核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

博士論文はこちら→http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/jspui/handle/2237/17966

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 クセノフォーン『ソークラテースの思い出』(岩波文庫 一九五三 原著は紀元前三八五年頃)より。
 今回は長音あり表記で。『経国美談』よりも古い時代ですが、ヘージアスのモデルはアルキビアデースだという説もあり、まんざら無関係な話ではありません。
 では、アルキビアデース(アテーナイ崩壊期の指導者)と、ペリクレース(アテーナイ全盛期の指導者。パルテノン神殿を建てた人)、新旧リーダーの対談を。

   ※
 伝わるところによれば、アルキビアデースはまだ二十(はたち)にもならぬときに、彼の後見人であり国家の第一人者であったペリクレースと、次のような問答をしたという。
 (前半省略。法律と圧制の違いをめぐる問答の後に)
 「少数の者が多数の者を説得を用いないで強制する法文を出したら、われわれはこれを圧制と言っていいのですか、いけないのですか。」
 「人が他人に説得を用いないで行為を強制するのは、明文にしてあろうとなかろうと、いずれも圧制であって法律ではないと私は思う。」
 「そうすると、全民衆が資産家たちに対して権力を持ち、説得しないで法文を作ったら、これも圧制であって法律ではないのですね。」
 「いや、アルキビアデース」とペリクレースは言った。「われわれも君の年頃にはこうしたことに俊敏をひらめかしたものだ。いま君が念頭においているように見えるおなじ問題を、われわれも念頭におきそして理屈をこねたものだ。」
 するとアルキビアデースが言ったそうだ。「ああ、ペリクレース。あなたがこうしたことにもっと俊敏であった頃に一緒になって見たかったですね。」
 上掲書 三六〜三八ページ
   ※

 ペリクレースは俊敏でなくなったというより「割り切った」んでしょうけど。
 キモは「そうすると、」以下の部分です。多数派が少数派を説得しないで法文を作ったら、それは法律(民主制)といえるのか。しかし、それを圧制と呼んでしまうと、そもそも民主制が機能しなくならないか。といったアポリアをアルキビアデースは問いたかったのでしょう。
 私の俊敏さレベルでは、とうていアルキビアデースを納得させる答えは出せなかったのですが……前回の調査でシャンタル・ムフの『民主主義の逆説』を読み、一つの答えらしきものを見つけました。
 意見や利害を異にする者を「敵」ではなく「対抗者」とみなす、「闘技民主主義」(「討議民主主義」の誤変換ではありません。それとは違う概念です)という提案。
 明日にでもコピーをじっくり読み込んで紹介しようかと思います。
 
 

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 コピーしてきたわけですが。正直混乱気味です。
 「多数者の専制をいかにして防ぐか」といったあたりの問題意識を軸に、明日整理してみようと思います。
 

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街道をゆく。

 有名歴史作家の紀行文ではなく、今作成中のTRPGのシナリオです。
 ダンジョンではなく、街道・草原・森林・山岳といった屋外で、どれだけバリエーションに満ちたドラマを作り出せるか。といったことを念頭においてます。
 『経国美談』からの影響は受けてますが、逆方向のフィードバックはなさそうです。

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 確かに「人民に政権」と書いてデモクラシーとふりがなした箇所はありますが。
 実際に政治を動かしてるのは、主人公三人を中心とする「名士」たちであって、名も知れない民衆の動向がつかみづらい、という批判は考えられます。
 たまに民衆が出て来たと思ったら、「乱民」「暴民」扱いだし。
 今後、政治小説なんてものがもし書かれるとしたら、名のある政治家と名も知れぬ民衆がシームレス(継ぎ目なし)につながるようなものであってほしいと思うのです。
 石破氏の短編小説は未見。この機会に読んでみます。

 追記。
 「石破氏が書いた小説」ではありませんでした。まあ、龍渓や福地桜痴みたいな、小説も書ける政治家なんて人は少数派だし。
 しかしプロが書いたにしては甘口すぎるというか、エネルギー問題や憲法問題にふれていないのが残念でした。

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 ランシエールの『民主主義への憎悪』あたりを参考文献にしたとしたら。
 『経国美談』の主人公三人組がやってることはせいぜい、上からのポリス的統治であり。
 乱民・暴民(と作中では名ざされる)計算外の者たち、分け前なき者たちの平等を叫ぶヘージアスの行動こそ、政治である、なんてことになりかねないわけで。
 しませんけど。

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