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「結局その後も彼女の所在を知ることはできませんでした。」 大崎は話を聞きながら、冴子がなぜ葛城好みの女に変貌することができたのか考えていた。 出会う以前から彼女は葛城のことを知っていて、誰にも話していないはずの彼の趣向までも知ることができたのだろうか? そもそもこの男が、自分の隠れた趣味を周りに話していないだけで、それを誰も知りえなかったこととイコールにはならない。 人は自分でも知らないうちに、細かな行動で多くの情報を周りに漏洩しているものだ。 この男が気づいていないだけで、周りには彼の趣向がばれていることも十分に考えられる。 大崎は医者としての立場だけでなく興味を抱き始めていた。 「それで、そのあとあなたはどうしたんですか?」 「やはり、彼女が隠し撮りをしているところを抑えるしかないと思い、行動に出ることにしました。」 彼女が隠し撮りをしているところを抑えるというのは、想像以上に難しかった。 もちろんあのメールが送られるようになってから、普段以上に周囲を警戒しながら行動している。 それでも、冴子の姿を確認できたことは一度もない。 (誰か他の人間に隠し撮りさせているのかもしれない…) 葛城はそう考えた。 葛城はまず、最近では送られてきてもほとんど正視することのない画像を、一つ一つ丹念に確認してみた。 駅周辺の写真が一番多い。 よく調べてみると、駅の周辺の写真以外もほとんどが、人通りの多い場所の写真だった。 おそらく人ごみに紛れて撮影しているに違いないと思い、葛城は人ごみの中に自分にカメラを向ける怪しい人物がいなかったか思い返してみた。 カメラを持っているような人間なら多少目立ちそうな気がするが、そんな人物を見た記憶はよみがえってこなかった。 そもそも隠し撮りするような相手なら、うまくカメラをカモフラージュしているに違いない。 いくら考えても答えが出ないまま、とりあえず葛城は駅前の広場へ行くことにした。 現場でどこから撮影された画像かを確認するためだ。 駅前につくと葛城はあたりを見回した。もしかしたらこの中に自分を狙っている人間がいるかもしれないと思うと、なんとも言えない不快感がする。 葛城は送られてきた画像の一つを見た。 一番最近送られてきた画像だ。 そしてその画像の自分と同じ位置を探し、大体このくらいの位置だろうとあたりをつけてその場に立つと、振り返って一つのビルを見上げた。 いくつかの会社が入ったそのビルの側面には看板が掲げられていて、画像にもその看板が写りこんでいる。 葛城は、画像のように看板が写りこむためにはどこから撮影すればよいのかを知ろうと、その看板と自分とを結んだ延長線上に目をやった。 そこには円形の花壇のようなものがある。 それは、ちょうど人が腰掛けられるくらいの高さになっており、その淵はベンチ代わりになっていた。 今も数人がそこに腰を下ろしジュースを飲んだり、なにやら携帯を覗き込んでいるのが見える。 葛城はその花壇に近づき、隠しカメラがないか調べてみた。 しかしそんなものは見つからない。 そもそもこんなところにカメラが仕掛けてあることは期待してはいなかった。 送られてくる画像が、さまざまな場所でさまざまな角度から撮られていたからだ。 それらの写真を隠しカメラで撮ろうと思ったら、街中にいくつものカメラを仕掛けなくてはならない。そんなことは不可能だ。 やはり、誰か冴子に協力している人物がいると考えるのが妥当だろう。 そんなことを考えながら花壇を探る葛城を、すぐそばで携帯をいじっている女性は訝しげに見ていた。 それに構わず葛城は振り向いてもう一度あのビルを見た。 その光景と画像を見比べてみるとその二つは見事に合致する。 葛城はこの画像はここから撮ったに違いないと確信した。 では誰が撮ったのだろう。 葛城はもう一度画像の自分と同じ位置に戻って花壇のほうを見た。 そして昨日そこに不審な人物がいなかったか思い出そうとした。 じっと花壇のほうを睨みながら記憶を辿っていると、先ほど自分を訝しげに見ていた女性が、携帯を覗きながら時々こちらをちらちら見ている。 しかし今はそんな目を気にしている場合ではない。 しばらく考えて葛城はふと思い出した。 昨日あそこには一人の女性が座っていた。 そしてその女性に男性が近づいていったはずだ。どうやらナンパらしいが、彼女は男に目もくれず黙々と携帯を見たままだった。 そしてまったく相手にされない男はすぐに退散して行った。 それを見て葛城は昔の自分のようだと思ったのだ。 そのときの女性こそ、今花壇に腰を下ろして携帯を見つめている女性だった。 間違いない。昨日と同じ女性が今また同じ場所に座っている。 では彼女が隠し撮りの犯人なのだろうか? しかし、昨日彼女は手元を見つめるばかりで、そんなことをしているようには見えなかった。 やはりただの偶然なのだろうか。 (いや、待てよ。) 葛城は考えた。 隠し撮りだと思ったときに葛城は普通のカメラのことばかり考えていて、もっと身近で誰でも手にしているカメラの存在を忘れていた。 それは今彼女も手にしている携帯電話だ。 最近の携帯電話には必ずといっていいほどカメラ機能が搭載されている。 それを使えば、電話をしているふりをしながら、メールを送るふりをしながらでも撮影が可能なはずだ。 葛城は、花壇に座る女性に歩み寄った。 彼女は、昨日と同じように携帯を見つめたまま葛城に見向きもしない。 葛城が彼女の前に立つと、その異様な雰囲気を察してか彼女は顔を上げた。 「なんですか?ナンパなら…」 そう言い掛けたところで葛城は彼女の携帯を取り上げた。 彼女がこの携帯で自分を写していたはずなのだ。 「ちょっとなにすんのよ。」 女が叫ぶのを無視して葛城は携帯を見た。 その画面には彼女が打つ途中のメールが残っていた。 “なんかさっきからこっち見てくる男がいるんだけど、またナンパかも(笑)” (そんなばかな…彼女以外に犯人は考えられない。) 葛城はそう思い、彼女の携帯に保存された画像を見た。 そこには、猫の写真や彼女が友人と写った写真が入っていた。 「そんなはずはない。」 そういいながら、葛城は次々に画像を切り替えた。 しかし、自分が写った写真はそこにはなかった。 「ほんと何なのよ。」 涙目になっている女性は、呆然とする葛城から携帯を奪い取ると走り去っていった。 周りの人たちは、奇異なものを見る目で葛城のことを見ている。 すると葛城の携帯が鳴った。 葛城がそれを見ると、また画像だけが載せられたメールだった。 そこには、嘲笑うかのようについ今しがたの葛城の姿が写っていた。 葛城はあたりを見回した。 無数の瞳がこちらを捕らえている。 葛城はその一つ一つを次々に睨み返すと、 「見るな。」 しぼり出すような声で叫んだ。 |
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いったい誰が隠し撮りを?
私は冴子が人に頼んでいるとはとても思えません。
冴子なら隠し撮りを依頼することは葛城への愛を共有する事だ、
とかいって、嫌がりそうだと思います。
まぁ、あくまでイメージですが。
でも、どう考えてもあの女性しかありえないのなら・・・
でも履歴には残っていなかったんですよね?
ますます謎が深まります・・・
この回を読んで、冴子の愛の恐ろしさよりも、
葛城がどんどん壊れていくさまの方が私にとって恐怖でした。
人間は精神的に追い詰められると、今までではあり得なかったような
非理性的な行動をとってしまうものなんですね・・・
2010/6/21(月) 午後 10:13 [ 優 ]
>鋭い意見ありがとうございます!書いている本人より人物の心理を深く把握されてるかもしれません!
2010/6/22(火) 午後 6:29 [ メヅ ]
こらからの、展開も期待してます。
2010/6/25(金) 午後 10:05