核兵器および通常兵器の廃絶をめざすブログ

博士論文はこちら→http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/jspui/handle/2237/17966

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 ランシエールの『民主主義への憎悪』あたりを参考文献にしたとしたら。
 『経国美談』の主人公三人組がやってることはせいぜい、上からのポリス的統治であり。
 乱民・暴民(と作中では名ざされる)計算外の者たち、分け前なき者たちの平等を叫ぶヘージアスの行動こそ、政治である、なんてことになりかねないわけで。
 しませんけど。

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 今回は龍渓の第二作『浮城物語』から。
 海外雄飛を夢見て日本を脱出した主人公一行は巡洋艦を奪取し、「浮城」と名付けたわけですが。
 当然のように、立ち寄った港の税関でひっかかるわけですね。どこの国だと。
 一行はかねてから用意していた「海王国」の名を答えるわけですが。

   ※
 「国体は如何」余、低声笹野氏に注意して曰く「共和政国と遣付けよ」氏曰く「否な、王国なり、々々々々」余乃ち二字を加て曰く「立憲王国」
 矢野龍渓『報知異聞 浮城物語』(一八九〇 一五〇ページ)
   ※

 なお、「海王国」のリーダーの肩書は大統領で、憲法があるとか作ろうとかいう話はこれまで出てきていません。立憲でも王国でもないのですが、そのへんを固めておく余裕がなかったのでしょう。
 龍渓自身、理想の政体についての考えが定まってなかったのかも知れません。この時点では。

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 片っ端からリストアップしています。つかないけど関係ありそうなのも。

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キャスティングボート

 『経国美談』後篇。阿善の国で、「純正党」(民主派)と「乱党」(平等派)が争った時の挿話。
 阿善にはかねてから「専制党」と「曖昧党」がいて、「純正党」と政権を争っていたわけですが、「乱党」は「純正党」が共通の敵なのをいいことに、イデオロギー的には真逆であるはずの「専制党」や「曖昧党」の取り込みに成功してしまいます。新興勢力の「乱党」を甘く見ていた「純正党」はこれに手を打てず、連立政権に権力を奪われてしまいます。
 二大政党が拮抗した時、第三党第四党が政界の行く手を決める。民主主義社会では珍しい話でもありませんが、憲法も議会もない時代にそれを描いていた『経国美談』は時代の先をいっています。
 で、何が言いたいのかというと。民主主義社会とは民主主義者が百パーセントを占める社会ではなく(それは全体主義社会です)、非民主主義者が一定の割合を占め、それを許容する社会であるということです。
 だからといって何の策も講じなくていいわけではなく、民主主義を守ろうとする側はテクニックを駆使して、非民主主義者に政権が渡るのを避けねばならない。作者は(あえて実体化)そういうことを書きたかったのではと思うのです。

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 龍渓という人が、「福沢の高弟」や「穏健な立憲改進党」という枠におさまらない、激しさを持っていたことを示す一例。明治一〇年、西南戦争の時の話です。

   ※
 かゝる時に於て、当時まだニ十歳代である先生の胸奥にひそむ革命的志士の熱血が湧き出ずにはゐない。
 先生は潜かに思つた。「万一にも西郷がゆく〱官軍を破り、遂に東上するやうなことがあつては、それこそ天下麻の如く乱れるであらう。然るときは、この機会に於て、まづ東京を自治の自由都市とし、宛もドイツのハンブルヒのやうな自治体たらしめなくてはならぬ。さうした上で、更に檄を全国に飛ばして国人を奮起せしめ、我政府をして国会を開くまでに進展せしめなければならぬ」と。
 小栗又一編『龍渓矢野文雄君伝』一九三〇 一二五ページ
   ※

 …師である福沢諭吉に反対されたり(ま、当然ですね)、西郷軍が思いのほか苦戦したりして、この陰謀はお流れになったそうです。
 明治天皇をどうするつもりだったのかとか、色々とつっこみどころの多い計画です。後年は宮内省につとめたり、『新社会』で立憲帝国による社会主義を主張したりした矢野龍渓ですが、この時点では共和主義者だったのかもしれません。もしかしたら。

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