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日本人3人がノーベル物理学賞を同時受賞する快挙に、日本の物理学会はわいている。欧州のジュネーブ郊外で1ヵ月前に運転を始めた巨大実験装置LHCは、受賞者の一人、南部陽一郎・シカゴ大教授(87歳)の理論の裏づけをめざすものだ。南部さんの約50年前の理論と密接に関係しているこの実験とは、一体どんなものなのか。(ワシントン=勝田敏彦・朝日新聞記者)
ノーベル賞受賞理由となった「自発的対称性の破れ」と呼ばれる南部さんの理論は、質量の起源にも深くかかわっている。
現在の定説によると、ビックバン(宇宙誕生時の大爆発)直後の超高温の宇宙で質量ゼロで飛び回っていた素粒子が、やがて質量(重さ)を持つに至(いた)った。そのメカニズムの主役が「ヒッグス粒子」と呼ばれる粒子だ。素粒子を動きにくくする、空間に満ちた水あめのようなものにたとえられる。つまり重さを与えるわけだ。
ヒッグス粒子は、南部さんの理論を適用すると、初期宇宙に生まれるはずのものと位置付けられている。
そして、現代素粒子物理学の基本理論となっている「標準モデル」に登場する素粒子のうち、ただひとつ見つかっていない。見つかれば標準モデルの完成につながる。
宇宙が冷えた今、ヒッグス粒子は存在しない。だが、宇宙誕生から1兆分の1秒後の超高温・超高密度状態を地上に再現する巨大粒子加速器LHC(ラージ・ハドロン・コライダー)なら、ヒッグス粒子を人工的に作り出せるかもしれない。
LHCは、欧州合同原子核研究機関(CERN)が約5千億円をかけてスイス・フランス国境の地下約100メートルに建設した世界最強・最大の粒子加速器。粒子の通り道となるリング状のトンネルの長さは約27キロメートルもある。
LHCが運転を始めた今年、くしくもノーベル賞受賞が決まった事について南部さんは「何か関係があるかもしれませんね」と話す。
LHCは9月10日の稼動直後にヘリウム漏れ事故を起こし、実験は来週以降にずれ込んだが、いったん動き始めると、実験は24時間体制で半年以上続く。陽子を光速近くまで加速して正面衝突させ、出てきた粒子を詳(くわ)しく調べる。、という方法だ。
原子核の構成員である陽子は、さらに細(こま)かく見るとクォークやグルーオンと呼ばれる素粒子で出来ている。それらは、陽子の中で絶え間なく出来たり消えたりするという素粒子特有の性質がある。
陽子は「素粒子が入っているゴミ袋のようなもの」で、陽子同士を猛スピードでぶつけると、さまざまな粒子が生じたり消えたりする。
だが、ヒッグス粒子をつかまえるのは簡単ではない。できたとしても次の瞬間には壊(こわ)れ、別の粒子が飛び出してくるので、その足跡を探すしかない。
理論計算では、ヒックス粒子ができるのは、陽子衝突100億回につき1回ほどだ。東京大の浅井祥仁(しょうじ)・准教授ら「素粒子の狩人」は、多数の反応の中からヒッグス粒子のなごりの反応を求め、ふるい分けに挑(いど)む。
LHCには、ATRAS、CMS、ALICE、LHCbという四つの粒子検出器がついている。日本の研究者約100人が参加するATLASは、まず、目印になる粒子が通り過ぎると電気信号を出す装置(ミューオントリガー検出器)が働き、その粒子の位置やタイミングなどからヒッグス粒子のなごりらしき反応の候補を10万分の1まで絞り込んで記録する。
そのデータをコンピューターで解析するのが、第二段階のふるい分けだ。ヒックス粒子が壊(こわ)れてできる別の粒子の質量(GeV=10億電子ボルト=という単位で測られる)の合計は、ヒッグス粒子の質量と同じになる。データを集めると、ある質量のところに「山」を持つはずだ。
しかし、山が見えただけでは素性はわからない。このため、あらかじめ膨大な計算機シミュレーションをして、ヒッグス粒子の山の形を理論的に予測し、実験で出来た山と突き合わせる。
実験で山が見えるには、何か月分もデータを集めなければならない。ヒッグス粒子と無関係な反応が、にせの山をつくる可能性もある。データを積み重ね、山が本物である確率を統計的に99.9999%まで高められた時、ヒッグス粒子は「発見」となる。
そうなれば、これまたノーベル賞級の成果だ。「実は、見つからなかった時の方がもっと面白(おもしろ)い。理論が予測しない現象をとらえたのかもしれないからだ。誰も知らない現象の発見ほど物理学者が興奮する時は無い」と浅井さんは言う。
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