僕は学校が嫌いだった。小学校も中学校も高校も、みんな大嫌いだった。
僕が通っていた小学校の教育目標には、「みんな明るく元気よく」といった言葉が並んでいた。僕にはこれがどうしても許せなかった。
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年月は流れ、僕は中学、高校へと進んだ。同学年には集団行動が苦手な子や、内気な子がいた。かたや明るくて、カッコよくて、スポーツが得意で、女の子にモテモテで、目立つグループもいた。いわゆる「スクールカースト」があった。
スクールカーストの上位層が作り出すクラスの空気は、僕にはどうも合わなかった。当初は、明るく楽しい目立ちたがりキャラを演じてみたが、空回りするばかり。むしろ浮いてしまった。クラスになじめず、嫌な思いをしたこともたくさんあった。特に、集団行動を強いられる学校行事が何よりも苦痛だった。
例えば修学旅行。班行動だったため、行きたい場所は班のメンバーで決めた。無論、自分が行きたい場所に行けるとは限らない。大して興味のない場所でも「あぁ、僕も行きたいと思っていたんだ」と当たり障りのないことを言って、その場を乗り切った。当時の写真なんて一枚も残っていない。
全員参加の「運動会」や「球技大会」は、当日の朝に吐き気が出るくらい嫌だった。ああいうのは体育会系の部活をしている人だけが楽しめる行事だ。試合前に「みんなで一緒に頑張ろうぜ!」と無理やり円陣を組んだりするくせに、いざ僕のような運動音痴が入って、ミスをして負けると、「お前のせいだ」という目を向けてくる。だったらはじめから有志参加にすればいいじゃないか。
クラスで作った揃いのTシャツも大嫌いだった。なにが「団結力の証」だ。ひとりひとりの個性を殺す「死亡証明書」みたいなものじゃないか。袖に刺繍されたニックネームで呼ばれたことなんて、一度もなかった。
「ひとり」より「みんな」が重んじられ、「みんな明るく」が求められる。それが学校という場所だった。「ひとり」でいることが好きで、集団行動が苦手な僕にとって、「学校」はまさに「心の監獄」だった。なるべく波風立てず、学校生活を乗り切りたい...中学でも高校でも、卒業式の日を指折り数えた。
出来は良くなかったけど、僕は決して学校の勉強が嫌いだったわけではない。僕が嫌いだったのは、「みんな」という言葉を免罪符に、「ひとり」の犠牲を強いる学校のシステムだ。
運動会、学芸会、文化祭、修学旅行、合唱コンクール、球技大会...学校生活には「みんな」で頑張って、協力することが求められる場面が数多くある。もちろん、そこで活躍する子もいるだろう。仲間意識を持って頑張ったことが、良い思い出になるかもしれない。それはそれで否定しない。
でも、楽しんでいる「みんな」の陰には、声を上げられずもがいている「ひとり」がいるかもしれないことを、どうか忘れないでほしい。
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小・中学校にそこまで求めるのは難しいかもしれない。それでもせめて、「みんな明るく元気に」といった、人間の多様性を否定しかねない教育目標は一刻も早く闇に葬って欲しい。
ネット通販大手「Amazon」の創業者ジェフ・ベゾス氏は、会議の冒頭に参加者が静かに資料を読む時間を設けているという。アメリカのビジネス界では、「内向的な人の働きかた」「一人で黙々とする作業」を再評価する「Quiet Revolution」という動きも広がっている。
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大人たちが働く会社でさえ、活発な人がいれば、内気な人がいる。子供たちが通う学校だって、それでいいじゃないか。
同じクラスに明るく元気な子がいてもいいし、内気でおとなしい子がいてもいい。
休み時間に校庭でサッカーをする子がいてもいいし、寡黙に本を読む子がいてもいい。
詩人の金子みすずはこう言った。「みんなちがって、みんないい」と。
この世界は、さまざまな個性を持つ人が、それぞれの生き方をすることで成り立っている。
ひとりひとりが自分に合ったかたちで学び、働き、遊び、生きる。
大切なのは、互いを認め合い、強制しない事だ。
ひとりひとりが充実した暮らしをすれば、社会はきっと豊かになる。
自分が好きな事を「好きだ」と言えることは、とても素敵なことだ。
ひとりで過ごす時間はかけがえのない自由時間だ。
ひとりは決して不幸ではない。
内向的は個性であり、ひとりは社会を強くする。
自分もそう思います。
学校じゃありません。収容所です。
社会もそうでしょう。会社員じゃなく奴隷です。自由裁量がないんだからw
日本がこのシステムを続ける限り未来はないでしょう。
それをみんなが望んでいるなら仕方がないです。
その代わり悲惨な未来が待ち受けています。
国際社会でのカーストの底辺になってもしょうがないですよね。