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杜の都 SENDAI-LIFE
人生は挑戦の連続だ

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今日から4月

今日から4月 新年度が始まりますね
 
3月の目標は
 
1、1㎏痩せる
2、来年度のレポートを2教科、完成させる
3、部屋の断捨離
 
でした
 
1の目標は 、1Kg どころか3Kg、減ってました
 
震災によるものだと思います
 
でも、ご飯はきちんと食べてます
 
今までに比べて量は少ないですがそれでも生きることが出来るんですよね
 
2の目標は出来ませんでした
 
3の目標は断捨離は出来ませんでしたが断譲離ができたと思います
 
渡波の友人に洋服をあげました
 
ダンボール箱で3つ
 
我ながらよくこんなにあったなと感心するくらいでした
 
本来の断捨離は使わないものを捨てることらしいんですが
 
お金を出して買った洋服たちを捨てることに納得できてなかった私には
 
必要としている人の手元にいってくれてよかったと思っています
 
 
人は多少のものが無くても我慢すれば生きていけるし
 
何かでそれを補うことが出来る
 
世の中にはたくさんの物であふれていて
 
何が必要で何が大事か
 
ということを考えずに
 
欲しいというだけで手に入れていました
 
本当に大事なものはなんなのか見失っていました
 
 
今日から4月
 
厳しい冬から暖かい春へ
 
早く東北に春が来て欲しいです
 
今月の目標は
 
まだ、決まっていません
 
決まったらその時に書こうと思います

ありがとうの言葉

震災から数日、経った頃
 
福寿草が咲いているのに気付きました
 
イメージ 1
 
毎年、この花が咲くと春がすぐそこに近づいていると思っていました
 
でも、今年はまだ春は遠いようです
 
花言葉は「永久の幸福、思い出、幸福を招く、祝福」だそうです
 
自分がいかに幸せな生活をしていたか今は身を持って感じることが出来ます
 
 
 
震災後、ブログの友達や地元の友達、仙台の友達、知人や仕事関係の人たちから
 
心配してもらったのに
 
きちんと『ありがとう』って言えてなかった気がします
 
ありがとうを言うのに遅いということはないと信じて今、言います
 
 
 
心配してくれてありがとう
 
生きててくれてありがとう
 
助けてくれてありがとう
 
笑顔をくれてありがとう
 
声をかけてくれてありがとう
 
 
 
本当にありがとう
 
 
今まで忘れていた感謝の気持ちを教えてくれてありがとう

届いて欲しい思い

この間、仙台から石巻へ行き
 
その後、渡波に行ったときのことです
 
石巻に行ったので蕎麦屋の様子を見てきました
 
 
 
蕎麦屋の前に何か落ちているなぁと思い見てみると
 
一枚の写真と写真立てでした
 
イメージ 1
 
家族6人で写った写真
 
乾いてしまった泥がついていました
 
写真立てだけが流れるはずはないので
 
多分、津波で家も流されたのではないかと思います
 
 
 
津波で流されてきたのであればどこから流れてきたのかは分からない
 
家が倒壊していようがしていなかろうが
 
流れていようが流れていなかろうが
 
写真の持ち主が残された思い出を探しているのではないかと思うと
 
胸が締め付けられる思いでした
 
どうしたらいいか悩んだ末に
 
近くの石巻市役所に届けました
 
「出来ることなら持ち主の元に渡してもらえませんか?」
 
無理なお願いかもしれないけど
 
そう言うしかありませんでした
 
受け取った職員の方も気持ちを酌んでくれたようです
 
 
 
いつか時間が経っても持つべき人たちのもとへ帰って欲しいと思います

昨日、渡波に行ってきました
 
この間、連絡が取れた友人の自宅が津波の影響で
 
1階の壁がなくなってしまったので
 
人が入れないようにブルーシートで囲って欲しいというので行って来ました
 
 
壊滅したわけではないのですが同じようなものでした
 
言葉も出ない代わりにため息のような深い呼吸ばかりでした
 
自衛隊や消防がある程度、復興したみたいです
 
多分、もっとひどかったはずです
 
 
イメージ 1
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車の上に車 ひっくり返った車 津波に押し流されてきた車たち
 
田んぼにも津波の跡が見られます 津波の水が今も溜まっています
 
イメージ 4
 
 
基礎と土台がわずかに残った住宅
 
イメージ 5
 
倒れた電柱
 
イメージ 6
 
 
元は公園だった場所に流されてきた建物
イメージ 7
 
 
家の前には形をとどめていない車 これは津波によって流されてきたものです
 
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イメージ 3
 
渡波は2階部分が残っていたり家が残っていたりと
 
まだ良いほうですが
 
女川や南三陸町は全く何もないそうです
 
 
 
ニュースやラジオでは無理やり明るい情報を流して
 
『復興の兆しが見えてきました』とか『希望の光が見えています』なんて平気で言うけど
 
これのどこに復興がかんじられるのか?
 
先のことなんてまだ見えない
 
身内も友人もまだ連絡も付かない状態で
 
何が希望だ 何が復興だ 何が明るい未来だ
 
何が頑張れだ 頑張ってないとでも言いたいのか?
 
彼らは今、一番、頑張っていると思う
 

明日から

山田町の叔父・叔母夫婦の無事の確認が取れました
 
津波も家のぎりぎりまで来たらしくその後、火災が発生し避難所にいたそうです
 
 
まだ、連絡の取れない親戚や友人がいるのですが
 
無事でいることを祈るばかりです
 
 
 
被災建築物応急危険度判定として青葉区内を回ってこようと思います
 
ボランティアの一種です
 
建築士取得後、講習を受けて応急危険度判定士の登録をしました
 
 
応急危険度判定士とは
地震により被害を受けた建築物は、余震などにより人的被害を与える危険性があります。
そこで、大地震発生後の救命・救急・消防活動と共に、建築行政の役割として、
被災した建築物の応急的な安全性の判定を迅速に行うために、体制整備を進めていく必要があります。
 全国被災建築物応急危険度判定協議会では、地震直後に被災した建築物の応急危険度判定を迅速かつ的確に実施するため、応急危険度判定の方法、都道府県相互の支援等に関して事前に会員間の調整を行うことにより、応急危険度判定の実施体制の整備を行うことを目的とし、平成8年4月5日に設立されました。
 
ようやく自分の資格を生かせるときが来ました
 
今、自分が出来ることを精一杯やってこようと思います
 
いつまでも、被災者ではいられません

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