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売れてるみたいですね。
ざっと読んでみましたが、
内容は「古きよき日本人」に戻りなさい、といったものです。
特に女性に特化した内容というわけではなく、
「日本人の品格」というタイトルでも問題ないかと思います。
ではなぜ、敢えて「女性の品格」としたのか。
1つは、
この本に書かれている「品格」がかつて女性に求められていた理想像と一致するため。
所謂「良妻賢母」や「内助の功」という言葉から感じる女性の姿。
本書に書かれている「品格」を身につけた女性の姿は
そういったかつて女性に求められていた理想像と似通っている部分が多分にあります。
この本に書かれている「品格」の多くは、
女性だけでなく、男性にも、つまり日本人全体に求められていたものです。
しかし、男性に求められる水準よりも、女性に求められる水準の方が高かったのでしょう。
それゆえ、「日本人の品格」といえる内容でも、
敢えて「女性の品格」としてもそれほど違和感がないのでしょう。
2つめは半分私の個人的な妄想も入りますが、
女性に求められる「理想像」が男性以上に揺れているためです。
個人的に本書を読んだ最初の感想は
「フェミニストに叩かれるんじゃないのか?」でした。
本書が理想としている女性像は、
フェミニストの方々が必死に否定してきた
「男性が女性に押し付けてきた理想の女性像」に近いものです。
なのでもし、男女平等を叫ぶフェミニズムが本当に浸透していたのなら、
ここまで売れることはなかったように思います。
確かに以前よりは男女の平等は進みました。
これはフェミニズムの成果です。
しかし、まだまだ完全な平等とはいえず、
そのためには更なる社会の変化が求められます。
そして、「今後も今までの流れのままでいいのか?」ということが問われているのではないでしょうか?
よく聞かれる話で、
女性が出世していくためには「男性化」が求められてきたといいます。
しかし本質的に「女性=男性」ではないのでどこかで無理が生じます。
つまり、表面上は男女平等が進んだものの、
女性が女性として認められているとは必ずしもいえない状況が生まれてる、ということです。
これまでのフェミニズムでは
「男性に支配されてきた女性」が
「男性と対等につきあう女性」になるべき、
といった主張が多かったように感じます。
それらの声に対し、
疑問を持つ人達が増えてきた。
それが、本書が敢えて「女性の品格」というタイトルで出版され、
なおかつそれが多くの人々に受け入れられた理由ではないかと思います。
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