土足で踏みつけられた制服、机には油性ペンで《死ね。学校、来るな》の文字、ノートの全ページに《死ね、ブス、バカ》の落書き。帰りに下駄箱に行くと、靴に濡れた泥が詰められていた。
理恵は担任に、きちんと対応するように迫った。すぐ学年集会が開かれた。
「佐伯茉奈さんの机やノートに落書きをした人は誰ですか? 手を挙げなさい!」
学校からの報告は「犯人は、わかりませんでした」。
略
別の画像は《打ち上げなう》の後、参加者全員の名前を列挙、最後にこうだ。
《13番はいなーい!》
13番――、それは茉奈の出席番号だ。いじめの決定的証拠だった。
実は、彼らは文集の調査で学校に呼び出されていた。
《呼ばれている人、マジなお願い。先生の話は真面目に聞いとけよ。あと、くつ事件のことは黙っとけよ》
これで全部がつながった。
理恵は担任に、証拠をつかんだ以上、徹底的に追及する旨を伝えた。
「はあ?」という間延びした反応に、学校側との温度差を感じた夫妻は、教育委員会に乗り込んだ。
「これは、いじめでしょう?」
事務方のトップはいじめを認めた。
「学校にきちんと対応してもらえないのなら、私たちは報道を呼んで、世間様に裁いてもらいます」
中学では手のひらを返したように、校長が佐伯夫妻を待っていた。間違いなく、報道という言葉が効いたのだ。
「要は、文集でしょう? 文集は作り直しますから」
学校はこの期に及んでも、穏便にすませたいのだ。
「そんな次元の話じゃないでしょう? これは、加害者の親御さんともきちんと話をさせてもらわないといけない問題です」
LINEとツイッターの画像を校長に見せ、名前が出ている全員の事情聴取と、保護者会開催を要求した。
証拠があるのに、学校側の事情聴取は難航した。
「全員に話を聞いていますが、その事実はないんです」
結花が送るLINE画像から、聴取を終えた子と裏工作を始めた様子がわかる。教師は舐められていた。夫妻は聴取の場に同席するため、学校に向かった。次は「13番はいなーい!」とツイートした男子の番だ。学は生徒の前に歩み寄る。
「いい加減にしろ。俺は茉奈の父親として言いたい。大人をバカにするなよ! 机、やったのは誰だ!」
「○○くんです」
「靴は誰だ!」
「○○くんです」
「先生、メモです!」
10秒もかからずに、いじめの全容が明らかになった。
学校から電話があった。
「茉奈さんへのいじめを確認しました」
クラス32名中、24人が関わっていた。関わっていないのは携帯を持っていない数人だけ。理恵は言った。
「生徒も加えた保護者会を開いてください。糾弾したいための会ではないんです。いじめの恐ろしさに、親子で気づいてほしいんです」
提案したのは、関わりの濃淡による3部構成の保護者会。最初は、主犯格の男子グループ。優秀な高校に合格した、学校でも親の前でも、"いい子"たち。
理恵は問いかける。
「もし茉奈が自殺を選んでいたら、殺人者になるんだよ。いじめは、人の生き死にに関わることなんだよ」
学も迫る。
「君らが起こしたトラブルを茉奈が止めに入ったのに、陰で悪口を言い、制服を踏んで靴に泥を入れる。それで、男と言えるのか!」
全員に話してもらった。
「反省しています。すみませんでした」
「大人が怒ると、こんなに怖いものだと初めて知った」
アキレる母親もいた。
「怒ってもらってありがとうございました。私は怒れないものですから」
2部は、黙認していた男子グループ。理恵が話した。
「ただ見ていただけで、何もしていないって思っているかもしれないけど、いじめを知っていて止めないのは共犯者になるってことよ」
ある母親が立ち上がる。
「本当にそのとおりです。本当にすみませんでした」
もちろん、納得していない親子もいた。だが1部、2部では8割方の親子にわかってもらえたと感じた。問題は、茉奈の親友たちの女子グループ。この"親友"が、いじめの黒幕だった。シラを切り通しているグループなので、LINEとツイッターの画像を印刷して親に配り、動かぬ証拠を突きつけた。
「おまえ、いったい、何やってんだ!」
初めて事情を知った、ひとりの父親が殴りかかる勢いで娘に迫り、母は過呼吸になるほど苦しんでいた。
問題は香奈だった。
「茉奈は傷ついて1人でベッドに横になっている。どんな気持ちか、わかるか!」
「はあ?」
母親も娘同様、シラッとした態度を貫く。それは日本語と英語ほど、言葉が通じないやりとりだった。
すべてが終わった。
「パパ、ママ、ありがとう」
2人には、茉奈のこの言葉だけで十分だった。子どもを守るためには、他力本願ではなく、親自ら行動することが鍵となるのではないだろうか。