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杜の都 SENDAI-LIFE
人生は挑戦の連続だ

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祝!ガス開栓!!

さっき、ついにガスが開栓しました
 
静岡から来た方でした
 
感謝の気持ちを込めてコーヒーとリポビタンDをあげたら喜んでました!
 
逆にこっちのほうが嬉しいのに感謝されちゃいました
 
 
今日はずっと食べたかったカレーを作ろうと思います
 
ライフラインが復旧されると少しずつ生活が戻ってきてると実感できます
 
 
一歩一歩進んで行くしかないですね
 
ガス屋さん、ありがとう!!

花を飾った

イメージ 1

花屋さんで花を買いました

バラの花が10本で300円だったので3色

ガーベラが10本で200円でした

激安で、事務所が明るくなりました



3分の1くらい親方にあげたら

親方はその中から、1本ずつ隣の家の子供にあげたそうです

笑顔が繋がったような気がしました

こういうことを「幸せ」って言うんでしょうね

あれから1ヶ月

1ヶ月前、あの大きな地震がやってきました
 
あの時、あの瞬間、
 
あんなにもたくさんの人が犠牲になるとは思いませんでした
 
 
 
 
もう二度と味わいたくないと思った震度6の地震
 
その後、1ヶ月も経たないうちに来た震度6の余震
 
 
 
3月11日から
 
何かが変わってしまいました
 
大きく変わったのか
 
小さく変わったのか
 
それは分かりません
 
 
 
私自身で言えば
 
夜は少しの明かりも必要なくて、真っ暗な部屋の中で寝ていたのが
 
今では照明の豆電球を消して寝ることは出来なくなりました
 
それからアクセサリーで購入した笛はいつも身に付けています
 
寝る時は枕の横にヘルメット
 
ベッドの脇には小型ラジオと懐中電灯
 
倉庫の中には避難袋
 
夜は洋服か部屋着で寝ています
 
まだ、パジャマでは寝れません
 
 
 
いつまでこういう生活が続くのかは分かりません
 
 
 
先週から仕事も始まりましたが
 
貼替したクロスが7日の余震でまた同じところに亀裂が入り貼り直しました
 
 
 
1ヶ月、経ったとは言え
 
今日まで長かったのか短かったのか分からないです
 
ただ、こんなにも明日に不安を感じた日々はありません
 
 
 
それから他にも変わったことがあります
 
それは、「考え方」です
 
ACのCMが賛否両論で話題になっていますが
 
最近では、もう流して欲しくないと思うようになりました
 
特に、有名人の応援メッセージのはもう、うんざりです
 
 
結局、彼らが涙を流したりしてもそれは同情でしかない
 
被災の辛さを想像して泣いても
 
それは想像でしかなくて
 
本当に経験した人間にしか分からない恐怖や不安は
 
彼らには絶対に分からない
 
想像と経験は全く違う
 
それなのに、彼らに応援されても力にはならない
 
逆に迷惑なだけ
 
同情なんてしなくていいから
 
そんなこと言うならこっちに来て生活してみてよ
 
家に帰れば電気も付いて部屋も暖かくてガスも付いて好きなものを食べてる彼らに
 
安くさい応援エールなんて必要ないし心にも届かない
 
 
そう思うようになりました
 
 
でも、それは7日の余震の後からです
 
それまでは、『一人じゃない』って支えられたけど
 
でも、違う
 
震度6の地震が来たときはあんたらはいない
 
次に来る余震の時もいない
 
信じることが出来るのは自分だけ
 
応援なんて何の力にもならない
 
 
それくらい7日の余震も怖かったんです
 
 
 
 
 
でも、それにより気付いたことがあります
 
 
想像で涙を流しているのは自分も同じだったということ
 
津波に襲われたわけでも、家や家族を失ったわけでもない
 
連日のニュースで流される悲惨な映像や
 
死に別れた家族が流す涙を見て、私も泣いた
 
だが、それは、同情で流した涙だったのではないか
 
彼らの辛さは彼らにしか分からない
 
私が想像してもその気持ちが分かることは一生ない
 
被災していない人間が私たちの気持ちが分かることがないように…
 
 
だから、彼らのために泣くのはやめた
 
自分が辛くて泣くのはいい
 
でも、彼らにとって必要なのは涙でも応援でもない
 
 
私がこれからやらなければならないこと
 
やれること
 
それは何か?
 
これからは
 
逃げずに考えなければいけない
 
そんなふうに思っています
 
 
 
『強く生きる 新しい宮城県のために 残された自分が 出来ることは何か』
 
 
 
 
 
これが
 
1ヶ月、経った今の私の気持ちです
 
 
 
亡くなられた方々のご冥福
 
また、安らかに眠られることを心よりお祈りいたします
 
 
 

2011-4-7 震度6

『今日やれることをできたかな?明日を無事に迎えることができるのかな?』
 
と思いながら寝ようと思っていたら
 
震度6強もしくは6弱の余震がきました
 
初めはいつもの大きさの余震かな?と思っていたら
 
結構、強い縦揺れがあり
 
携帯の地震速報が鳴り出し
 
その後、横揺れし出しました
 
 
 
地震が治まるまで待つかそれともすぐに外に出ようか…
 
どうしようかと思っている間に
 
キッチンのオーブンレンジが倒れました
 
3.11の時も倒れたんですが
 
今回は中の皿が割れてしまいました
 
 
3.11以来、強い余震がくると何度も言われていたので
 
いくつか対策をしておきました
 
 
イメージ 1
 
イメージ 2
 
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偶然にも昨日の昼間、セリアで購入した滑り止めシートを
 
ありとあらゆるものの下に敷いていたので
 
壊れたものはありませんでした
 
オーブンレンジの皿以外は…
 
もしかしてオーブンレンジも壊れたかも。。。
 
オーブンレンジの下には敷かなかったので落ちてしまったのかな
 
 
 
 
 
他にも事務所に置いてあるたくさんの見本帳棚も地震対策をしておいたので大丈夫でした
 
イメージ 4
 
これはほんの一部ですが他の場所の見本帳も落ちてくることはありませんした
 
 
私の住んでるところは、停電も断水もありませんでした
 
もうあんな大きな地震は経験することないだろうなと思っていたのに
 
昨日の地震は3.11以降で一番、強く怖ろしく感じたし
 
3.11と同じくらい強い地震にも感じました
 
 
 
もう泣くということはありません
 
というか、泣くという感情も感じられないです
 
もうなんと言ったらいいか分かりません
 
 
でも、今日も生かされています
 
 
 
 
 

ガス復旧まであと少し

イメージ 1

ガス復旧まであと10日ほどだそうです

汗を流しながら、働いている

職人サンたちに

『今日、ガス通りますか?』と聞いたら

私の住んでる辺りは

ガス管の中に水が溜まってるため

その水を抜かないと

ガスを通せないと言ってました

そうか〜

まぁここまで来たらあと10日くらいなら平気




職人サンたちが関西弁だったので

『大阪から来たんですか?』って聞いたら

『そうです、日本海側、通って来ました〜』って言ってました



『遠いところご苦労様です』って言ったら

『不便だと思いますが、もう少し待ってくださいね』
と言われました



みんな優しいです

『大丈夫です。感謝してます』って言えて良かったです



ガス復旧のために来てくれた方々に感謝です

いつか恩返しが出来る日が来ることを願っています

そして、その時は笑顔でいたいです

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