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「留守番電話サービスセンターに接続します。」 ちょうど六度コール音が鳴ったあとに機械的な声がそう告げた。 その事務的な口調に大崎は苛立ちを覚えた。 「俺だ、もう一度話がしたいから連絡をくれ。」 そう言うと、乱暴に携帯電話を閉じて胸ポケットへしまった。 “トントン” 「先生、次の患者さんが来られました。」 「わかった。こちらにお通ししてくれ。」 「はい。」 大崎はソファーに深く腰を落とすと、胸の前で手を組み一つ大きくため息をついた。 大崎はカルテに目を落とした。 葛城良介、27歳、男性、無職、常に何かに監視されているという感覚にとらわれているらしい。 しばらくすると、再び扉が叩かれた。 「こちらへどうぞ。」 女に促されて、男がおずおずと部屋へ入ってきた。 男は下を向いたままこちらと目を合わそうとはしない。 大崎はその男を観察してみた。 身長は175といったところだろうか。 体格はかなり痩せている。 そして、さっきから何かに怯えるようにあたりを忙しなく見回している。 「どうぞ座ってください。」 大崎は立ち上がり男を自分の対面のソファーへといざなった。 ソファーに座った男は顔の前で手を組み、視線を落としたまま依然として大崎と目を合わそうとしない。 「どうぞリラックスしてください。」 そういって、大崎も男の前に腰を下ろした。 「葛城さん、あなたは見られていると感じることがあるようですが、それはどんなときですか?」 大崎は静かな口調で尋ねた。 「見られている気がするんじゃない。確かに監視されているんです。」 男は突然立ち上がり、怒気を含んだ口調で答えた。 しかし大崎がこの程度のことで慌てることはなかった。 男が落ち着くのを静かに待ち、座るように促すともう一度尋ねた。 「失礼しました。ではあなたが、誰かに監視されているのはどんなときですか?」 少し落ち着きを取り戻した男は、 「常にですよ。いつも俺は監視されてるんだ。」 と、目線を落としたまま答えた。 「そうですか。では今も監視されていますか?」 大崎がそう尋ねると、男は顔を上げその視線を部屋中を嘗め回すように走らせた。 「今は視線を感じない。でも、今も監視されているかもしれない。」 そういってまた視線を落とした。 大崎は、強迫性障害だなと思った。 潔癖症に代表される、強迫性障害は現代になって増えている精神障害の一つだ。 潔癖症は汚れや雑菌に対して過剰に嫌悪感を抱く症状だが、彼の場合は、視線に対して過剰に反応してしまうのだと解釈した。 視線恐怖症とも呼ばれるこの症状はいくつかに分類されるが、大きく分けて二つに分かれる。 自分の視線が誰かを不快にしてしまうのではないかと不安になる自己視線恐怖症と、人からの視線に不快感を覚える他者視線恐怖症だ。 無論彼は後者にあたるだろう。 大崎は、視線恐怖症になるにいたる原因を見つけることが、治療の近道だと判断した。 「では、あなたが監視されるようになったのはいつからですか?」 男は少し考えてから答えた。 「あれは…冴子と出会った少しあとだから…一年くらい前だったと思います。」 大崎は男が口にした女性の存在が気になった。 この女性が彼の症状の引金かもしれない。 「その頃のことを詳しく話してもらえますか。できれば、その冴子さんのことも。」 男は少し大崎のほうを見て、また視線を落とすと記憶を探るように語りだした。 |
視線
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