中学生向け科学セミナー マウス解剖中止
渋谷区教委が主催する中学生向けセミナーで、マウスの解剖を行うことについて、市民団体「動物実験廃止・全国ネットワーク」と「地球生物会議」(文京区)が中止するよう要望し、区教委は十四日、中止を決めた。
(中略)
区内の会員が区報で募集記事を見たのがきっかけで、両団体は▽映像など代替方法がある▽生命の大切さを知るために殺すのは本末転倒▽インドやスイスでは子どもの生体解剖を禁止している−などと十二日、文書で中止を要望した。
(後略)
世界的な動物愛護団体などの中には非常に強行的な手段を取るところがあります。
彼らがそのような極端な手段に出る理由の1つに、
『彼らの主張が一般の人に受け入れられず、
強行的な手段にでもでなければ、社会に影響を及ぼすことができない』
ということが挙げられるように思います。
例えば、動物実験を否定すれば、その負担は我々の生活に直結します。
特に医・薬学を通した影響は甚大です。
「理念だけでは飯は食えない」
これが彼らの主張が受け入れられない最大の理由であるように思えます。
以上のことを踏まえた上で今回の出来事を考えてみます。
今回中止されたのは単なる体験学習です。
そのため私たちの生活への影響度も限りなくゼロに近く、
すんなり中止が決められました。
しかし、今回中止が求められたのは、
学校の授業などで解剖を全員に強制されたようなケースではなく、
自由参加型のセミナーでの解剖体験です。
いわば、セミナーへの参加を希望する中学生達の
学ぶ(解剖を体験する)権利が阻害された、とも捉えられる出来事なのですが、
この手の報道がそういった視点で語られることはあまり多くないように思います。
医・薬学的実験への反対運動が起こったとき、
必ずその実験の持つ正の影響(新薬の開発など)も含めた形で議論されます。
しかし、今回の件では
「解剖実習」の持つ「教育的な意義」が積極的に議論されていないように思います。
記事には、団体側の主張として
> 生命の大切さを知るために殺すのは本末転倒
というものが挙げられていますが、
解剖実習の理由を「生命の大切さを知るため」と捉えているような団体が
解剖に限らず、様々な実験・実習の教育的意義を認識しているようには思えません。
例えば、中学高校での化学の実験に対しても、
「資源の大切さを知るために貴重な資源を浪費するのは本末転倒」
と主張して中止を求めることができてしまいます。
> 解剖学は否定しないが、庁内でもヒトに近いほ乳類のマウスを中学生に解剖させる是非に賛否両論が出ていた中で、
> 要望もあったので、中止を決めた
という担当者のコメントを見ても、
面倒な事態に発展するのを避けた、という印象を受け、
十分な議論がなされたようには思えません。
小中学生が「こんなこと勉強して何の意味があるの?」というように、
教育の影響や意義は直接的には見えてきません。
今回団体側の主張が通ったのは
教育の成果が見えにくい、という点を突いたためでしょう。
徒党を組み、主張することに専念している市民団体に対し、
例えば今回抗議を受けた教育委員会などは
様々な業務の合間を縫って彼らと対峙しなければなりません。
大企業であれば、そういった市民団体などに対処する人員を割くことができるかもしれませんが、
世の多くの企業・組織にはそういった余裕はありません。
主張の内容という観点からすれば彼らは確かに少数派です。
しかし、彼らは弱者とはいえません。
そして数の原理で「ゴネ得」を実現させます。
彼らは自分たちの主張が通りそうなターゲットを選んで活動しているでしょう。
影響が小さい、もしくは見えにくいからといってそれを無視せずに、
「議論の場に出てこざるを得ない雰囲気」を作り出すことが
私たちにできることのだとおもいます。
※「動物実験廃止・全国ネットワーク」のHPのQ&Aが こちらです。
ご参考までに。
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