沖縄あまはいくまはい

「あまはいくまはい」とは「彼方走い、此処走い」です。

無題

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全46ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

イメージ 1

 牛煽(うしおお)らせ合(え)や、我(わあ)が中学生(ちゅうがくしい)ぬばすお、いいくる、牛庭(うしなあ)んじ飲(ぬ)み物(むん)売(う)やあしみらっとおたぬ事(くとぅ)んあてぃ、見(ん)じい慣(な)りとおん。
 大人(うふっちゅ)なてぃからあ、なんぞお見(ん)じゅる暇(まどぅ)ぬ無(ね)えらんたしが、生(ん)まりジマんかい巡(みぐ)ゆる道中(みちなか)、同(い)ぬ足(ふぃしゃ)なかい伸(ぬ)ばがてぃんちゃるばすやん。
 煽(おお)らしい様(よう)やうんにいとぅ全(まったち)ち変(か)わらん。
 牛煽らせ合や生(い)ちむししんだんでぃ言(ゆ)る人(ちゅ)ん居(をぅ)しが、沖縄(うちなあ)ぬ牛煽らせ合んかいや、むさっとぅ当(あ)たらん。
 牛(うし)え主(ぬうし)なかい思愛(うみがな)さ、さってぃ大切(てえしち)に飼(か)らあっとおん。
 スペインぬ闘牛ねえし人んかい向(ん)かゆる事(くと)おむさっとぅ無(ね)えん。
 煽合(おおええ)すぬ前(めえ)ぬ牛ぬ前足(めえびしゃ)伸(ぬ)ばちゃい、土(んちゃ)、かかじたいする「手様(てぃいよう)足様(ふぃさよう)」ぬルーティンや、ちゃっさ、うじらあさくとぅ!。
 勝(か)っちゃる牛え、すがらさってぃ、背(ながに)んかい主ぬ家組(やあぐな、やあにんず)乗(ぬ)したいし、「があええ」叫(あ)びいすん。

【語句】
牛煽らせ合や、我が中学生ぬばすお、いいくる=闘牛は私が中学生の頃は、よく、
牛庭んじ飲み物売やあしみらっとおたる=闘牛場で飲料水を売りをさせられていた、
事んあてぃ、見じい慣りとおん=こともあって、見慣れている。
大人なてぃからあ、なんぞお見じゅる=大人になってからは、それほど見物する
暇ぬ無えらんたしが、生まりジマんかい=機会がなかったが、実家に
巡ゆる道中、同ぬ足なかい伸ばがてぃ=立ち回る序でに、足を伸ばして
んじゃるばすやん=みたのである。
煽らしい様やうんにいとぅ全ち変わらん=闘牛の仕方は、当時とまったく同じだった。
牛煽らせ合や生ちむししんだんでぃ言る人ん居しが=闘牛は動物虐待だと言う人もいるが、
沖縄ぬ牛煽らせ合んかいや、むさっとぅ当たらん=沖縄の闘牛はそれにはまったく当たらない。
牛え主なかい思愛さ、さってぃ=闘牛は飼い主に愛情を注がれ
大切に飼らあっとおん=大事に飼われている。
スペインぬ闘牛ねえし人んかい=スぺインの闘牛のように、人に
向かゆる事おむさっとぅ無えん=突進することは、全くない
煽合すぬ前ぬ牛ぬ前足伸ばちゃい=試合前に闘牛が前足を屈伸したり、
土、かかじたいする「手様足様」ぬ=土を蹴り均したりする仕草
ルーティンや、ちゃっさ、うじらあさくとぅ!=ルーティンは、どれだけ、可愛いことか!
勝っちゃる牛え、すがらさってぃ=勝利した牛は、着飾られ、
背んかい主ぬ家組乗したいし=背に飼い主の家族を乗せたりして
「があええ」叫びいすん=勝利の雄たけびをする

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

芒種雨(豊見城市)

イメージ 1

 一昨日(うってぃい)、沖縄(うちなあ)ん梅雨明(ちゆあ)きさん。
 いっそうまぬ梅雨やか雨(あみ)ぬ降(ふ)い様(よう)ん強(ちゅう)さたい、長雨(ながあみ)んやたん。
 大人(うふっちゅ)なてぃかあ空(んな)梅雨ぬどぅまんどおたくとぅ、今度(くんどぅ)ぬ長雨え童(わらび)ぬばすぬ芒種雨(ぼうしゅあみ)、覚(うび)い出(ん)じゃちゃん。
 写真(しゃしん)ぬ川(かあら)あ漫湖(国場川)んかい繋(ちな)じょおる饒波川(ぬふぁがあ)ぬ上辺(うゎあび)ぬ川(かあ)なとおん。
 いっそうまや、茅敷(かやしち)がらんでぃ思(うみい)ゆるあたい、水(みじ)え見(み)いらん。
 見いてぃぃん、ようい溝小(んずぐゎあ)ぬうっぴ小(ぐゎあ)。
 左(ふぃざい)むてぃいぬ茅(かや)ぬ下流(しちゃあら)んかい向(ん)かてぃ倒(とお)りとおしえ、流(なが)りぬなあふぃん、強(ちゅう)さたるばす、茅、覆(うす)ゆるか水嵩(みじたき)ぬあたる川水(かあらみじ)ぬ流りとおたる証拠(すうく)やん。
 うんな大水(ううみじ)ぬ事(くとぅ)、「あむとぅ洗(あれ)え水」んでぃ言(ゆ)ん。
 うぬ日(ふぃい)や、坂道(ふぃら)ん滝(たち)ねえしけえなてぃ、豊見城(てみぐしく)団地んかい通(とぅう)ゆる北側(にしむてぃい)ぬ道(みち)ぬいふぃ小(ぐゎあ)ぬ崩(くじ)りとおたん。
 芒種雨え、台風雨(てえふうあみ)ぬ他(ふか)なかいや一番(いちばん)強さんでぃ言(い)らっとおん。

【語句】
一昨日、沖縄ん梅雨明きさん=一昨日、沖縄も梅雨明けした
いっそうまぬ梅雨やか雨ぬ降い様ん強さたい=平年の梅雨より雨の降り方が激しく
長雨んやたん=降る期間も長かった
大人なてぃかあ空梅雨ぬどぅまんどおたくとぅ=大人になってからは空梅雨が多かったので、
今度ぬ長雨え童ぬばすぬ芒種雨=今年の長期の雨は子供の頃の「芒種雨」を 「芒種雨」は「芒種の時期に降る梅雨」の事。ちなみに、「小満芒種」が「梅雨」の代名詞。とりわけ「芒種雨」は激しく強い。
覚い出じゃちゃん=思い出した
写真ぬ川あ漫湖(国場川)んかい繋じょおる饒波川ぬ=写真の川は漫湖に繋ぐ饒波川の
上辺ぬ川なとおん=上流である
いっそうまや、茅敷がらんでぃ思ゆるあたい=普段は茅地なのかと思うほど
水え見いらん=水は見えない
見いてぃぃん、ようい溝小ぬうっぴ小=見えても小さな溝のそれぐらいの水
左むてぃいぬ茅ぬ下流んかい向かてぃ倒りとおしえ=左側の茅の下流に向かって倒れているのは
流りぬなあふぃん、強さたるばす、茅、覆ゆるゆるか=流れがもっと激しかったときに茅を覆うほど、
水嵩ぬ高さたる川水ぬ流りとおたる証拠やん=水嵩のある激流が流れていた証拠である。
うんな大水ぬ事=そんな洪水のことを
「あむとぅ洗え水」んでぃ言ん=「畦洗い流し水」という
うぬ日や、坂道ん滝ねえしけえなてぃ=その日は坂道は滝のようになり、
豊見城団地んかい通ゆる北側ぬ道まんぐらぬいふぃ小ぬ=豊見城団地に通じる北側の道路付近の一部が
崩りとおたん=土砂崩れしていた
芒種雨え、台風雨ぬ他なかいや=芒種雨は台風以外では
一番強さんでぃ言らっとおん=一番強いと言われている

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

糸満漁港(糸満市)

イメージ 1

 「ゆっかぬふぃい」やハーレーぬ日(ふぃい)。
 ハーレー鐘(がに)ぬ鳴(な)いねえ、梅雨(ちゆ、しゅうまんぼうしゅ)ぬ明(あ)きゆんでぃ言(い)らっとおしが、今度(くんど)お今(なま)ちきてぃ明きらん。
 ハーレーや写真(しゃしん)ぬ真(ま)ん中(なか)まんぐらんかい抜(ぬ)がっとおしが、どぅくぐまさぬ目当(みや)てぃらりいがすら。
 ハーレーぬ写真や前(めえ)にん抜(ぬ)じ、くぬブログ於(う)てぃ御主様(ぐしゅうよう)んかい御目掛(うみか)きたる事(くとぅ)ぬあくとぅ、今(なま)ぬまあどお糸満(いとぅまん)漁港、御目掛きる積合(ちむええ)なかい抜(ぬ)じゅる角度(まがい)変(け)えたん。
 糸満漁港や、いやでぃん、沖縄(うちなあ)んじえ一番まぎいやる筈(はじ)。
 昔(んかし)え糸満ぬ海(うみ)ん人(ちゅう)や沖永良部(いらぶ)迄(までぃ)ん名(なあ)ぬ立(た)っちょおたん。
 また、あんまあ達(たあ)や頭商(かみあちね)えし、魚売(いゆう)てぃ歩(あ)っちょおたしが、我覚(わあうびい)なかや、30年(にん)前(めえ)頃迄(ぐるまでぃ)どぅ見(ん)ちゃる、なあ見(ん)だんなとおん。
 今あ魚(いゆ)お、スーパーんかい行(い)ちねえまんどおん。
 あんしゅか、世(ゆう)ぬうち変(か)わてぃ…。

【語句】
「ゆっかぬふぃい」やハーレーぬ日=「ゆっかぬふぃい(旧暦5月4日)」はハーレーの日。那覇などでは「はーりー(爬龍)」。
ハーレー鐘ぬ鳴いねえ、梅雨ぬ明きゆんでぃ=ハーレー鐘が鳴ると、梅雨が明けると
言らっとおしが、今度お今ちきてぃ明きらん=言われているが、今年は、いまだに明けない。
ハーレーや写真ぬ真ん中まんぐらんかい抜がっとおしが=ハーレー競走写真は中心付近に写っているが、
どぅくぐまさぬ目当てぃらりいがすら=あまりにも小さいので、確認できるだろうか。
ハーレーぬ写真や前にん抜じ、くぬブログ於てぃ=ハーレーの写真は以前にお写してこのブログで
御主様んかい御目掛きたる事ぬあくとぅ=皆様方にご覧頂いたことがあるので、
今ぬまあどお糸満漁港、御目掛きる積合なかい=今回は糸満漁港をご覧頂く積りで、
抜じゅる角度変えたん=写す角度を変えた。
糸満漁港や、いやでぃん、沖縄んじえ一番まぎいやる筈=糸満漁港はきっと沖縄では最大かと思う
昔え糸満ぬ海ん人や沖永良部迄ん名ぬ立っちょおたん=昔は糸満の漁師は沖永良部でも有名だった
また、あんまあ達や頭商えし、魚売てぃ歩っちょおたしが=また女性達は行商して魚を売って歩いたが、
我覚なかや、30年前頃迄どぅ見ちゃる=私の記憶では30年前迄頃に見たのを最後に、
なあ見だんなとおん=見る事はなくなった。
今あ魚お、スーパーんかい行ちねえまんどおん=今は魚はスーパーに行けば多くある。
あんしゅか、世ぬうち変わてぃ…=こんなにも、時代は激変したのか…。

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

イメージ 1

 くまあ末吉(しいし)ぬ北(にし)むてぃいんかいある森(むい)ぬ中(なか、なあか)なてぃ、又(また)公園ぬんなとおん。
 奥(うく)んかい流(なが)り水(みじ)ぬあてぃ側傍(すばふぃら)んかいある札(ふだ)んかい「安里川(あさとぅがあ)ぬ源流」やる風儀(ふうじ)ぬ字(じい)ぬ書(か)かっとおん。
 くぬ森、隔(ふぃざ)みてぃぬ彼方(あが)あ大名町。考(かんげ)えてい見(に)いねえ、那覇(なあふぁ)ねえぬ大都市(うふまちがた)んかい、くふぃぬ大ぎ森ぬ一方(ちゅかた)なてぃあしえ、目張(みいは)い事(ぐとぅ)やい又(また)ゐいりさんあん。
 平生(ふぃいじい)や川水(かあみじ)ぬまあからが流(なが)りてぃ来(ち)ゅうらあ、考(かんげ)えらんでぃんさんしが、確(たし)かに源(むとぅ)ぬありわる何事(ぬうぐとぅ)んある。
 今(なま)ぬ安里川や逆立(さかだ)ちしん、美(ちゅ)ら川んでえ言(い)ららんしが、昔(んかし)ぬ絵(いい)、見(ん)じねえ、実に美ら風景画(ちしちぬええ)やん。
 又他所国(ゆすぐに)から那覇港(なふぁ)、泊港(とぅまい)んでえんかい入(い)っち来ゅうる色(いる)んな品物(しなむぬ)ゆ首里(しゅい)んかいかやあする帆舟(ふうしん)ぬ走(は)ゆる川んやたん。

【語句】
くまあ末吉ぬ北むてぃいんかいある=ここは末吉の北側ぬある
森ぬ中なてぃ、又公園ぬんなとおん=森の中で公演でもある
奥んかい流り水ぬあてぃ側傍んかいある札んかい='奥には流水があり、近くにある立て札に
「安里川ぬ源流」やる風儀ぬ字ぬ書かっとおん=「安里川の源流」である旨が記述されている
くぬ森ぬ隔みてぃぬ彼方あ大名町=この森を隔てて向うは大名町
考えてい見にいねえ、那覇ねえぬ大都市んかい=考えてみれば、那覇のような大都市に
くふぃぬ大ぎ森ぬ一方なてぃあしえ=これだけの大きな森がまとまってあるのは
目張い事やい又ゐいりさんあん=驚くべきことであると同時にわくわくすることでもある
平生や川水ぬまあからが流りてぃ来ゅうらあ=普段は川水がどこから流れてくるのか、
考えらんでぃんさんしが、確かに源ぬありわる何事んある=考えようともしないが、確かに源があってこその物事が存在するのである。
今ぬ安里川や逆立ちしん、美ら川んでえ言ららんしが=今の安里川は逆立ちしても、美しいとは言えないが、
昔ぬ絵、見じねえ、実に美ら風景画やん=昔の絵画を見ると実に美しい風景画である。
又他所国から那覇港、泊港んでえんかい入っち来ゅうる=また外国から那覇港や泊港等に入ってくる
色んな物ゆ首里んかいかやあする=さまざまな物質を首里に運ぶ
帆舟ぬ走ゆる川んやたん=帆掛け船が走る川でもあった。

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

浦添城跡(浦添市)

イメージ 1

 写真(しゃしん)からあ新物(みいむん)ねえそおしが、造(つく)い直(のお)ちぇえるむぬどぅやる。
 浦添城(うらしいぐしく)や為朝(たみとぅむぬ)伝説(ちてえばなし)、引提(ふぃっさ)ぎとおる舜天世(ゆう)からぬむんでぃ伝(ちて)えらっとおしが、伝え話くるが切(ち)り端(ふぁ)ん無(ね)えんむんやくとぅ、実(じゅん)にがやら分からん。
 あまみちゅうぬ子孫(しすん)なやあに王統(おうとう)ぬ初(はじ)まいんでぃ言らっとおる天孫子んまあんかいが居(をぅ)たらあしかっとお分(わ)かてえ居らん。
 やしが、くまんかい英祖(いいす)王が居たんでぃぬ話や色(いる)んな系図(ちいじ)そうなむんから、実にやいぎさい、琉球(るうちゅう)ぬ国(くに)とぅしちぬ創(はじ)まいやくまからがやたら。
 地名(ぢいなあ)ぬ「うらしい」ん「うらうすい」、言(い)いどぅんせえ、「うら」あ「国」、「うすい」や「覆い」ぬ積合(っちむええ)やん。
 「国うすゆん」んでえ、「国覆いたっくゎあち、かきゆん」でぃぬ積合んかいなゆん。
 実に「うららしい」んでえ国ぬ中心(なかじん)又(また)王都(ゑえぐに)んかい相応(ふさ)とおる名(なあ)やあらに。

【語句】
写真からあ新物ねえそおしが、造い直ちぇえるむぬどぅやる=写真からはきれいに見えるが復元したものである。
浦添城や為朝伝説、引提ぎとおる舜天世からぬ=浦添城は為朝伝説を伴う舜天時代からの
むんでぃ伝えらっとおしが、伝え話くるが=ものだと伝えられているが、伝説自体が
切り端ん無えんむんやくとぅ、実にがやら分からん=あいまいなので事実からどうか知らない。
あまみちゅうぬ子孫なやあに王統ぬ初まいんでぃ=アマミキヨの子孫とされ、王統の初まりと
言らっとおる天孫子んまあんかいが居たらあ=言われている天孫子(王統)もどこにいたのか、
しかっとお分かてえ居らん=ちゃんとしたことは分かっていない。
やしが、くまんかい英祖王が居たんでぃぬ話や=だが、ここに英祖王がいたという話は、
色んな系図そうなむんから、実にやいぎさい=さまざまな系図の類からして、事実っぽいし、
琉球ぬ国とぅしちぬ創まいやくまからがやたら=琉球が(組織だった)国としての創まりはここだったろうか。
地名ぬ「うらしい」ん「うらうすい」=地名の「うらしい」も「うらうすい」
言いどぅんせえ、「うら」あ「国」=つまり、「うら」は「国」、
「うすい」や「覆い」ぬ積合やん=「うすい」は「覆い」の意味である。
「国うすゆん」んでえ=「国を覆う」ということは、
「国覆いたっくゎあち、かきゆん」=「全土を覆い尽く(カバー)して支配する」
でぃぬ積合んかいなゆん=との意味になる。
実に「うららしい」んでぃぬ地名や国ぬ中心=実に「うらしい」という地名は国の中心、
又王都んかい相応とおる名やあらに=そして、王都に相応しい地名ではないのか。

注:「浦添」の「しい」は「襲う」の名詞形とする説や「しい」は「しゅい」で「按司しゅい」=「按司様」のように敬称を表す語とする説などの説があります。

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

全46ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事