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一人でも多くの日本人に知らせたい川口ユディ女史の言葉
これは、2009年10月16日のブログ( http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-491.html )だが、7年経っても今の日本は全く変わっていない。外国人に指摘されるまでもなく、今の日本を憂えている御仁は多いと思いますが、改めてこの指摘をかみしめてみたい。
川口ユディ = ハンガリー・ブダペスト市生まれ。日本人男性と結婚し、日本人や日本文化を世界に紹介している。コラムニスト、レポーター。
川口ユディ氏の発言抜粋(1)
十七年くらい前、シカゴの大学に留学しているときに、たくさんの日本人留学生に会ったんです。けれどその人たちはみんな日本に対する誇りがなかった。日本は不思議な国だと思いましたね。大学にはアメリカ人、メキシコ人、ブラジル人、セネガル人、いろんな国の人がいたけど、みんな自分の国が好きでしたよ。 私も「ハンガリー素晴らしい」って、いつもPRしてた。日本人だけしないの。そんなとき主人に会ったんです。彼はそれまでに会った日本人とは正反対で「日本は世界一だよ」って言ったんです。彼のことを好きになって、日本に来て、私も「日本、最高!」と思った。
彼はすばらしい先生だった。まず自分の国の歴史を知らないとPRできないですね。だから彼は一般の日本人より、すごく歴史を勉強していました。それも誇りをもつべき歴史。戦後教育の日本人は大体の場合、日本の歴史知らないですよね。私もハンガリー生まれだからそういう左翼系の教育に敏感です。主人以外の日本人に会うたび、「あれ?日本は社会主義かな」と思ってた。ハンガリーの教育もソ連(当時)でしょ、だからダメ。歴史は親とかおじいちゃんおばあちゃんから勉強しました。ハンガリー人はそういう人多いから、学校で教える歴史は嘘だってみんな知っている。 日本に来て、テレビを見てびっくりしました。日本人が作っている番組とは思えなかった。「これ、中国が作っているの?」そう思いましたよ。それくらいアンチ日本に感じた。ハンガリー人の知人が来日したとき、同じこと言っていた。NHKの子供向け番組で「日本人にはユーモアがない」みたいなことをやっていたって。「なんでわざわざ番組まで作って、子供にそんなこと教えるんだ?」って。新聞もそうでしょう。その日本のメディアが海外に向けても情報発信するんだから、日本のイメージがダウンするのは当然ね。 二〇〇三年に私、ハンガリーのとても有名な経済雑誌で南京大虐殺についての記事を書いたんです。「南京大虐殺を日本人の目で検証しましょう」みたいな内容で、実際に当時、南京にいた人に取材もして、アイリス・チャンの言っていることとの矛盾点などを指摘したんです。その記事が出た次の日、誰が文句言ってきたと思いますか?日本の外務省ですよ。編集長に「あなた、何をやっている?この川口ユディはどんな人物ですか?日本でも知られている経済雑誌で、こういう話はやめてちょうだい」(笑) 川口ユディ氏の発言抜粋(2)
あとやっぱり自衛隊に対する日本人の意識が問題。この国守れる人は自衛隊だけ。なのに、日本の国民全体、自衛隊のこと尊敬してないでしょ。もっともっと尊敬しないといけない。世界中、どこの国でも軍隊は尊敬されてますよ。
毎日、東京歩いていて、こんな素晴らしい街は世界で他にないと思っちゃう。発展していて安全。電車は時間通りに来るし。それが当たり前になっているって素晴らしいことですよ。そんな国、どこにもないですよ。その素晴らしい日本をどうやって作ってきたのかを教えるべきです。それをうまく教えられれば日本は変わると思います。 グローバルスタンダードなんていらないですよね。たとえば、日本の植民地統治のことをもっと教えるべきですよ。西欧諸国に支配されているところへ日本の軍隊が入っていって、いっぱい追い返したでしょう。西欧諸国にとっての植民地は利益を搾取するところ。日本は違う。日本は逆にその国にいっぱいお金出しました。今、世界で発展しているアジアの国は日本が統治していた国ですよ。フランス、ポルトガル、イギリスが統治していた国は今も発展してない。今も貧乏。この点だけでも日本人、誇りもつべきだと思う。 私、アメリカに行ったときに植民地支配のやり方勉強したの。日本以外はすごいひどいでしょ。「戦争で日本はひどいことした」なんて、どの国にも言われたくない。日本人、そんな言葉、信じちゃいけないですよ。だから、もうちょっと日本の素晴らしい歴史をPRするべきね。それが日本人、超下手ですよ。自己PRできない。もちろん、それまた日本人の美徳なんですけれども。だから、そこに私の仕事あると思う。アイ・ラブ・ジャパンな外国人だからできること。 川口ユディ氏の発言抜粋(3)
今、全世界で日本のこと大好きな若者いっぱいいるでしょう。アニメや漫画から入っちゃって、ああいう人たちにうまく教えたらもっと日本好きになるよ。そういう外人集めれば変わると思う。今度、フランス人の女性記者を靖国神社に案内するんです。私が『ジャパンタイムズ』のウェブサイトに載せた特攻隊の記事を読んで、「感動した。ぜひ取材したい」と頼まれたんです。元特攻隊員の人からの話を聞く番組を作りたくて、いろいろ頑張ったんですよ、私。 NHKも民放もみんな断られました。ウェブサイトに載せるしかない。生きている歴史でしょう。今、その言葉を受け継がないと、日本の財産なくなってしまう。本当に日本に感謝している国たくさんあります。私の友人のセネガル人の友達に、主人を紹介したとき、すごく喜んで「私たち日本人にお世話になったよ。日露戦争で白人に勝ったのを見て、すごく励まされた。 アフリカのフリーダムを勝ち取ろうと思えた。私、日本大好きよ」って言ったの。 ハンガリーでも学校では、嘘の歴史を教える。でもみんなそれを知っているの。日本のほうが骨抜きにされてます。私もNHK国際放送で番組二百本くらい作りました。でも一緒に働いているスタッフで日本の歴史をきちんと知っている人はいなかった。左翼的なことを言うけど、ちゃんとした思想があるからじゃない。アメリカなんかに留学していた人を多く雇っているんだけど、見ていると「日本の大学に入れないからアメリカに行っちゃったのかな」と思っちゃう人が多かった。ああいう人たちだと、なかなかいい番組できない。 日本の国民はそんなに頭悪くないのに、メディアは頭悪いですね。だから国民が感じることがテレビなんか見ていても出てこない。
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ちょっといい話
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財務省が、在名古屋中国総領事館(名古屋市東区)の移転候補地だった同市北区の国有地について、売却しない方針を中国側に伝えていたことがわかった。2010年の尖閣諸島沖漁船衝突事件以降、日中関係の緊張が続き、財務省が判断を保留していた。
日中関係改善の動きの遅さが影響した形だ。 対象の国有地は、同区名城3丁目の約8千平方メートルの公務員住宅跡地。財務省が10年4月に売り出し、同年秋にも売却先が決まる予定だったが、同年9月に尖閣沖の漁船衝突事件が発生。保守系団体の売却反対運動や中国への抗議行動が強まり、河村たかし名古屋市長と大村秀章愛知県知事が11年3月、国に対し売却の凍結を申し入れていた。 河村氏と名古屋市議会は今年3月、この土地について「良好な住環境の保全」に努め、市民が広く利用できる文教地区とすることを決定。 治安上の不安があることを念頭に、中国側への売却を認めない姿勢を鮮明にした。 ※下記リンクより、一部抜粋。続きはソースで http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160618-00000004-asahi-pol これが普通の感覚だと思います。 自国民を大切にしないような人は他国民も大切にできません。 |
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熊本県に林田民子という女性がいました。
明治37年生まれの民子は25歳の時に、ピクチャーブライド(アメリカに移民した男性と写真だけでの結婚)でアメリカに渡ります。 渡米の船の中で、講道館柔道から派遣された太田節三と出会い、渡航中と渡米後に柔道を習います。 当時は排日運動の激しかったアメリカで日米友好のため必死に働きますが、世界情勢は徐々に日本を開戦に追い込んでいきます。 太田節三と林田民子等は世界平和基金財団をつくり、敗色濃厚になった故国日本の今後のために、アメリカ政府に一生懸命働きかけます。 やがて、日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏をします。 その年の9月2日、ホワイトハウスに招待された林田民子はトルーマン大統領に小さな声で語りかけます。… 「大統領閣下、何故広島と長崎に原爆を投下されたのですか?」 「20万人を超える若いアメリカ兵の命を救うためです。」 「日本は既に無条件降伏を決めていました。何故、20万人ものアメリカ兵が死ぬのでしょうか?」 「抗戦派の抵抗も考えられ、これ以上戦争を長引かせては、若いアメリカ兵の命が危ないと判断したからです。」 「大統領閣下、貴方は嘘を言われています。マリアナにある戦略爆撃司令部は、ポツダム宣言に対する返事があるまでは原爆の投下はあり得ないと明言していました。」 「それは若いアメリカ兵20万人の命を・・・」 「大統領、貴方は日本が無条件降伏することを既に知っていた。それなのに、何故、原爆投下を命じたのですか?ヤルタ協定で日本に侵攻することになっていたスターリンへの警告のためだったのでしょう。」 「そんなことはない。すべてアメリカ兵20万人の命を守るためだ。」 「大統領、貴方には日本人の命などどうでもよかったのです。原爆投下によって20万人以上の人間が死傷することは、初めからわかっていたのです。貴方が虫けら同然と思っている日本人が20万人死んでも、貴方にはどうということはなかったのです。あなたは人体実験をしたかっただけなのです。スターリンに、アメリカに逆らうとこの原爆がモスクワに落ちるぞと警告をしたかった。 ただそれだけのために20万人以上の日本人を犠牲にしたのです。20万人のアメリカ兵の命を守るためなんかではない!大統領、貴方は今世紀最大の悪魔です!」 民子は大統領の胸ぐらに手を伸ばすやいなや、綺麗な背負い投げで投げ飛ばした。 叫びとともに音楽が止んだ。 慌てて民子を取り押さえようとしたスティムソン陸軍長官も一本背負い で宙を舞った。 全員が立ちすくんだ。 突然「バン!」と乾いた音がして、民子の胸が赤く染まった。 民子は胸に手をやり、音のした方向に視線を向けながら崩れるように床に倒れた。 林田民子は一命をとり止め、太田節三とともに収監された。 日本人ではあったが、林田民子はサザンパシフィック鉄道の役員であったこともあり、アメリカ独立戦争当時の功労者であるバニング家とのつながりもあり、世界平和基金財団の代表理事でもあることから、強制収容所送りを免れ、OSS(米国戦略事務局)の研究員として終戦後の処理方法の研究に携わった。 http://blog.livedoor.jp/ksmworld/archives/1058470603.html |




