丹沢山登り

もうすぐ投稿できなくなる・・・どこへ移行しようかな?

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YAHOOブログが2019年いっぱいでサービス停止のメールが届きました。
いろんな思いでがつまったブログがなくなるのは残念ですが、移行ツールが提供されるとのことで少しは安心して続けていたところ、8月末移行は新規投稿ができなくなるとのこと。

そこで重い腰?をあげて移行しよう・・・といろんな情報を集めました。
公式ツールは、コメントなどが移行されない?ようなので、調べてみるとある方のyahooブログの記事を読んでFC2ブログへ移行してみようと試みました。

〔ある方に記事から〕
<FC2> → 2019年9月以降の、私のメイン・ブログに決定
 色々他ブログを試してみて、ヤフー・ブログの最大の利点とも思えたのが、1つのブログで、公開、ファン限定、友だちまで限定、非公開の別を記事毎に設定出来た事。当たり前の事の様に感じていましたが、意外と、これをやってるブログは少ない。個々の記事を下書き保存する事に対応しているブログや、未来日付の投稿で非公開に対応してるブログもありますが、投稿した日付を以て、一つのブログの中で、似た様な切り分けを出来るブログは、以下の5ブログのうち、FC2ブログ、ライブドア・ブログとSeesaaブログのみ。
 但し、FC2ブログ、ライブドア・ブログでは、完全に見えない状態ではなく、そこに非公開部分のある事は判る。ライブドア・ブログの場合、公開と非公開の変更は、記事修正画面でコピペと削除を用いて行う事になり、記事全体の属性を変更する訳ではない。
 一方、Seesaaブログでは、個々の記事の公開・非公開を切り分ける事が出来、後から、その属性を変更する事も可能(予約投稿も出来るし、記事に有効期限を付しておく事も可能)。が、Seesaaブログの非公開時の編集は、記事を探してくるのが面倒くさく(記事編集画面での検索は可能)、ヤフー・ブログの様な使い方は無理に近い。
 私が、ライブドアブログとSeesaaブログを今のところ、移転先候補として除外しているので、現実的な解決策は、はてなブログに非公開のブログを作っておき、非公開のブログにヤフー・ブログの非公開記事を手作業でコピペして来る事か? 非公開の設定の無いブログには、移行ツールであっても、非公開記事として移行出来る筈が無い道理であり、非公開記事を移行する事が出来る場合も、それは下書き投稿として保存される旨アナウンスされている。
(中略)
 会社としては、日本語版は実質的には日本の会社が運営しているのだが、FC2の運営会社はアメリカに法人登記をしている(ペーパー・カンパニーだとも言われている)。FC2サービスの上では、様々な違法行為が跋扈している事で有名なサービスでもある。ここら辺を考え合せて、自分のブログをそこに置くのか否かも考えた方がいい気もする。 引っ越し作業では、ファン限定記事および非公開記事を除き(=公開記事ならば)、FC2に移行する事が出来る(2019年3月5日現在、既に可能になっている)。書庫も移行出来るし、記事と書庫と関連付けたままで移行出来る。転載記事も、転載である事と、もともとのヤフー記事との関連を付けたまま移行出来る。2019年3月中に行われたプログラム修正で、コメントまでも移行出来る様になった。

 ヤフー・ブログからデータを移行する際の最大の長所として、

(1)ヤフー公認の移行先でない(ヤフー・ブログのサービス停止発表半年前程度から、「ブログお引っ越し」サービスを提供していた)事もあり、FC2にデータを移行したからと云って、ヤフー・ブログのデータは消えない(尤も、データがFC2に移行した旨の通知をヤフー・ブログ側でしてくれる訳でもないが)。

(2)FC2側の「ブログお引っ越しサービス」を用いると、転載記事もコメントも移行出来る(他のブログには、ヤフー側で設定した仕様で、移行出来ない事になっている)。
尤も、移行出来るコメントは、各記事について、最新の20件までで、それを超える過去の分は移行出来ない(← 恐らく、画面のhtmlを解析してデータを移行している為。https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65273768.html 参照)。


 ヤフー・ブログからの移行作業に於けるブログ主の負担は、他のブログでの移行ツールがまだ出来上がっていませんので比較は出来ませんが、極めて容易です。ですので、今のブログのバックアップの意味だけで、一つ移行しておいて損はありません。しかし、次の様な問題点も。

この方は詳しい方でいろんな検討もしたようです。
まあバックアップの意味で私も「FC2ブログ」へ移行することにしました。

IDは変えたかったのですが、できないようです。最初のときにあまり考えず後でもできるだろう・・・と思ってそのまま移行手続きをしたのが失敗でした。
途中、エラーが1回メールで届きましたが、照会文にメールで届いた数字・記号を貼り付け無事移行終了しました。結果、全部は確認していませんが無事移動できました。コメントも書庫も移動できました。

次の記事からは上記のFC2ブログで書こうと思います。
長い間ご覧いただいた方には感謝いたします。(それが継続の原動力となりました)

これからもよろしくお願いいたします。




8合目・・もう少しだ!と自分に言い聞かせ頑張って登り続ける。
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ケカンバからハイマツ帯になる。そろそろ頂だろう。
 
岩場を登ると大きな岩がころがる頂上だ(8:52)。爼堯
まず目に入ったのがもう一つの頂、柴安の肩に尾瀬ヶ原
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また左眼下に尾瀬沼が見える。
        男体山                        日光白根山
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柴安を中心としたパノラマ。
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かすかだか日光白根山や男体山がみえているようだ。
水分を補給しながら休憩。
眼のまえにもう一つの頂がみえるので行くしかない。
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いった下り登り返す。高いな〜
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 大きく見える頂はそれほど時間がかかない・・・そう思って登ると12分で登りつく(9:20)。
ここからは尾瀬ヶ原がの全体が広く見える。 
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標柱をさがすと右手に、まだ立てたばかりと思われる石柱がある。2356m、東北の最高峰
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いままで二回尾瀬ヶ原をあるいているが、2回とも鳩待峠からあるき、尾瀬ヶ原から燧ケ岳を仰ぎ見て、いつか頂上に立ちたいと思っていたがやっと果たせた。

まだ前方へいける。突端までいきザックをおろし展望に見入る。 
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尾瀬ヶ原の向こうには至仏山が優美な姿をみせている。
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燧ケ岳には花が少ないが、至仏山への登りではいろんな花がさいているのだろう。

右手には登りでも確認した平が岳が近い。
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ここからは戻るだけ。下ろう。
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すると登ってくる人に空荷の人が多い。戻るからか?
いったん下り、登り返す。に戻る。

さいど展望を楽しんでいると、団体さんが
「あそこに建物がみえるだろう。今日はあそこに泊まる」
との話で、
「そうかここから尾瀬沼湖畔に下る人が空荷で柴安を往復するんだ」
 
ふと御池から出発するときにバスの行き先がたしか沼山峠だった。尾瀬沼にくだり沼山峠からバスに乗って戻れるのでは???
よく調べていないため、計画通り来た道を戻る(10:03)。

結構なスピードで下っていくと抜く人いない。やはりピストンする人は少なく、尾瀬沼へ下る人がほとんどのようだ。
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樹林帯の下りで若者4名グループに追いつく。
「君たちもピストンかい?」
「違います。尾瀬沼から登りました」
「そうか、沼山峠からきたんだな。俺もそうすればよかったな〜。調査不足だった」
グループに鴨宮出身の人がおり、地元(少し近く)の話になる。

熊沢田代ま一緒に歩き、彼らは休憩するとのことで、先を急ぐ。
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見える人達はそのグループです。

この花は「リュウキンカ」?
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下りはじめてから2時間弱で登山口が見えてきた(11:56)
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体を拭こうかと思ったが、そのまま走り昨日も入ったアルザ尾瀬の郷で体をいやし1時45分に帰路についた。

昨年からの懸案だった北アルプスへ行きたかったのですが、体力の懸念と天気予報がよくなかったので日帰り2座の山登りにかえました。
花の季節には少し遅かったかな?と思いましたが、さすがに雪がおおい東北の山、まだまだ咲き誇っていてくれました。初日で足に豆をつくってしまい、帰ろうか?とも思いましたが、2足の登山靴をもってきたおかげで?予定通り会津駒ケ岳だけでなく燧ケ岳も登れました。車だといろんなものをもって来られるのがいいですね。

山登りだけでなく自然豊かな楽園「尾瀬」にちかい檜枝岐村での一晩。夏のひと時を涼しく過ごせました。
いつまでもこのままの状態で時がすぎてほしいものです。





梅雨があけらたアルプス・・・と考えていたが、最近の運動不足から体力が心配。そこで梅雨の晴れ間に登ろうと予定していた会津駒ケ岳に登ろうか?
地図をみているとすぐそばに燧ケ岳がある。燧ケ岳は会社の同僚と尾瀬ヶ原から登ろう・・・と話をしていたため頭になかったが反対側からなら短時間に登れる。さらに温泉にも入れる。かなり遠いが行くことにした。

一日目は予定通り会津駒ケ岳に登れたが下りでは靴が合わず、豆をつくってしまった。下りでかなり足の裏がいたかったので「明日歩けるかな〜」と不安がよぎる。
靴はなぜか?二足もってきたので明日違う靴を履いてみて足の裏がいたかったらやめよう。

8月4日(日)
翌日の朝5時すぎ、天気は晴。まずは靴を履いて歩いてみる。
足は靴にピッタリ、歩いても足が動かないため痛くもかゆくも?ない。よし行こう!
キリンテ登山口の先で燧ケ岳が見えだしテンションがあがる。
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かなりのスピードで走る車を追いかけ広居駐車場の登山口につく。
準備をしながら。ふと隣の車をみるとやけにタイヤがつぶれている。これはパンクかな?と思い、準備している男性二人組に声をかける。
「このタイヤ、パンクしていませんか?」
「朝、かなりつぶれていたので空気をいれてきたのですが、やはりパンクですか?」
「スペアタイヤ、もっていますか?」
「ええ、あります」
「なら問題ないでしょう」

二人もそお持ったのだろう、すぐに出発する。
登山口の反対側にあるトイレを借り、駐車場の西側にある登山口から歩き出す(6:13)。
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すぐに分岐があり左手へ道をとる。
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すぐに岩がころがる登りとなるがいたるところで木道があられる。
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40分ほど登ると道は一旦平たんになる。
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そこが広沢田代のようだ。一面に黄色の「キンコウカ」が咲いている。
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池塘もあちらこちらに散らばっている。

すぐ樹林帯の登りとなる。 すると階段の真ん中に五合目の表示がある(7:24)。
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振り返ってみると山が見える。
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「あれは会津駒ケ岳かな?」

と言うと、そばで歩いていた人が「そうですね」と答える。

再度樹林帯をぬけるとまた平たんなり、 正面に頂が見えだす。見える山は燧ケ岳だろう!
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わずかな樹林をぬけると、さらに広い湿原が現れる。
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これは熊沢田代だろう。 まわりは一面に「キンコウカ」が咲き黄色に染まっている、
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赤い花が咲いている。尾瀬ヶ原でもみたが名前は???? 
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ピンクの花は「トキソウ」!
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西に見える山は上越の山だろう。 
平が岳             八海山 中の岳          越後駒ケ岳            荒沢岳
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これは何の実????
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広い熊沢田代で花を満喫しながらルンルン気分で歩き続ける。
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樹林帯に入る手前で振り返ってみる。
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再度樹林帯にはいり、大勢の人が汗まみれで登っているザレ場にでる。
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かなりへばっているがへこたれていけない。気合をいれて登るとかわった花?をみつける。
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葉のしたから花をつけているような感じ。

やはりバテているので、何回も振り返る。
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やっと八合目の表示(8:26)。
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写真がおおくなりましたので続きます。



檜枝岐村・・・・山の情報しか調べなかったので着いた道の駅が檜枝岐村???ちょっとした驚きでした。何か聞いたことがある地名です。
自然の番組で知ったのか?何かの災害で記憶しているのかはっきりしませんが気になる地名です。車で走ってみると民家は民宿だけの感じ。まわりは山に囲まれています。
そこで村について調べてみました。
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福島県の最西端に位置し、東北自動車道の西那須野塩原ICから100kmの道のりです。

檜枝岐村(ひのえまたむら)は、福島県会津地方、南会津郡にある1889明治22年)41に誕生した。
日本有数の「特別豪雪地帯」。平家の落人伝説が残る。村民の姓は「」「平野」「」で占められる。
 
高度経済成長期を迎えるまでは焼畑が夏の風物詩であり、山菜採りを主要な収入源とした他、木地加工や狩猟も行われてきた。前述の「星」姓は平安遷都に伴う権力闘争に敗れてこの地に隠れ住んだ藤原氏の落人の系譜につながるとされ、「平野」姓は源平合に敗れた平家の落人の系譜につながるとされ、「橘」姓は織田信長に追われた伊勢治田城主・楠七郎左衛門正具の一統に由来するとされている。
後述の通り、標高の高い山々に四方を囲まれた地域であるが、1960年代のダム開発と1970年代の尾瀬の観光地化によって、1980年代より農家の民宿業への転身が進んだ。1986年の野岩線の東京・浅草直結に伴う振興計画により、観光地にもなっている。1979年には景観保全のため、家々の屋根を赤錆色に統一。山人(やもーど)料理や年3回開催される檜枝岐歌舞伎スキー場も観光客を集めている[1]。山人料理は山村ならではの食材を鍋料理などに仕立てることで知られ、山菜やキノコイワナなどの川魚、ウサギカモなどの肉、豆腐、裁ち蕎麦などを使う。珍しい料理としては、ハコネサンショウウオ唐揚げや、トウガラシを塩漬けした「山人漬」がある[2]
 
檜枝岐村は、会津駒ケ岳と、燧ケ岳帝釈山に囲まれ、それらの間を通る檜枝岐川(伊南川の俗称)と沿線の国道352沿いに位置する。特に燧ケ岳 (2,356m) は、東北地方で最も標高が高い山である。村役場に隣接した集落の他は、村の面積のうち約98%を林野が占めている[3]。福島県内で人口が最も少ない市町村であり、日本一人口密度の低い市町村となっている。
面積の390.46㎢の内、可住地面積は82.72㎢である。
·                   山:会津駒ヶ岳2,133m)、燧ヶ岳2,356m)、帝釈山2,060m
·                   河川:檜枝岐川(伊南川の俗称)、只見川
·                   湖沼:尾瀬沼
 
たしかに人口密度はひくそうでした(2019年6月時点で561人)。しかし道の駅は立派!
まだ新しい鉄筋コンクリート製の温泉施設や木材をつかって建てた観光案内施設。おみやげ、食事所が2軒、駐車場は広く開放感ばっちりです。
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会津駒ケ岳を下り、まずは温泉へ入ろうと、情報収集のため道の駅に戻ります(13:44)。
駐車したすぐそばの建物に温泉のマークが・・・・森の温泉館、アルザ尾瀬の里でした。
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さっそくタオルと着替えをもって入館。ここにはプールも併設されており、入浴とつげ500円を払います。
脱衣所にはいりロッカーを探しますがただ仕切られただけの区画があるだけ。こんな田舎には泥棒はいないようです。小銭しかもってこなかったので、気にもせず浴槽へ。
すると露天風呂だけでした。日が当たらない浴槽に入ります。
湯量は流れっぱなしで十分なのですが、温度が私にはちょっとぬるめでした。まあこの方が体にいいのだろうと、じっくりつかりました。(アルカリ性単純泉、ほかに駒の湯や燧の湯があるそうです)
あがり畳の部屋を探すと二階のようです。飲み物を2本買い畳に寝転がります。クーラーはないのですが、扇風機だけでも暑くないのはこんな山の中、高度1000mのところだからでしょう。炎天下ももと車の中が高温になっているのでは?心配しおきたところ、そとは夕立。路面はしっかり濡れており、薄くもりですので安心してまた横になります。

1時間ほど休憩し次の行動を考えます。まずは腹ごしらえ。そして翌日の食料調達が必要。レストランはありそうですがコンビニが見当たりませんでした。そこで1階におりフロント係員に尋ねると、
「ここにはコンビニはありません。すこし先にすすむと農協がやっているマーケットのような物がありパン程度はうっています」
「おにぎりを売っている店はないのですか?」
「出て右手の山人家でうっているはずですが、人気なのですぐに売り切れるようです」
「ありがとう。行ってみます」
 
まず左手の食堂兼売店に入ります(尾瀬の郷、交流センター)。あるのはお土産とパンだけ。すぐに山人家に向かいます(2017年にこの道の駅ができたころは木工品展示販売館だったようです)。
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こちらは入り口前にベンチが置かれ屋外でも飲食ができるようになっています。店内に入ると、すぐに焼きそばとお稲荷さんが目に入りました。すぐに購入。
となりの食堂はどんなものがあるのだろう?と券売機をみるとおにぎりとうどんがあります。焼きそばを買ってしまったので夕食にまたこようと、明日の朝食用におにぎりだけかって車にもどります(16:00すぎ)。
車の中で焼きそばをたべながら周りをみると、スキー場斜面に白いところがあります。
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そいえば下り着いたとき子供達があそんでいました。
どうやら子供たちのために雪を保存していたようです。(しらべると毎年8月の第一週の土日にやるそうです)中にはプラスチック製のそりで滑っている子供もいました。

キャンピングカーも数台、犬の散歩などをしている家族もいます。そんな光景の中、ラジオを聞きながら横になって過ごします。
アブが多く窓をあけていられませんが、雨のおかげでたまにエアコンをかける程度で過ごせます。

そうこうするうちに車がだんだん増えてきました。一番端にとめたのですが、そこから車道へさらに2台が並んで止まります。夜に車中泊する人が多いのだろうか?と思いながら8時?に近くなると・・・
「みなさん、お待ちどう様でした。これから花火大会を始めます」
とのアナウンス。それで車が多くなったのか!
車道をはさんだお土産屋さんの裏、距離300mもないところからあげる感じでした。その関係で大音量で頭上に花火があがります。久しぶりの花火!夏を実感しました。
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アクションカメラで撮りキャプチャしました。
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花火がおわれば車はさり、まわりは以前のし静かな状態にもどりあとは眠るだけ。
最初は少し窓をあけていましたが、朝方は気温が20度くらいになりましたので窓をしめて眠りました。
 
翌日の帰り。
お土産を買うのをわすれ、見つけた番屋という小さな道の駅に入りました。こじんまりした道の駅。ざるそばをたべ、隣の人がたべているソフトクリームを見てほしくなりそばソフトも注文。これは甘すぎず、なかなかいけました。
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そこからは一直線(といっても曲がりくねった田舎道)に西那須野塩原ICを目指してはしると会津鉄道と並走する場所があります。
「電車がこないかな〜」
などと都合のいいことを考えていると右手に石橋がみえ、信号待ちでとまりました(352号線から121号線へ右折する交差点です)。写真を撮ろう・・・とカメラを出したところ・・・「ガタンゴトン?」と音が聞こえます。
うまい具合に電車がきました。なんとラッキーなことでしょう(会津高原尾瀬口からの電車)。
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あとはわき目もふらず、走りました。東北自動車道では予想通り渋滞にはまり(圏央道では故障車渋滞)、行きで5時間弱でついた道が帰りは7時間かかりました。
山登りだけでなく、村の夏祭りにもあい楽しい二日間を過ごせました。


空いているベンチに腰掛ける。
時間は10時27分。朝が早かったので昼食にしよう。巻き寿司と稲荷のセットがしっかり食べられる。やはり牛歩で登ってきたため、体調がわるくないのだろう。
まわりは湿原。いろんな花が咲いている。登る人、戻ってくる人などが写真を撮っている。

さて頂上へ向かおう!
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木道の脇でまず目に入ったのがピンクの花。
これは「ハクサンコザクラ」
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登りで綿毛だった「チングルマ」も花をつけている。
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私だけでなく、そんな花を撮っている女性。
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再度樹林帯へ入るとすぐに分岐の標柱。
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そこに中門岳方面から女性が現れたので声をかける。
「中門岳方面は高山植物がたくさんさいていましたか?」
「咲いていますが、それほどでもありませんでした」

さてどうしたものか。まずは右手へ登っていく。
5分で人の声がする。広場に立派な標柱がたっている(10:58)。
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一等三角点もありました。

まわりは低木帯。これなら展望はないのだろう・・・と思っていると、男性が
「富士山がみえることもあるがこの天気では無理だな」

展望の表示板があったので見ると、たしかに富士山が書かれている。このまま帰るのはもったいない?
とりあえず中門岳の方面を見てみよう・・・・と北へ向かう。

すぐに低木帯を抜け最高の展望がひろがっている。
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これは歩かない手はない。木道を下っていく。

道が平坦になると、なんと雪が残っている。
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その雪がとけたばかりのだろう。いろんな花がさいている。
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まだ咲いていた「イワカガミ」                    これは?

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「イワウチワ」「タテヤマリンドウ」

まわりには「コバイケイソウ」が咲き乱れている。 
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今年は当たり年なのだろうか?

頂上から15分で休憩場がみえてくる。
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あの男性は何をみているのだろう?楽しみ!

その立った場所にたつと遠くの頂に人がみえる。あれが中門岳だろう。
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しかし数分歩いたところの平地に標柱が見えてきた(11:25)。
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ここが中門岳?あの先の頂に人がみえたが・・・・・周りに人に聞いてみると、
「あの頂には標柱はありません」
とのこと。もう進む気になれずザックをおろす。

すると蝶・・「アザギマダラ」が飛び周り、自分にまとわりつく。
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これはアクションカメラで撮った動画をキャプチャしたものです。日付は間違っています。
中国製ですが、歩いている場面を残せるのはいいものです。ところどころで撮りました。いい思い出になります。
指をたててみると、なんと止まりました。
私は撮れませんでしたが、ある男性がシャッターをおしました。なんと人懐こい「アサギマダラ」でしょう。

そばの池塘に「ワタスゲ」が咲き、水面に雲が映っている。
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さて十分楽しんだので戻ることにしよう!

高山植物を楽しみながら歩き頂上との分岐がみえてくる。 
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当然?巻道へ向かう。

駒の小屋に戻ってきた(12:07)。
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一旦ザックを下ろし何か食べよう・・・と思ったが残ってもので食べたいものがないため水分補給だけでくだることにした。
下りでもいろんな花が咲いていた。
「白山シャクナゲ」「‥スミレ」・・・・・

あとはもくもくと下り、最後の階段を下った時間が13:44だった。

ここ2か月、ほとんど山を歩いていませんでしたので、登れるかどうか不安でした。
隔日の?筋トレ、牛歩と1本ストックのおかげで何とか登れました。
ただ登山靴があわずマメをつくってしまいました。(はきなれたものですが、ロングでは使ったことがありませんでした)。
真夏なので花が終わっているかもしれない・・・と思いましたが、さすがに東北の雪解けは遅い!まだまだいろんな花が咲いていてくれました。十分満足の会津駒ケ岳でした。

つづきます。






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