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杜の都 SENDAI-LIFE
人生は挑戦の連続だ

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昨日、渡波に行ってきました
 
この間、連絡が取れた友人の自宅が津波の影響で
 
1階の壁がなくなってしまったので
 
人が入れないようにブルーシートで囲って欲しいというので行って来ました
 
 
壊滅したわけではないのですが同じようなものでした
 
言葉も出ない代わりにため息のような深い呼吸ばかりでした
 
自衛隊や消防がある程度、復興したみたいです
 
多分、もっとひどかったはずです
 
 
イメージ 1
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車の上に車 ひっくり返った車 津波に押し流されてきた車たち
 
田んぼにも津波の跡が見られます 津波の水が今も溜まっています
 
イメージ 4
 
 
基礎と土台がわずかに残った住宅
 
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倒れた電柱
 
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元は公園だった場所に流されてきた建物
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家の前には形をとどめていない車 これは津波によって流されてきたものです
 
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イメージ 9
 
 
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渡波は2階部分が残っていたり家が残っていたりと
 
まだ良いほうですが
 
女川や南三陸町は全く何もないそうです
 
 
 
ニュースやラジオでは無理やり明るい情報を流して
 
『復興の兆しが見えてきました』とか『希望の光が見えています』なんて平気で言うけど
 
これのどこに復興がかんじられるのか?
 
先のことなんてまだ見えない
 
身内も友人もまだ連絡も付かない状態で
 
何が希望だ 何が復興だ 何が明るい未来だ
 
何が頑張れだ 頑張ってないとでも言いたいのか?
 
彼らは今、一番、頑張っていると思う
 

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    報道なんてごく一部ですからね、撤去しないと本当の復興はできないけど、個人の所有権などで勝手に撤去できないらしいですね・・・
    昨日、自分で何か出来ないかと支援物資の積み込みに行って来ました、交代制で朝から夜12時までの作業で食料(乳児用含む)・衣類(下着含む)・生理用品その他電池など色々でした、全体から見ればほんの少しかもしれませんが被災者の方に少しでも使って頂くことを願ってます。

    sw@mepo

    2011/3/26(土) 午後 3:09

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    阪神淡路大震災のときも、「頑張って!」と周囲は言っていましたが、「どう頑張れって言うんだい」と思っていました。食料さえ届かない被災された方は、なす術は無いだろうと思います。

    [ - ]

    2011/3/27(日) 午前 3:21

    返信する

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