2年前の8月 俺はタイは バンコクにいた。
その時に訪れたのは、有名なバンコクにある エメラルド寺院(ワット・プラケオ)
有名な観光地であるだけに、多くの外国人がそれほど広くない処に居て、結構ごったがえしていた。
◆エメラルド寺院(ワット・プラケオ) 又は ワット・シーラッタナーサーサダーラーム
1784年ビルマ軍に備え、ラーマ1世がトンブリ王朝をクルンテープ・マハナコーンへ移されるのと同時に、当時の建築技術を最大限に利用して建設された。
プロマピマーン宮殿やチャクリー宮殿などと接する。本堂にはエメラルド仏が安置されている。王室専用の仏教儀式の場であるため寺には庫裏などの僧侶が生活するための施設がなく、僧侶もいない。現在は観光地にもなっていて、内外から毎日たくさんの旅行客が訪れる。
※その中で 俺が 気になったのは・・・『エメラルド仏』
★エメラルド仏 『ウィキペディア(Wikipedia)』より
エメラルド仏(エメラルドぶつ)は、タイのバンコク、ワット・プラケーオにある仏像。玉仏(ぎょくぶつ)とも呼ばれる。
エメラルドでできていると一部では言われているが、実際には、ヒスイ製である。タイ人のアイデンティティーの一つでもあるとされるこの仏像は、民間では霊験あらたかな仏像とされるため、タイ人のみならず、東南アジアの上座部仏教国からも巡礼者が巡礼に訪れる。
タイ国王の手によって年に三回、夏・雨期・乾期のはじめに衣替えがあり、王室の重要な行事の一つである。
※どうも この 仏様 いつ 誰が作ったのか 不明な模様です。
1434年、チエンラーイのある寺の仏塔が落雷で破壊されたとき、その中から漆喰でできた仏像が見つかった。しばらくして、ある仏僧がその漆喰の仏像の鼻がもげているのを見つけ、よくよく調べると中にヒスイの仏像が入っていたと言われている。
仏像発見後、ラーンナーのサームファンケーン王(即位:1401年 - 1442年?)は白象をもってエメラルド仏をチエンラーイから首都のチエンマイまで運ぼうとしたが、三度試しても象がラムパーンに引き返すので、王はチエンラーイにエメラルド仏を運ぶのを止めた。その後、サームファンケーン王の六男であるティローカラート王の手により、エメラルド仏のチエンマイへの運び込みは1468年にようやく成功した
※ただ 俺は思うのは、この エメラルド仏(佛)
国を守っている というか 鎮座 していると 思うのであります。
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エメラルド仏はチエンラーイから動きたくなかったのかな。
意志を持っているかのようですね。
2010/2/11(木) 午後 0:05
これ、見ました。
でも、ヒスイ製なのに、どうしてエメラルド仏って言うんでしょうね?
2010/2/11(木) 午後 8:04
私もいきました。王道ですね(^ω^)
2010/2/11(木) 午後 11:28
もともと ラオスのワットプラケーオにあったものだったらしいすよ
タイの略奪品
2010/2/12(金) 午後 1:38 [ 風船くん ]
エメラルド寺院には、20年ほど前に行きましたが、
当時はさほど観光客が多いとは思いませんでした。
2010/2/12(金) 午後 11:44
国を守る仏は、みんなの強い信念の力が、入っています。ぽち
2010/2/13(土) 午前 4:15
Erinaさん>そうかもね 多分
2010/2/13(土) 午前 9:40 [ 建築や ]
さるみみさん>さあ なんででしょうね??
2010/2/13(土) 午前 9:41 [ 建築や ]
流浪の民さん>確かに 王道ですね
2010/2/13(土) 午前 9:41 [ 建築や ]
風船さん>確かに 良く 御存じですね
2010/2/13(土) 午前 9:42 [ 建築や ]
イソップさん>そうですか 20年前 ですか
2010/2/13(土) 午前 9:43 [ 建築や ]
坂本さん>多分 そうなんでしょうね 多分 私には分かりませんが
2010/2/13(土) 午前 9:43 [ 建築や ]
このお寺がある地域は驚くほど煌びやかで素晴らしいですね。
2010/2/13(土) 午後 8:45
確かにそうですね 確かに
2010/2/14(日) 午前 5:56 [ 建築や ]
仏にかける人々の思いがそのようになるのでしょうね
2010/3/1(月) 午前 2:34
こんにちわ
多分 そうなんでしょうね
2010/3/2(火) 午前 6:14 [ 建築や ]