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飛騨のカラス毛バリ⑤<乗鞍岳を越えた毛バリ>

どれだけ調べても「カラス毛バリ」の名称では過去の文献にも出て来ない。
そうなると毛バリのシルエットから探るしかなかった・・・
すると、そっくりな毛バリが飛騨から一山隔てた信州側にもあったことが判明した。
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それは、乗鞍岳(3,026m)の中腹にある奈川温泉の宿にイワナをおさめていた職漁師の毛バリであった。
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奈川温泉は鎌倉時代に開湯したと伝わるほど歴史は古く、飛騨と信州を結ぶ「鎌倉街道」と「野麦街道」の中継地として重要な拠点だった。
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現在では上高地に向う国道158号線が梓川の左岸に走っているが、昔の鎌倉街道は、右岸の奈川温泉と白骨温泉を経由して安房峠を結んでいた。
その道は、牛馬が通るのも厳しい断崖の桟道であった。
「戦前の絵葉書」
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この「鎌倉街道」は、七百年程前には使われていた記録があり、越中(富山)から飛騨を通り安房峠(古安房峠)を越え、更には信州を抜けて遠く鎌倉に至る街道であった。
今回の飛騨で見つけたカラス毛バリは、そんな奈川温泉の「富貴の湯」に、親子二代に渡り乗鞍の渓で釣ったイワナをおさめていた「奥原真喜男」という職漁師の毛バリと瓜二つであった。
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それは昭和の中頃まで、信州松本で「三平毛針」という名前で売られていたという。
(この毛バリを巻いた職漁師については、戸門秀雄著の「職漁師伝」に詳しく書かれている)
それが、ただ真っ黒いだけの毛バリなら「似ている」だけの話だが、張りのある漆黒のミノ毛と、黒い木綿糸で異様な程に太く巻いた特徴的な胴は、同じ流れを汲む毛バリとしか考えられない。
しかも、飛騨高山と奈川温泉は、乗鞍を越える峠でつながっていたから何ら不思議でもない。


飛騨高山と奈川温泉の麓である信州松本は、乗鞍岳(3026m)を挟んで共に栄えた城下町である。
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それらを結ぶ街道は、古くから能登から塩鰤などの海産物が運ばれ、戦前には飛騨の女工が諏訪の製糸工場で働くために往復した道でもあった。
そして、多くの人と文化が行き来した。
この黒い毛バリもその一つであろう。
しかし、今となっては、この毛バリの発祥が飛騨と信州のどちらで、だれが伝えたのかを調べる術は無い

余談であるが・・・
実は、私はその信州側の生まれである。
故郷に居た頃、親父と一緒に乗鞍周辺の谷に何度もイワナ釣りに行ったことがある。
(今から30年以上も前のことで、当時は餌釣りばかりだったが)
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来シーズンの夏、同じような漆黒の毛バリを沢山巻いて、懐かしい乗鞍の奥渓に出かけてみたい。

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    今でこそ当たり前に養殖されているイワナですが、数十年前までは正真正銘のネイティブだったわけで…
    小僧の頃、早春の奥利根で初めて釣ったイワナは、それはそれはミステリアスで、山間の集落には様々な伝説?も残っていました。
    欧米のフライも長い歴史がありますが、深山幽谷の毛鉤には、フライとは違った不思議な魅力がありますね。
    一本の毛鉤でこれだけ楽しめると言うのもイイですね。

    [ gor*kun**te ]

    2018/11/30(金) 午後 10:35

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    鮎たわけ様、「お帰りなさい。」
    狭く、くねくねとした安房峠を降りると、視界が広がり平湯温泉へ降りる砂利道の明るさが今でも目に焼き付いています。その頃はその道から川が見えたはずですが今はトンネルが開通する、道は広くなる、建物だらけで面影が全くありませんし水量も少なく川まで面影が有りません。釣れる魚も一時は、放流された虹鱒だらけの時も有りました。自分も幼少期安曇野の信濃追分にいましたがその当時、餌釣りより毛鉤釣りの方ががごく普通の釣り方だったと思います。底石が真っ白な乳川も有りますし花崗岩質の川底が多いので黒い毛鉤の段巻き毛鉤が川底に沈んでもハッキリと見えたのを思い出します。1960年代初頭は近所の奥さん方の手内職が輸出用フライ作りでしたから今から思えばその当時から毛鉤とフライ漬けが自分の原風景です、張りの有る雄矮鶏の黒に独特な太巻きの黒胴は乗鞍地域共通の交流文化が根底に有ると自分も思います。段巻き毛鉤(スギッパ毛鉤)も安曇野周辺から木曽方面に見られる独特な毛鉤ですから安曇野と木曽も繋がりは深いかもしれません(笑)ありがとうございました。

    [ Kebari and Fly ]

    2018/12/1(土) 午前 2:33

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    > gor*kun**teさん
    たかが黒い毛バリひとつで長々と引っ張りまして申し訳ございません(笑)
    昔から「岩魚」は、山奥の温泉宿などでは重要な食材でした。
    だからこそ、それを釣って生活する職漁師が居て、このような土着の毛バリ文化がありました。
    既に忘れ去られてしまった故に、私たちから見ると魅力的に感じるのかもしれません。

    [ 鮎たわけ ]

    2018/12/1(土) 午前 4:06

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    > Kebari and Flyさん
    「ただいま」(笑)
    やはり何かに導かれたのでしょうか・・・
    いつのまにか故郷に戻っていました。
    (私自身も驚きました)
    その昔は、信州側にもこんな毛バリを巻く偏屈な職漁師が居たのでしょうね(笑)
    岐阜も信州は海無し県です。
    だから独特な毛バリ文化も育ったのでしょう。

    [ 鮎たわけ ]

    2018/12/1(土) 午前 4:15

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