテゴリーもあるが、両者はそれほどの存在になっているということだろうか。人気が落ちたら、果たしてどうなることやら。

不幸せな月曜日

2001年に祝日法が改正されて、一部の祝日が月曜に固定された。「ハッピーマンデー法」などと呼ばれる。これには土日と合わせて3連休を増やし、レジャー消費を増やそうという狙いがあった。仕事中毒の多い日本人には、強制的に休ませることも必要ではあるが、個人的にはあまり恩恵を受けていない。最初に勤めていた学習塾チェーンの会社では、フランチャイズの教室が基本的に曜日を決めて開講していたため、月曜が教室日の場合に影響が大きかった。学校でも月曜の授業だけ減ってしまい、調整が大変になったと聞く。私はその後、転職先のほとんどが祝日も出勤になるパターンばかりだったため、連休とは無縁な人生を過ごしている。今もそうだし、むしろ土日祝日は女性陣が休みになってしまって事務所が手薄になるので、迷惑しているほどだ(祝日の数が変わらなければ同じことだと言われるかもしれないが、うちの会社では連休だと困る事情がある)。だから、ハッピーマンデーを廃止して日付固定方式に戻すという考え方自体には、どちらかというと賛成ではある。祝日には意味があるわけで、曜日固定方式の欧米流を中途半端にマネしても仕方ない。

とはいうものの、自民党が真っ先に「海の日」を槍玉に挙げたことには、違和感を禁じ得ない。1995年に制定された実質的に最も新しい祝日であり、「伝統と文化を重んじる」だとか「祝日の意義が分からなくなる」とかいう理屈はトンチンカンにしか映らないからだ。確かに、この日は明治天皇が東北巡幸から横浜に帰港した日で、軍艦でなく民間の汽船で戻ってきたので特別な意味を持っているというのが由来だ。ただ、そのことと「海の恩恵に感謝する」という祝日の趣旨とを結びつけるのは、どう見ても強引である。戦前から「海の記念日」だったという歴史はあるものの、この日が国民の祝日になったのは、7月に祝日がなかったことや、学校が夏休みに入るタイミングで1日余分に休日を増やそうという思惑があったからであり、それは制定を求める署名運動の段階から堂々と論じられていた。伝統もへったくれもないし、天皇とも関係ない。意義が分からなくなっても全く差し支えない祝日の代表選手だ。ネット上のコメントを見ていても、誰もが同じような感想を抱いているのが分かる。自民党の面々は、本気でこんな提案をしているのだろうか。保守勢力の連中が、いかに馬鹿げた論理を振りかざしているかということを、見事に見せてくれているだけのように思うのだが。

ところで、ネット上では「こんな日よりも他に日付固定式に戻すべき祝日がある」として、成人の日体育の日が例に挙げられている。体育の日は東京五輪の開会式を記念したものなので、一応意義があるとは言えるだろうけれど、そうしたコメントに付記されている「晴れの特異日だった」という説は、ガセネタである(この日に晴れが特別多いというデータは存在しないそうだ)。開会式に選ばれた経緯は不明だが、もし日付に意味がないとなれば、10月10日に拘って祝日にする必要性も薄れてくる。また、成人の日に関しては前にも触れたが、1月15日でなければならない正確な由来はない自治体主催の最初の成人式はこの日ではなかったし、元服が行われる慣例があったとされるのも、あくまで推定でしかない。つまり、ハッピーマンデーが適用されている祝日の多くは、実は適当に決めても問題ないケースばかりなのだ。従って、元の方式に戻すに当たっては、賛成する理由もないけれど反対する理由もないという状況になる。

冒頭に書いた通り、個人的には曜日固定式ではトバッチリを受けてきた人間なので、昔のようなやり方にしてほしいとは思うが、法改正の口実に伝統だの意義だのという堅い話を持ち出すことには、抵抗を感じる。そういうことを言い出す人ほど、本当の歴史を知らないという悪例でもあるからである。

知らずに語るな

私は指定校推薦で大学が決まったため、高校卒業の数ヶ月前から(自動車教習所に通っていた期間を除いて)ヒマを持て余し、図書委員であることもあって図書室でブラブラしていることが多かった。これまでにも当ブログで書いてきた通り、この頃の我が校の図書室は本棚がガラ空きだったのだが、数少ない蔵書の中に誰も読まない六法全書がドーンと鎮座していた。こんなものを読む機会はなかなかないので、ちょっと興味をひかれてパラパラと中身を見てみたことがある。その後、大学に進んでからも教職課程を履修したため、法学憲法といった科目を選択することになる。そんな経験から、専門外ながら法律関係のことには比較的関心の高い人間だった。当然ながら憲法に関する知識も、一般社会の平均レベルよりは上だという自負がある。だから、こんな書籍が出たと聞いても、所詮はアイドルを使って無関心層を誘導する中学の教科書くらいの本だと思っていた。実際に読んでみると、確かに入門書なので以前から知っていたことも多いが、意外と勉強になる部分もあり、結構バカにできない。少なくとも日常生活で法律方面と関わりの薄い方々には、是非とも一読をお勧めしたい。アイドル関連の本だと思って侮るなかれ。

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タイトルはconstitutionalismという英語から。日本語では「立憲主義」と訳されるが、この語はconstitution(=憲法)に「主義」を意味する接尾語を付けただけなので、「憲法主義」と訳した方が適切なのではないかという趣旨なのだそうだ。この本の共著者とされている内山奈月は、2012年にAKB48へ加入した14期生だ。後輩と呼べるのは15期生とドラフト生、それに各都道府県から1名ずつ選ばれたteam 8のメンバーくらいしかおらず、ほぼ最下級といえる層に当たる。今年4月から慶應義塾大学経済学部に在籍中。AKBでは同い年の竹内美宥も慶應の環境情報学部に入っているが、こちらはAO入試だ(但し進学塾に通っていたというから、一応それなりの実力は持っている可能性あり)。それに対して内山は慶應義塾中等部から高等部を経ての内部進学であり、少なくとも附属校へ入学した時点では真正の秀才だったのである(もっとも、大学では法学部に進みたかったが経済学部になったとのことなので、わずかながら学力不足はあったのかもしれない)。余談だが、彼女は元来は理系志望だったそうで、高3で文転している。


この動画での受け答えを見ると勉強はできる子なのだろうとは思うが、飛び抜けて利発という印象は受けない。本の中に記された会話を読んでもそうだ。しゃべり方を聞いたりGoogle+の投稿を読んだりしていると、むしろ頭の弱い今時の少女か、ただのブリッ子に映る。実際、AKBには彼女よりはるかに頭の回転が速い子がいくらでもいるのだ。講師役が彼女の聡明さにしばしば驚いたり、書評を書いた大人たちが賢さを讃えたりしているけれど、容姿が幼いことやアイドル、そして女子高生であることからくる先入観とのギャップに影響されている面が多分にあるだろう。

そんな彼女がこのような大それた(?)本を出すに至ったきっかけは、まだ研究生だった昨年6月のコンサートでのトークにある。憲法全文を暗記しているという触れ込みで、ランダムに指示された条文をスラスラ諳んじてみせたのだ。憲法や法律に特段興味があったわけではなく、元々は色々な文章を覚えるのが得意だっただけらしい。小さい頃から母親に「美しい文章をできるだけ多く覚えなさい」と育てられたのだそうで、たぶん学力が高いのも、この暗記力に助けられている側面が強いと思われる。暗記した内容がテストに役立つというだけでなく、物事を覚えることは脳を活性化させ、思考力を向上させるのにも効果的だからである。コンサートで披露する文章は何でもよかったわけだが、1期生の峯岸みなみ「憲法が面白いのでは?」と勧めたことから、こういう次第になったとのこと。その点では峯岸の一言がなければ、この本は世に出ていないのである。単なる偶然といってしまえばそれまでだが、峯岸はかつてアイドルらしい可愛いキャラを目指そうとして成功せず、自らバラエティ路線に切り替えて人気を獲得した経験を持つ。客のいない劇場から出発した1期生でもあり、どこにチャンスが転がっているかを見つけ出す独特の嗅覚があるのかもしれない。そして、この時のコンサートは「研究生コンサート」だった。大先輩の峯岸がそこに来ていたのは、彼女が直前にスキャンダルを起こし、ペナルティとして研究生に降格させられていたからである。従って、峯岸にスキャンダルがなければ、やはり今の内山のポジションもないことになる。

一方、この出来事に目を付けた秋元康氏が、内山に本物の憲法学者の講義を受けさせて、その内容を本にしたらいいのではないかと提案する。それこそ嗅覚の鋭さが為した技だ。こうして白羽の矢が立ったのが、九州大学法学部の准教授だった南野 森(しげる)氏(後に教授)である。彼にはAKBの予備知識はなかったそうだが、ツイッターなどを見ていると明るく親しみやすい性格のようだ。ただ、この人は詳細なプロフィールや旅行の履歴まで公開していながら、年齢だけはどこにも書いていない。大学の学部卒業年から推定すると、(浪人や留年をしていなければだが)私より2歳下の可能性が高い。男性で年齢を伏せる人は少ないので、何となく特異な感じは受ける。私は確認できていないが、ゲイだとカミングアウトしているとの情報もある(確かにゲイ絡みのツイートも目立つ)。そのことと年齢をボカしていることは、関係あるのかもしれない。ちなみに、偶然にも彼は一昨日と昨日、学会のために我が中央大学に来ていた模様。

とにかく内山はまだ高校生だった今年2月、南野氏の特別講義を受け、その内容に自身のメモやレポートを付けて7月に書籍化した。一時はAmazonの書籍ランキングで首位に立ったこともあるという。ちなみに今年の選抜総選挙で、彼女は63位にランクインしている。選挙の実施は出版前だったから、恐らく本の効果というより「暗記キャラ」に注目が集まったためだろう。握手会ではギリギリまでファンの手を離さないので評判にはなっていたらしいが、同期には「三銃士」とアダ名される人気者3人組がおり、内山は14期の中ではどちらかというと推されていない方に属する。AKBファン歴8年半を超える私でも、この本が話題になるまで彼女のことはほとんど知らなかった。その知名度でこうなのだから、来年はどこまで伸びるか楽しみだ。既に来年用のAKBオフィシャル・カレンダーでは、選抜常連の先輩たちと並んで掲載されることが決まっている。問題は、この勢いをいつまで維持できるか、憲法本に続く次の武器を手にできるかだ。法学関係者の間では有名になったらしく、どこやらの弁護士が握手会で内山のレーンに来たというエピソードもあるものの、一般のヲタがどっとファンになった気配はない。知的な女性アイドルというのは、概ねブレイクしにくいものだ。

さて出版後、いくつかのメディアに紹介されたり有識者が書評を書いたりしているが、全体として朝日新聞『赤旗』といった左寄りとか護憲派とされる陣営に偏っている産経新聞もコラムで取り上げてはいるが、あくまで『赤旗』=共産党によるインタビューをアイドルの政治利用と見なす批判であり、この本そのものへの批評ではない)。私はここに、日本の改憲論議の歪みが見事に表れていると思う。改憲を主張する保守派のほとんどは現行憲法を毛嫌いしているため、そもそも憲法を知ろうとしない南野氏はリベラルな学者で、実際に自民党政権を批判していることが多いようだが、この講義では極力中立・公平を心掛けている様子が伝わるし、内山に至っては上の動画でもチラッと出てくる通り集団的自衛権の容認に理解を示すような発言をするほどで、ゴリゴリの左派ではない。しかも彼女は憲法裁判所の設置を提唱しており、現行憲法を一字一句変えるべきでないという墨守的護憲派の立場は取っていないのである。

にも関わらず、憲法について解説しているというだけで拒絶反応を示し、左翼と決めつけ、読みもしないで中傷しているコメントがネット上にあふれる。憲法を論じる以上まずは憲法を知るステップが必須なのに、こうした素人の評価に限らず我が国の保守論壇には、この本のレベルにさえ到達していない無知な論者が驚くほど大勢いる。自民党の改憲草案を読んでも、一般論として「憲法とは何か」ということも分かっていない状況が見える。ウルトラ右派の人々がしばしば唱える「押し付け憲法論」「日本国憲法無効論」なんていうのは、トンチンカンの極みだ。割合に愛国主義的な言論の多い竹田恒泰氏ですらも、こういう論法は否定している(ちなみに彼は以前、慶應で憲法学の講師をしていた)。つまり憲法や法学の知識がある人にとっては、『憲法主義』に書かれている内容は思想的なものではなく、常識の範疇なのである。その常識を持たない連中の見解は、見ていて滑稽でしかない。そんな有様だから改憲・護憲両派の議論は常に噛み合わず、的外れの言いっ放しで終わっているのだ。もっとも、左翼でも感情的に憲法を語っている向きがないとは言えないのだが。そういえば、このところ巷にあふれる嫌韓・反中の言説に対し、こんな指摘をしている知中派の人がいた。「日本の特徴として、アカデミックな世界の知的水準は非常に高いのに、それを支えるサブ・エリートの層が育っていないため、その下にいる一般人に知識が降りてこない。だから無知の自覚すらないまま見当違いの論説を張る素人が多い」と。憲法に関する論争にも、まさに同じことが当てはまる。

なお、この本はどうやら講義の全てを収録しているわけではないらしく、内山のメモなどを見るとカットされた部分が結構あることが分かる。個人的には憲法裁判所について触れた箇所を載せてほしかったと思うが、憲法の基本を学ぶというテーマからすると脇道に逸れるため、整理したのかもしれない。確かに、諸外国の憲法を含めた一般論まで手を広げ出すと、例えば英国の不文憲法だとか、建前上『コーラン』を憲法と見なしているサウジアラビアの例(憲法の重要な要件である最高法規の定義に合わない)とかまで言及しかねないわけで、話が拡散して分かりにくくはなるだろう。知っていることは何でもしゃべりたがる私のような人間が講師だったら、2004年に出された韓国の首都移転違憲判決にまで脱線していたと思う(韓国の首都は果たして慣習憲法で定められているのかとか、法律を違憲にできるほどの拘束力があるのかといった論点では興味深い事件なので)。私が大学に入った頃、ある教授が「学問は概説に始まって概説に終わる」と説いた。自分が学問を始める時には分かりやすい概説から入り、学者として本当に大成するのは分かりやすい概説を書ける時だ、という意味である。大成していなければ入門者に分かりやすい説明はできないからである。その点で、この書は優れた概説になっていると感じる。

今回の記事は「政治・法制・選挙」の書庫にするか「AKB48」の書庫にするか迷ったが、私にとってはAKBメンバーの書籍だからこそ読んだという経緯もあるので(但し、2年前に当時AKBメンバーだった子が出した経済関係の本は読んでいない)、こちらにしてみた。ま、カテゴリが「法学」だからいいでしょ。

情報管理

通信教育大手から漏洩した個人情報が名簿業者に拡散し、大騒ぎになっている。こうした情報を管理する企業はどこもセキュリティに気を遣っているが、最後は人間を信用しなければシステムが成立しない。だから、その人間に裏切られたら、どんなに厳重な砦を設けても壁は崩壊する。私の現在の勤務先でも顧客のデリケートな情報を扱っており、元請けから定期的に監査が入るが、問題になりそうな一覧表などはその日だけ剥がして隠し、彼らが帰ったら元に戻すという繰り返しだ。現実問題として、そうでもしないと仕事にならない。

かつて勤めていた教育関係の会社でも、膨大な量の個人情報を取り扱っていた。この頃は管理が緩かったせいなのか、生徒の情報には私でもアクセスできており、個別に電話することもあった。今なら必要最小限の情報以外、一般の社員にはアクセスできないよう制限をかけているかもしれない。また、今回も問題になっているDMは、私のいた会社でも重要な宣伝方法として活用していた。そのための名簿は、多くを住民基本台帳からコピーしていたと見られる。私が退職する少し前くらいから世の中がうるさくなり、名簿も入ってこなくなったし、DM自体も苦情の原因になるので出しにくくなっていた。でも世間には面白い人がいるもので、入会しないのに「転居したので、次回からこちらへ送ってください」と新住所をわざわざ知らせてきた人もいた。

その後、職を転々とする中で1日だけ、予備校のテレアポの仕事をしたことがある。そこで使っていた名簿の入手元は教えてもらえなかったが、出生者名簿だとは聞いた。電話する対象者は高校生なので、出生時とは違う住所に転居していることも珍しくないし、さらには祖父母の家で届出をしていたケースもあるそうで、電話すると「うちには高校生はいません」と言われることも少なからずあった。自分でやっておいてナンだが、この手の勧誘の電話は確かに迷惑だから、こういうところへ(特に電話番号は)流出してほしくはないだろう。ただ、単なるDM程度なら、ゴミにはなるけれど捨てればいいだけなので、そこまで神経質になる必要はないと思う。ましてや補償までしないと納得しないなどと騒ぐのは、クレーマーの域に達している気がしないでもない。もちろん情報の種類によっては銀行口座から不正に金を下ろされたりといった実害も発生しかねないが、漏れた情報がどんな影響を及ぼすのかを考えてから批判するなり抗議するなりすべきではないだろうか。

最初に勤めた会社では、無差別にポストへ入れて回る投げ込みパンフにさえ苦情が来て、次回から絶対に入れるなとかプライバシーの侵害だとか喚く人が時々いた。個人情報保護の流れが行き過ぎて、過剰反応する人が増えているのも事実だ。だから同窓会でもPTAでも名簿が発行されなくなり、不便な社会になってきている。正直言って「世間で問題になっているから自分も問題視する」という人が大多数なのであり、本質を突き詰めて考えているわけではないだろう。そんなことでは普通の生活にさえ制約が増えて、自分たちが生きにくくなってしまうだけなのだが。

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