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本当にご無沙汰です。
その間にフィリピンに2回行ってきました。
5月初めと6月初めです。
次は8月に行こうと思います。
私どもに4月から滞在している佐藤さん、55歳。
以前は高級外車のディーラーを営んでいましたが、バブル崩壊と共に会社も、家庭も崩壊しました。
バツイチ、独身です。
今はアルバイトで、郵便配達をしています。
彼は私のフィリピン人義姉の古くからの友達です。
温厚で話し方が穏やかな人です。
彼は老後をフィリピンで暮らしたいと思っています。
彼の話では家と職場の往復だけの日々、一人で取る夕食がさびしく、辛いそうです。
そして、彼は4月20日にクラークへ向かいました。
それから2ヶ月、彼が先々週、日本に戻ってきました。そして、1週間後、フィリピンに戻りました。空港へ見送りに行き、朝食をとりました。
彼が話し始めました。
「何もやることがないんで、実家にずっと居ました。朝、家の前を通学する高校生達を見ていると何か画一的で寂しいですね。子供達もなんか元気がないし・・。
僕は日本は嫌ですね、フィリピンが合っています。今日、フィリピンに帰れると思うと嬉しいですよ。あの国の明るさ、多様性が好きです。」
佐藤さんは嬉しそうに笑いました。
私の家には義弟家族6人、住込みのメイド、ボーイを入れると総勢15人です。それに犬が3匹、モルモット5匹の大家族です。
最年長が義弟の嫁さん32歳。佐藤さんと20歳以上、年の差が有ります。佐藤さんは若い人達に囲まれてとても嬉しそうです。
英語の勉強も始めました。
何か若くなった気がします。
もう、佐藤さんは私達の家族です。
ところで、最近、家の重大問題をまた見つけました。
屋根に載せた3機のソーラシステムの1機がそのまま放置されていたのです。つまり、水回りが何もされず、屋根にそのまま放置されていました。当然、水も回らないし、お湯も沸きません。2機だけが動いていました。うん十万円も払った装置がです。
それにしても屋根はなかなか見つからないといっても・・・。
「フィリピン人は驚く、あきれる、諦める」ですね〜。
直ぐに、建築設計士が飛んできて、謝っていましたが・・。
でも、許しちゃいます。
皆さんの天性の明るさがあるから。
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