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今週の音盤はモーツァルトの交響曲第39番・変ホ長調・K543です(超お奨めは、ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団〈写真〉です)
交響曲第39番は、モーツァルトの後期3大交響曲の先鋒で、後に40番、41番(ジュピター)と続きます。交響曲の創始者はパパ・ハイドンですが(100曲以上も作曲した)、モーツァルトはそのスタイルを発展させて、古典派の交響曲を完成の域に到達させました。39番はその嚆矢となる傑作です。
その傑作は、実は、貧乏のどん底から生まれたのです。 時は、1788年(日本では徳川11代将軍家斉で、松平定信の寛政の改革の時代)。モーツァルトは、32歳。前年に父を亡くし、凄い喪失感に襲われますが、一方では、父の呪縛から解き放たれて自由も感じていました。例えば、当時は皇帝や貴族からの注文で作曲するのが普通でしたから、父はモーツァルトに対して、顧客の嗜好に最大限配慮して、客に気に入られるよう厳しく言い聞かせていました。 しかし、モーツァルトにしてみれば、社会的地位は高くとも音楽の素人に気をつかって退屈な音楽を作るよりも、もっと音楽的な冒険をして革新的な響きを探求したいと思っていたので、父の死でついに創造的本能を遺憾なく発揮できるようになったという面があったわけです。が、モーツァルトがその天才を思う存分に発揮すればするほど、注文は激減、演奏会の客の入りも少なくなりました。厳しい現実ですね。 39番も、皇帝とか貴族から委嘱されて作曲したものではなく、モーツァルト自身が将来の演奏会を念頭に自分自身のために書いたものです。だから、39番がどんなに優れた音楽でも、お金にはならなかったのです。 そして、モーツァルトは友人に借金を申し込むようになるのです。
「最愛の同志よ!」という書き出しで、ウィーン在住の音楽好きの裕福な商人ミヒャエル・プーホベルクに宛ててモーツァルトが書いた手紙は、全部で20通以上にのぼります(プーホベルクもモーツァルトと同じくフリーメイソンの会員だったので、同志と書いています)。 この年の6月だけでも少なくとも3通が残っています。交響曲第39番は、6月26日に完成していますが、その翌日にも、改めてプーホベルクに宛てて手紙を認(したた)めています。
「尊敬すべき同志にして、最愛、最上の友よ!……目下私は、どうしてもお金を調達しなければならない事情にあります。しかし、ああ、誰に頼ったらいいのでしょう?最上の友よ、あなたのほかには一人もありません!…やや多額のお金をやや長期にわたってお貸し頂きたいと思います……」 プーホベルクへの多額の借金の大部分は、モーツァルトの病弱な妻コンスタンツェのための医者への支払いと、温泉での療養の経費に充てられていました。お金になるような作曲はせず、妻は病気では、借金を返済する目処もなかったのです。 こんな状況で作曲された39番です。 しかし、その響きは、優雅で清潔で明朗そのもの。まるで空を飛んでいるかのような高揚感があります。俗世を超越した純にして聖なる精神が宿っているような印象があります。
こんな蘊蓄を知らずに、音楽だけを聴くと、お金に不自由した生活苦の中で誕生したものとはとても信じられないでしょう。でも、そんな背景があると知って聴くと、モーツァルトの天才の凄さが改めて実感できますね。 現実の生活の中で起こっていることと、創造の精神の中で築き上げる美しき王国の間には、完璧な断絶があり得るのだと納得します。 第1楽章は、冒頭の弦と管とティンパニーの響きが希望に溢れて大きく快活です。展開していく途中に現れる不協和音は、適度なスパイスで、その後で現れる3拍子の主題に大きな推進力を与えています。その力強く美しい旋律は躍動感そのものです。 第2楽章は、心地良くゆったりと流れる緩徐楽章。火照った耳を癒すが如く優しい響き。
第3楽章は、3拍子のメヌエット。可愛さと品の良さを兼ね備えた旋律をクラリネットが奏でて、極上の4分間を提供します。 第4楽章は、メロディーとリズムとハーモニーが最高の形で溶け合い、圧倒的な迫力で全体を締めくくります。終わりよければ全て良し、と言いますが、ピアニッシモからフォルテッシモまでメリハリの効いた音量、弦と木管・金管の色彩感溢れる音色と絶妙の掛け合いなど、フィナーレを飾る堂々たる音楽です。 モーツァルトは、28歳から死の直前まで、「私の全作品の目録」をつけていました。だから39番の完成日も記録されています。が、実際の演奏がいつ行われたかは、わかりません。最新の研究では、その初演は、モーツァルトの死後だったようです。ということは、モーツァルトはこの名曲を頭の中だけで聴いていたということになります。
客観的状況は、すごく悲劇的です。が、39番の響きは一点の曇りもなく透明で、あくまでも明るく、音楽のチカラに満ちています。 やはり、お金はすべてではありません。 (音楽愛好家・小栗勘太郎) 抜粋転載
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