丹沢山登り

もうすぐ投稿できなくなる・・・どこへ移行しようかな?

番外編

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YAHOOブログが2019年いっぱいでサービス停止のメールが届きました。
いろんな思いでがつまったブログがなくなるのは残念ですが、移行ツールが提供されるとのことで少しは安心して続けていたところ、8月末移行は新規投稿ができなくなるとのこと。

そこで重い腰?をあげて移行しよう・・・といろんな情報を集めました。
公式ツールは、コメントなどが移行されない?ようなので、調べてみるとある方のyahooブログの記事を読んでFC2ブログへ移行してみようと試みました。

〔ある方に記事から〕
<FC2> → 2019年9月以降の、私のメイン・ブログに決定
 色々他ブログを試してみて、ヤフー・ブログの最大の利点とも思えたのが、1つのブログで、公開、ファン限定、友だちまで限定、非公開の別を記事毎に設定出来た事。当たり前の事の様に感じていましたが、意外と、これをやってるブログは少ない。個々の記事を下書き保存する事に対応しているブログや、未来日付の投稿で非公開に対応してるブログもありますが、投稿した日付を以て、一つのブログの中で、似た様な切り分けを出来るブログは、以下の5ブログのうち、FC2ブログ、ライブドア・ブログとSeesaaブログのみ。
 但し、FC2ブログ、ライブドア・ブログでは、完全に見えない状態ではなく、そこに非公開部分のある事は判る。ライブドア・ブログの場合、公開と非公開の変更は、記事修正画面でコピペと削除を用いて行う事になり、記事全体の属性を変更する訳ではない。
 一方、Seesaaブログでは、個々の記事の公開・非公開を切り分ける事が出来、後から、その属性を変更する事も可能(予約投稿も出来るし、記事に有効期限を付しておく事も可能)。が、Seesaaブログの非公開時の編集は、記事を探してくるのが面倒くさく(記事編集画面での検索は可能)、ヤフー・ブログの様な使い方は無理に近い。
 私が、ライブドアブログとSeesaaブログを今のところ、移転先候補として除外しているので、現実的な解決策は、はてなブログに非公開のブログを作っておき、非公開のブログにヤフー・ブログの非公開記事を手作業でコピペして来る事か? 非公開の設定の無いブログには、移行ツールであっても、非公開記事として移行出来る筈が無い道理であり、非公開記事を移行する事が出来る場合も、それは下書き投稿として保存される旨アナウンスされている。
(中略)
 会社としては、日本語版は実質的には日本の会社が運営しているのだが、FC2の運営会社はアメリカに法人登記をしている(ペーパー・カンパニーだとも言われている)。FC2サービスの上では、様々な違法行為が跋扈している事で有名なサービスでもある。ここら辺を考え合せて、自分のブログをそこに置くのか否かも考えた方がいい気もする。 引っ越し作業では、ファン限定記事および非公開記事を除き(=公開記事ならば)、FC2に移行する事が出来る(2019年3月5日現在、既に可能になっている)。書庫も移行出来るし、記事と書庫と関連付けたままで移行出来る。転載記事も、転載である事と、もともとのヤフー記事との関連を付けたまま移行出来る。2019年3月中に行われたプログラム修正で、コメントまでも移行出来る様になった。

 ヤフー・ブログからデータを移行する際の最大の長所として、

(1)ヤフー公認の移行先でない(ヤフー・ブログのサービス停止発表半年前程度から、「ブログお引っ越し」サービスを提供していた)事もあり、FC2にデータを移行したからと云って、ヤフー・ブログのデータは消えない(尤も、データがFC2に移行した旨の通知をヤフー・ブログ側でしてくれる訳でもないが)。

(2)FC2側の「ブログお引っ越しサービス」を用いると、転載記事もコメントも移行出来る(他のブログには、ヤフー側で設定した仕様で、移行出来ない事になっている)。
尤も、移行出来るコメントは、各記事について、最新の20件までで、それを超える過去の分は移行出来ない(← 恐らく、画面のhtmlを解析してデータを移行している為。https://blogs.yahoo.co.jp/ubiquitous_budda/65273768.html 参照)。


 ヤフー・ブログからの移行作業に於けるブログ主の負担は、他のブログでの移行ツールがまだ出来上がっていませんので比較は出来ませんが、極めて容易です。ですので、今のブログのバックアップの意味だけで、一つ移行しておいて損はありません。しかし、次の様な問題点も。

この方は詳しい方でいろんな検討もしたようです。
まあバックアップの意味で私も「FC2ブログ」へ移行することにしました。

IDは変えたかったのですが、できないようです。最初のときにあまり考えず後でもできるだろう・・・と思ってそのまま移行手続きをしたのが失敗でした。
途中、エラーが1回メールで届きましたが、照会文にメールで届いた数字・記号を貼り付け無事移行終了しました。結果、全部は確認していませんが無事移動できました。コメントも書庫も移動できました。

次の記事からは上記のFC2ブログで書こうと思います。
長い間ご覧いただいた方には感謝いたします。(それが継続の原動力となりました)

これからもよろしくお願いいたします。



檜枝岐村・・・・山の情報しか調べなかったので着いた道の駅が檜枝岐村???ちょっとした驚きでした。何か聞いたことがある地名です。
自然の番組で知ったのか?何かの災害で記憶しているのかはっきりしませんが気になる地名です。車で走ってみると民家は民宿だけの感じ。まわりは山に囲まれています。
そこで村について調べてみました。
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福島県の最西端に位置し、東北自動車道の西那須野塩原ICから100kmの道のりです。

檜枝岐村(ひのえまたむら)は、福島県会津地方、南会津郡にある1889明治22年)41に誕生した。
日本有数の「特別豪雪地帯」。平家の落人伝説が残る。村民の姓は「」「平野」「」で占められる。
 
高度経済成長期を迎えるまでは焼畑が夏の風物詩であり、山菜採りを主要な収入源とした他、木地加工や狩猟も行われてきた。前述の「星」姓は平安遷都に伴う権力闘争に敗れてこの地に隠れ住んだ藤原氏の落人の系譜につながるとされ、「平野」姓は源平合に敗れた平家の落人の系譜につながるとされ、「橘」姓は織田信長に追われた伊勢治田城主・楠七郎左衛門正具の一統に由来するとされている。
後述の通り、標高の高い山々に四方を囲まれた地域であるが、1960年代のダム開発と1970年代の尾瀬の観光地化によって、1980年代より農家の民宿業への転身が進んだ。1986年の野岩線の東京・浅草直結に伴う振興計画により、観光地にもなっている。1979年には景観保全のため、家々の屋根を赤錆色に統一。山人(やもーど)料理や年3回開催される檜枝岐歌舞伎スキー場も観光客を集めている[1]。山人料理は山村ならではの食材を鍋料理などに仕立てることで知られ、山菜やキノコイワナなどの川魚、ウサギカモなどの肉、豆腐、裁ち蕎麦などを使う。珍しい料理としては、ハコネサンショウウオ唐揚げや、トウガラシを塩漬けした「山人漬」がある[2]
 
檜枝岐村は、会津駒ケ岳と、燧ケ岳帝釈山に囲まれ、それらの間を通る檜枝岐川(伊南川の俗称)と沿線の国道352沿いに位置する。特に燧ケ岳 (2,356m) は、東北地方で最も標高が高い山である。村役場に隣接した集落の他は、村の面積のうち約98%を林野が占めている[3]。福島県内で人口が最も少ない市町村であり、日本一人口密度の低い市町村となっている。
面積の390.46㎢の内、可住地面積は82.72㎢である。
·                   山:会津駒ヶ岳2,133m)、燧ヶ岳2,356m)、帝釈山2,060m
·                   河川:檜枝岐川(伊南川の俗称)、只見川
·                   湖沼:尾瀬沼
 
たしかに人口密度はひくそうでした(2019年6月時点で561人)。しかし道の駅は立派!
まだ新しい鉄筋コンクリート製の温泉施設や木材をつかって建てた観光案内施設。おみやげ、食事所が2軒、駐車場は広く開放感ばっちりです。
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会津駒ケ岳を下り、まずは温泉へ入ろうと、情報収集のため道の駅に戻ります(13:44)。
駐車したすぐそばの建物に温泉のマークが・・・・森の温泉館、アルザ尾瀬の里でした。
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さっそくタオルと着替えをもって入館。ここにはプールも併設されており、入浴とつげ500円を払います。
脱衣所にはいりロッカーを探しますがただ仕切られただけの区画があるだけ。こんな田舎には泥棒はいないようです。小銭しかもってこなかったので、気にもせず浴槽へ。
すると露天風呂だけでした。日が当たらない浴槽に入ります。
湯量は流れっぱなしで十分なのですが、温度が私にはちょっとぬるめでした。まあこの方が体にいいのだろうと、じっくりつかりました。(アルカリ性単純泉、ほかに駒の湯や燧の湯があるそうです)
あがり畳の部屋を探すと二階のようです。飲み物を2本買い畳に寝転がります。クーラーはないのですが、扇風機だけでも暑くないのはこんな山の中、高度1000mのところだからでしょう。炎天下ももと車の中が高温になっているのでは?心配しおきたところ、そとは夕立。路面はしっかり濡れており、薄くもりですので安心してまた横になります。

1時間ほど休憩し次の行動を考えます。まずは腹ごしらえ。そして翌日の食料調達が必要。レストランはありそうですがコンビニが見当たりませんでした。そこで1階におりフロント係員に尋ねると、
「ここにはコンビニはありません。すこし先にすすむと農協がやっているマーケットのような物がありパン程度はうっています」
「おにぎりを売っている店はないのですか?」
「出て右手の山人家でうっているはずですが、人気なのですぐに売り切れるようです」
「ありがとう。行ってみます」
 
まず左手の食堂兼売店に入ります(尾瀬の郷、交流センター)。あるのはお土産とパンだけ。すぐに山人家に向かいます(2017年にこの道の駅ができたころは木工品展示販売館だったようです)。
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こちらは入り口前にベンチが置かれ屋外でも飲食ができるようになっています。店内に入ると、すぐに焼きそばとお稲荷さんが目に入りました。すぐに購入。
となりの食堂はどんなものがあるのだろう?と券売機をみるとおにぎりとうどんがあります。焼きそばを買ってしまったので夕食にまたこようと、明日の朝食用におにぎりだけかって車にもどります(16:00すぎ)。
車の中で焼きそばをたべながら周りをみると、スキー場斜面に白いところがあります。
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そいえば下り着いたとき子供達があそんでいました。
どうやら子供たちのために雪を保存していたようです。(しらべると毎年8月の第一週の土日にやるそうです)中にはプラスチック製のそりで滑っている子供もいました。

キャンピングカーも数台、犬の散歩などをしている家族もいます。そんな光景の中、ラジオを聞きながら横になって過ごします。
アブが多く窓をあけていられませんが、雨のおかげでたまにエアコンをかける程度で過ごせます。

そうこうするうちに車がだんだん増えてきました。一番端にとめたのですが、そこから車道へさらに2台が並んで止まります。夜に車中泊する人が多いのだろうか?と思いながら8時?に近くなると・・・
「みなさん、お待ちどう様でした。これから花火大会を始めます」
とのアナウンス。それで車が多くなったのか!
車道をはさんだお土産屋さんの裏、距離300mもないところからあげる感じでした。その関係で大音量で頭上に花火があがります。久しぶりの花火!夏を実感しました。
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アクションカメラで撮りキャプチャしました。
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花火がおわれば車はさり、まわりは以前のし静かな状態にもどりあとは眠るだけ。
最初は少し窓をあけていましたが、朝方は気温が20度くらいになりましたので窓をしめて眠りました。
 
翌日の帰り。
お土産を買うのをわすれ、見つけた番屋という小さな道の駅に入りました。こじんまりした道の駅。ざるそばをたべ、隣の人がたべているソフトクリームを見てほしくなりそばソフトも注文。これは甘すぎず、なかなかいけました。
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そこからは一直線(といっても曲がりくねった田舎道)に西那須野塩原ICを目指してはしると会津鉄道と並走する場所があります。
「電車がこないかな〜」
などと都合のいいことを考えていると右手に石橋がみえ、信号待ちでとまりました(352号線から121号線へ右折する交差点です)。写真を撮ろう・・・とカメラを出したところ・・・「ガタンゴトン?」と音が聞こえます。
うまい具合に電車がきました。なんとラッキーなことでしょう(会津高原尾瀬口からの電車)。
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あとはわき目もふらず、走りました。東北自動車道では予想通り渋滞にはまり(圏央道では故障車渋滞)、行きで5時間弱でついた道が帰りは7時間かかりました。
山登りだけでなく、村の夏祭りにもあい楽しい二日間を過ごせました。


7月15日(日)
燕温泉は誘うような看板がない。ここに来る前に通った関温泉街には日帰り温泉500円の看板があったことを記憶しており下っていく。すぐに関温泉。まわりの温泉宿は500円の看板をだしているところがおおい。

いかにも日帰り温泉という感じの家をみつけた。「登美屋」
駐車場は・・・と探す隣にも日帰り温泉の看板「500円」。駐車場は目の前。
そこにしよう、と声をかけてみる。大丈夫とのことで入っていく。「せきぜん」
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それほど新しい風呂ではなかったが、だれもおらず二人だけ。少しにごった温泉に入る・・・と熱い。でも熱い湯でも大丈夫なほう。じっくりつかる。毎度のように疲れがどっとでてしまい、もう動けない。眠ってしまいそう。
【関温泉】
関温泉は平成16年、関温泉では全旅館が浴槽水を科学的に調査し、良好な温泉と確認した上で、日本で初めて科学的分析による『源泉100%かけ流し』を宣言しました。
ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉
一般的適応症
神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・関節のこわばり・うちみ・くじき・慢性消火器病・痔疾・冷え性・病後回復期・疲労回復・健康増進

 
私よりカラスの行水の相棒はとっと洗いでていく。
動けるくらい回復したが、畳の上でまたごろり。結局10分くらい横になり、次の目的地へ出発。
ナビに目的地白馬駅をセットし向かう。当初計画したとき、妙高山と雨飾山は近いのでそれほど遠くではないのでは・・・・と思っていたが、登り口が長野側の小谷村のため1時間以上はしらなくてはいけない。406号線はワインディングロードのようなので19号線から向かう。
一昨年長野駅から高速バスで栂池へ向かった道だ。広い田舎道をノンストップで走る。
 
白馬駅が近くなり、さて本日の夕食を考える。相棒はそばが食べたいとのこと。食べログで人気の「すけろく」    がヒット(でも今パソコンではなかなかヒットしませんでした)。ナビ通りに走り、このあたりと思われるところで子供と遊んでいる人に聞くと「今日は休みですよ」が〜ん!

しかたがなく駅前通りにもあったような記憶があったので走ると、見つけたのが「そば神」
入口までいくと「本日、おしまいになりました」との看板(PM6:00ごろ)。
あきらめきれず、戸をあけ「もう終わりですか?」と声を発すると「今注文をとっているグループによっては提供できるかもしれません」との返事で、席で待たせてもらう。すぐにお茶と漬物をだしたので、あれ?提供できるのかな?
入口にはさらに2グループが来たが、看板をみて引き返す。
結果、そばが食べられることになり一安心。
相棒は天ザルをうまそうに食べていたが、自分はまだ食欲がわかない。それでもそばは何とか完食。ご飯はラップをもらい、丸めて夜食にでも食べよう。合計=2,600円なり。
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今夜の宿「白馬グリーンスポーツの森」へ向かう。それほど遠くはないはず。少し迷ったが細い道から線路をわたると明かりがともった森が見える。
目の前に北アルプス、白馬三山が見えている。

駐車場は結構埋まっているが、なんなくとめ、テントを張る場所をさがす。もう受付は終了しているので、テントを張ってくつろいでいる男性に聞くと「このあたりならどこでもいいそうです」との返事。
スペースはたくさんあり、車に近い場所に張ることにした。すると目の前をカルガモの親子が歩いて通り過ぎる。(子供はかなり大きかった、食べ物にありつこうと思ったのでしょう)。相棒は車で寝るという。
コンビニへ行って帰ると7時。もうまわりは暗い。
                                                            白馬三山
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まわりはまだ賑やか。テントに入り、ラジオを聴きながら静まるのをまつ。
なんとなくうとうとしていると、周りが静かになり、いつの間にか眠ってしまった。
 
716日(月)

AM5:00。まわりは明るい。相棒の様子を見に行くとまだ横になり眠っている。6時まではそっとしておこうとテントに戻る。
630分になり、そろそろ出かけなくては・・・と思い、起こしにいく。
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少し雲がかかっているが、白馬三山が見えている。
                       白馬槍                杓子岳                   白馬岳
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窓ガラスをたたき、起こすと「腕がひりひり、腰がいたい」という。
「大丈夫か?だめなら山はやめるが・・・」というと
「・・・さんだけ行ってください」と言うが、そういうわけにはいけず
「松本城でもみてから帰るか?」と言うと
それなら戸隠でそばが食べたい」
という。一昨年言ったばかりだが、まあ仕方が無い。要望を受け入れ、再度同じ道から長野へもどることにした。

長野市内で朝食。すきやの朝定食を完食後、急な登りのワインディングロードを1時間ほど走り、戸隠中社
まだ朝の8時24分。さすがに人はまばら。
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樹齢700年の杉を見て石段を登りおまいり。
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急な階段を登れば社殿。そばに、ここにもご神木。
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社殿わきから見上げると天井に竜の絵が・・・

鳥居に戻ると左手に人がおおい。何かのお店。相棒が知っており、食べログで一番人気?の蕎麦屋だそうだ。まだ時間がはやいので帰りにしようと奥社へ向かう。

中社から奥社はすぐ近く(歩いていける距離だった)。一昨年歩いたまだ記憶に新しい道を奥社に向かって歩き出す。
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朝9:00過ぎ、さすがに登山スタイルの人はいないが、家族連れが多い。
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随身門からは有名な杉並木の中を進む。
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相棒も驚いた表情。
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杉並木がおわるころから石段の登り。汗が噴出す。登っていくと前回と同様の行列がみえる。
その手前の登山道入り口には一人の男性が歩いていく。これから戸隠山へ登るようだ。まあそれほど時間がかからないので15:00までには戻れるだろう。
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奥社

行列は以前は奥社の社殿に向かってお参りの列だったが、今回は社殿から社務所?への行列。なんでだろう?と考えたところ、思いたったのがご朱印を書いてもらうためのようだ。
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自分たちはお参りだけで引き返す。
戻った入口にご朱印のことで張り紙があり、奥社では二つのものが書いてもらえるらしい。
時間は10時前。あとは戸隠そばをたべるだけ。
さきほどの中社へ戻る。

店の前は大勢のお客さん。予約表は4枚にわたり、どうやら1時間以上まつらしい。これなら行く前に書いておけばよかった・・とくやむ。
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それほど暑くはないが、ちょっと離れた案内所で椅子に横になりながら疲れをとる。
11時をすぎ、そろそろだろうと向かう。

うまい具合に、ほどなくよばれ、注文。勝手がわかっているのだろう、応対はスムーズ。
相棒はまたしても「天ザル」。自分は「とろろそば」。そばもすぐに出てきて、完食。
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自分はうまいと思ったが、相棒にきくと「そばは昨日とはそれほどちがいませんんが、てんぷらはカラッと揚がってうまかった」とのこと。

あとは帰るだけ。渋滞にはまりたくないので、一直線に帰路についた(帰りは中央高速を走りました。、笹子トンネルからの事故渋滞に20分ほどつかまりましたが河口湖付近から富士五湖道路へ入り、スムーズに走りました)。

妙高山につづき、次の日は雨飾山へ登ろうと計画しましたが、相棒の体調から断念。まあ自分も胃腸の調子が今一でしたので、これでよかったのでしょう。
まだまだ晴れがつづきます。さて次はアルプス?????
でも体力の回復がどこまでいくかが問題です。




これは登山の番外編です。興味ある方はざっとご覧ください。

男体山から下りおわり筑波山神社から随神門に下ると左手でなにかやっている。
これは?
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そうだ筑波と言えば、先ほど買ったガマの置物などガマにまつわるもの・・・

サーサーお立合い、御用とお急ぎでない方はゆっくりと聞いておいで・・・・

で始まるガマの油売りの口上だ。調べると保存会なるものがあるようだ。それほど急いでいないが、ちらりと見ただけ。調べると口上でのガマ油の作り方が面白い。

サーテ、この蟇から油を取るには山中深く分け入って捕らえ来ましたこの蟇を四面には鏡を立て下に金網鉄板を敷き、その箱の中に蟇をば追い込みまする
山中に於いては我こそは業平なりと闊歩致して居りましたるガンマ先生、鏡に写るおのれの姿の醜さにびっくり仰天、ハハー…なんと見にくい姿であろうとタラリタラリと油汗を流す、その油汗したの金網へ抜きとりまして三・七は二十と一日が間 柳の小枝をもってとろ火にかけトロリトロリと煮焚き詰めその中に赤井が辰砂・野臭の油・テレメンテイカマンテイカかかる唐南蛮渡来の油をば混ぜ合せ練り合せ炊き詰めましたるがこの陣中膏はガマのの油


これは口上での話。実際の油の作り方を調べました。

ガマの油は、“油”ではありません。外用薬です。“油”の語が用いられているのは、今から約400年前、大坂の陣に徳川方として従軍した筑波山・中禅寺の住職であった光誉上人が、ガマガエルの耳後腺および皮膚腺から分泌物される蟾酥(せんそ)に薬草や馬の油を混ぜで練って作ったものが、切り傷、擦り傷などによく効いたという言い伝えがあります。 
 陣中で薬効あらたかであったため陣中油とか陣中膏といわれるようになりした。なお、ガマガエルの耳後腺および皮膚腺から分泌物される蟾酥(せんそ)には強心作用、鎮痛作用、局所麻酔作用、止血作用があると言わ れています。


お土産でもらったような記憶があります。
そんな面白い光景を拝見し、次の目的地へ車を走らせます。

北関東自動車道。桜川筑西インターに入り、栃木都賀JCTから東北自動車道、那須ICでおります。那須と言えば温泉。大昔に観光できたことがあり、帰りに共同浴場で汗を流した思い出があります。さてそんな共同浴場があるのか?調べにいくことにしました。

時間は16時を過ぎているが夕食には早い。調べておいた「道の駅 友愛の森」へ一応調査のため入る。
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駐車場が広く立派な道の駅だ。
すこし居眠りをしてから決めていた鹿の湯へ湯治?いや疲れをとるため、向かう。
このあたりかな?と思ったところに温泉施設らしいところと駐車場があったので入る。(大昔、那須にきて無料の共同浴場に入った記憶があり、ここかな?と思って入りました)
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建物には鍵がかかっており中をのぞくと細長い浴槽にほとんど蓋をしてある。案内板から「鹿の湯分湯場」とありここではない。


スマホNAVI鹿の湯を探すと一本下の道をゆき川を渡ったところにあるらしい。細い石畳?の道をゆっくり走らせると正面にそれらしい建物が見えてきた。20台ほど止められる駐車場に止め、正面にまわると風情のある建物が見えてきた。
      女 湯                    男 湯
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時間は5時すぎ。引き戸をあけると玄関の先に入浴券をうっている女性がいたので「まだ大丈夫ですよね」と聞くと「はい、大丈夫です」。(5時半には受付が終了とのこと)
500円を払い、100円でロッカーを借り、タオルだけ持って浴場にいく。川の上の廊下から突き当りを右に曲がれば男湯。脱衣して湯船の方向をみると・・・・・
湯船が6つにわけられており、壁には湯の温度がかいてある。
まずは41℃から。問題なく42℃。これも大丈夫。ならば44℃。これも100数えるまで入れた。よし46℃に挑戦。
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壁に注意書きが「湯船に入るときは入っている人に声をかけ波を立てないようゆっくりお入りください」とある。さぞかし熱いのだろう・・・と思いながら足を入れる。なんとか入れられる。肩まで使って数えだすが10も行かないうちに体が痛くなる感覚。「これはまずい」と思い、すぐに飛び出る。これで48℃はあきらめ43℃に入るが長く入っていると何か気分がよくない感じがする。上がって少し体を休める。あまり長く風呂に入ることがないので、41℃に入り直し、この辺りで上がることにした。(30代の人が挑戦していましたが1秒も入っていられませんでした)


鹿の湯はシャンプーなどは使ってはいけない。しかしこの日は筑波温泉でシャンプー、ボディソープを使ったので温まるだけでOK。(肌がすべすべする感じでした)

那須の観光名所であり、九尾の狐伝説で有名な殺生石のそばに、現在の共同浴場「鹿の湯」があります。
那須温泉の開湯は古く、その発見は第34代舒明天皇の御代(630年ごろ)に遡ります。茗荷沢村(みょうがさわむら:現在の那須町高久乙)に住む郡司の狩野三郎行広が狩りの途中、射損じた白鹿を追いかけ霧雨が谷(現在の鹿の湯あたり)という深い谷に分け入ったところ、自らを温泉の神と告げる白髪の老翁が現れました。老翁の進言に従って三郎は鹿を探し、温泉に浸かって矢傷を癒している白鹿を見つけました。三郎はこの温泉を鹿の湯と名付け、温泉の杜(現在の那須温泉神社)を建立し、射止めた鹿角を奉納したといわれております。
こうして開湯された鹿の湯は、温泉発見において日本で32番目に古く、栃木県では塩原、日光を抑えて最古、同じ関東の熱海、修繕寺、草津、伊香保らとともに、古い歴史を持つ日本の名湯として全国にその名を知られています。

那須温泉の源泉温度は63〜80度と高く、鹿の湯の浴槽の湯温も高めに設定されています。この熱い湯に浸かるため、鹿の湯には時間湯という独特の入浴法が伝えられてきました。泉質は硫黄泉で、皮膚病、婦人病、胃腸病、疲労回復などに効果があるといわれています。
湯の香りである硫黄臭は那須湯本一帯に漂っており、一歩足を踏み入れると、歴史ある温泉らしい情緒のひとつとして、嗅覚でも湯治気分を大いに盛り上げてくれます。


道の駅に戻り、お腹がすくまで少し目をつぶる。那須ICからここまでの道のりで肉料理店を探していたが黒毛和牛や・・豚が有名なようでステーキの店が結構ある。
そこで価格も表示してあった店に向かう。少し走ったところで大きなレストランがあるので迷わず入る。
店の名は「あ・かうはーど」。
地元でも有名な牧場直営の高品質な黒毛和牛が有名なようだが、貧しい農家育ちの自分には合うのだろうか?
肉がたべたいので度胸を決めて?入店。・・・・入った店のメニューをみるとステーキは5000円以上。まあお手頃のものをあるだろと案内されるままにテーブルにつく。

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メニューを見てお手頃のハンバーグ、牛肉、ソーセージのトリオプレートを注文。塩やポン酢、醤油、おろし・・・がついてきたが、結局なにもつけないで食べたのが一番おいしかった。(2900円、安く?あげました)


満足し、道の駅に戻り、少し早いが明日のために眠りについた。



 

先週のロングの山歩きから今週は休みにしよう・・・と決めていましたが、二日間も家に閉じこもっているわけにはいかず、日差しが暖かく感じ始めた10時すぎに、野鳥探しに裏の丘を歩くことにしました。

県道を渡り緩やかに登っていく。ニュースではこの冬一番の寒波が訪れ、日本海側だけでなく名古屋や京都などでも雪が積もっているようだ。新潟の実家はどうだろうか?
しかしここは、風がないせいだろう、それほど寒くは感じない。

数分登ると丹沢表尾根が見えてくる。その手前の梅の木に花が咲いている・・・
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もう梅が咲く時期なんだな〜

丘に上がると畑に動くものを発見。
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トリミング(あまり近づけずトリミングしてこの程度でした)

これは「タヒバリ!」

さらに「モズ」が周りを飛びまわっている。
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いつもの展望地からは白い丹沢表尾根が一望!                                
   鍋割山            塔の岳                     三の塔
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その塔の岳頂上をズームアップしてみると・・・
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登山客が見える。今日登れば、遅まきながら雪道を歩け、ひっとしたら霧氷が見られたかもしれない。

昨年秋以来の坂を下り、よく野鳥にあう湖につく。しかし周りは静か。野鳥の姿はさっぱり。いったん逆側に登り返し、探すが収穫がなく20分ほどで同じ場所に戻る。
すると飛び立つ小鳥がいる。その中にこんな小鳥を見つけた。
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これは「アオジ!」

藪の中にいることが多いが、少し待ったが変化なし。
あきらめて戻る。
あまり足元を見ていなかったが、赤い小さな花が咲いている。
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これは「ホトケノザ」!
寒いので花は咲いていないと思ったが、日当たりのいい場所は、結構さいている。
しかし「オオイヌフグリ」はまだ咲いていない。

木々で囲まれた畑の中には「ロウバイ」も咲いている。
                                                       塔の岳
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結局、これといった野鳥の収穫はありませんでしたが、春の兆しを感じた散策でした。






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