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稲、小麦、大豆など、
世界で生産されている穀物のほとんどが一年草です。
穀物は採集される場合でも、栽培される場合でも、
大きいものや殻のむきやすいものが選ばれるため、
人類による淘汰圧が加わることになります。
そしてその淘汰圧は当然1年で代替わりを繰り返す一年草の方に
より強く働きます。
人類の発展を支えた穀物の多くが
一年草なのはそういった理由があります。
事情は現在でも似ており、
品種改良は多年草より一年草の方が容易なようです。
ところが、最近米国で多年草の穀物を見直す動きが起きています。
多年草はその名の通り、寒い冬をも乗り越え、枯れずに1年を過ごします。
それゆえ、一年草よりも深く根を張ることになり、
その根が土壌に対して様々な恩恵をもたらすそうです。
深くまで伸びた根が土の保水力を上げ、
また、微生物の活動を促すため土壌を豊かにする上に、
雑草の育成を阻む、とのこと。
そのため、必要となる除草剤や肥料が一年草に比べ少ないうえ、
土壌にかける付加も小さい、という優れた利点を持っています。
そのため、一年草作物を多年草作物に植え替えることで、
土壌に優しい、今よりも持続性の高い農業が営めるのでは?と期待されています。
当然そのためには栽培と消費に耐える多年草作物の開発が不可欠です。
元々品種改良が難しい多年草作物ですが、
近縁種との交雑は勿論、一年草作物との遠縁交雑など
様々な方法により品種改良が進められています。
当然、品種改良が成功しても、
さらにそれを大規模生産するノウハウの蓄積も必要ですし、
流通ルートの確保など問題点は山積みです。
しかし、人口増加、土壌劣化が進む地球環境への
1つの解答となることを望んでいます。
しかし、私はこの多年草作物の最後にして最大の難関は「食文化」だと思っています。
新開発された作物や植物に限らず新しい食品というのは
必ずしも市場に受け入れられてきたわけではありません。
極端な例を挙げると、
ジャンボタニシは淡水サザエの名称で食品として輸入されましたが、
全く受け入れられず、河川などに放流された結果、田んぼを荒らす悪者と化しました。
土壌保全、温暖化防止などの環境対策として
多年草栽培が始まり、本格的に一年草作物との入れ替わりが起こったとき、
私たち消費者はそれを拒否することできるのでしょうか?
売れなければ作物は再び一年草作物に取って代わられるでしょう。
しかし、本当に環境のことを考えるのであれば、
そういった新たな作物を受け入れていく必要があります。
食べる方法がないのならば、考案しなければならないでしょう。
それは新しい食文化となるかもしれません。
同時に、一年草作物の収穫量の低下で消える食文化もあるでしょう。
環境を守るために覚悟すべきこと。
それは少し不便な生活を強いられるといった程度ではすまないでしょう。
食に限らず、私たちが慣れ親しんだ文化や習慣を変えていく覚悟が必要なのではないでしょうか。
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