☆ southern country miyazaki ☆

「挑戦と成長無しに人生は退屈過ぎる」

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原発が必要な理由なんて一つも無い。
 
 
文句あるヤツかかって来い!!!
 
 
 
全文↓↓↓
 
 
人類ははるか昔、
本当の時を奪われてしまい五感が低下し
テレパシーだとか
想念の力だとか
今とは想像を遥かに超えた
別の次元のクリエイティブなテクノロジーを
失ってしまったんだよ
いつの時代も毒を持った悪い奴らがいて
その能力を独占するために偽物の時間を作り出し
物質に頼る文明を発達させるために
破壊という科学を生み出して
戸惑う人たちに自分たちの身勝手な
屁理屈を定義つけるために宗教を操り
その裏でエネルギーを牛耳って
経済というお金のシステムを構築してきた代わりに
偉大な能力を失ってしまった
何千年もかけて遺伝子的に記憶障害が起こり
何度も何度も生まれ変わって
その能力を忘れてしまった俺たちは
記憶喪失なのだ
四次元の科学や哲学の話で
ファンタジーに興味のない人には面倒臭がられるけど
まー要するにお金を儲けるためにメディアを駆使し
人々をコントロールし 騙して 自然を破壊し
無責任に危ないものをいっぱい作ってきた奴らが
自然を愛し 自然を育んで
自然と共に生活してきた人たちに
長年に渡りものすごい苦痛を与えてきた
事実が明らかになってくると
犠牲になってきた人たちの上に
電気っていう暮らしがあるんだよ
そして パンドラの箱の底を覗くと
太陽光発電だとか 無限エネルギーだとか
自然を壊さなくても自然を利用した技術が発達してて
今は原発がなくても十分電気が賄える時代なんだよ
しかも低コストで
今ある原発をすべて止めても
水力火力をフル稼働するだけでも賄えるんだよ
それを隠して騙す理由は
ものすごい利権が絡んでいるのさ
金だよ 金
末期的に気が狂ってるよコイツらは
原発一基作るのに1兆円ほどの援助金が
国から電力会社におりて
電力会社はターゲットを決めて
その土地の人たちに近づいて
金をばら撒くんだよ
おっさんをキャバクラに連れてって
お年寄りを温泉旅行
接待 接待 接待
街が復興するよなんて子供だましな嘘ついて
反対派推進派に人々の心を
お金で引き裂いていくマニュアルがあって
海を売った漁師に莫大な漁業権を支払って
安全対策やら 危ない秘密の実験やら
プロパガンダの広告費で莫大にかかってる
そのお金はみんなの税金だよ
そうやって59基ある
日本の原発が作られてきたんだよ
体に50個以上の時限爆弾を
つけて生活してるのと同じで
1個でも爆発したら
もうそこには人が住めなくなるし
なんにも栓塞できなくなって
じわじわと汚染が広がっていく恐ろしいものが
59個あるんだよ
嫌なイメージだけど
核の平和利用の名の下に
日本は核兵器を持ちたいがために
これだけ強行して作ってきたんだよ
中国電力は山口県上関町の田ノ浦の
美しい海岸を埋め立てて
これから日本最大級の原発を
2基作ろうとしてて
その対岸に住む祝島の人たちは
30年も反対してやめてくれって
生活をほっぽり出して
必死に食い止めてきてるんだよ
豊かな自然と共に
みんなそこにずっと住んで生活してるんだぜ
歴史もあって
広大な自然も残っている素晴らしいとこなんだぜ
そんなの全部無視して強行しようとしてるんだぜ
この期に及んで
「福島原発とうちは関係ありません」って
毎日工事してるよ
愚かだよね
この前地震があった静岡の浜岡原発も
大丈夫だっていまだに止めてないし
何が大丈夫
はぁ?
お前の頭が大丈夫なのかよ
末期的に気が狂ってるし
宗教よりもきつい洗脳されてるっていうか
自分たちで安全安全ってほざいてきた
その呪縛にかかってるよね
ほんとに馬鹿
でもそんな馬鹿野郎に騙されてきた
俺達も馬鹿野郎だし
完全に罠にはまってるよね
ツイッターやネットで原発を反対している人の
揚げ足を取るようなレス多いけど
そんなやつほど薄っぺらく
なんにも実態がわかってないし
情けなくなるぜ
そんな君達も原発を推進するなら
応援するなら
広島・長崎の原爆
第五福竜丸の被曝
1953年国連で
核の平和利用のキャンペーンが始まり
その裏でソビエトとアメリカが冷戦下で
核開発を競い合って
読売新聞 読売テレビの正力松太郎を介して
アメリカから日本に原発計画が進められ
ウランが渡ってきたところから日本に原発が誕生し
今にいたるまで知ってから話してくれよ
気持ちは変わると思うぜ
原発によって社会全体に影響している
負の連鎖なんて見えてきたら
吐き気がしちゃうよ
まともな心を持っていればね
テレビや新聞は騙すために使われているよ
特に日本はひどいよ
今もテレビの報道機関はひど過ぎるね
プルトニウムのプの字がやっと出てきたね
この世で一番危険な物質だよ
福島の3号機は
関西電力の星野監督が出てるCMでもお馴染みの
プルサーマルだよ
プルトニウムで発電してるやつさ
星野さんも反省してるかな
あれが爆発してるんだぜ
なのに次の日の新聞の一面は
計画停電
プロパガンダだぜ
自分たちの悪事を隠すために
いったいどれだけの人を犠牲にするんだよ
ふざけんなバカヤロー
プルトニウムは放射線とは比べちゃいけないよ
この物質を少しでも吸い込んだら
すべての細胞やられちゃって
遺伝子もぶっ壊されて
再生もできなくなるんだぜ
それが漏れてるにもかかわらず
長い間プの字に触れないやつらの口癖は
ただちに人体に影響はない
ただちに人体に影響はない
ただちに人体に影響はない
今年の流行語大賞だぜまったく
一大殺人集団 組織犯罪だよ
原発に関してだけじゃなくても
しっかり情報が公開されていれば
救えた命はもっとあったはずだよ
テレビ局イコール原発
このシステムがいかれてるぜ
人の命をなんや思ってるねん
あほんだらボケカス!
まぁそうやって嘘つきまくって
人々騙してきたやつらが
今何やってるかっていうと
国民のことよりも責任を逃れるために
頭フル回転させて必死で言い訳を考えてるよ
それが奴らの仕事さ
おかしいよね
ヒューマン・エラーだぜ
もうバレバレだよ
全世界が見てるよ
今世界中がこの日本に襲ってきた痛みを
日本人がどう乗り越えるか注目してるよ
日本の若者がどう行動するか
アーティストやミュージシャンが
この痛みをどうアートにして訴えて
思いを込めて乗り越えるのか
世界中のみんなが見てるぜ
日本は一大事なんだよ
揚げ足を取り合いしてる場合じゃねーんだよ
もう寝てる場合じゃねーんだよ
原発なんてもう時代遅れ
スウェーデンなんて原発は破滅に向かってるから
原発をやめますかって
やめたら始めのうちは苦労しますけどって
国民に真実を話したら
国民はやめようっていって
すでに原発なしでやっていこうとしてるぜ
日本も特に自然エネルギーの技術だけで
やっていける技術は持ってるんだよ
それを騙して 脅して 隠してるだけ
お金のために
早く気づいておくれよ!
どうしてそんなに無関心でいていられるのさベイビー
青森県六ケ所村の核の再処理工場には
核の廃棄物用の3千トンのプールがあって
そこに核の廃棄物があふれてて
埋め切れないから廃液を海に捨てているんだぜ
信じられないだろ
それをみんなに黙ってるんだぜ
隠してるんだぜ
その工場が爆発したら日本どころじゃなくて
地球がつぶれるほどの核がそこにはあるんだよ
原発に関してだけでも隠してることは
たっぷりあるんだよ
まだ騙そうとしてる現実がこの前の計画停電さ
あれは国民に
原発がなかったら不便だとか困るとかって植えつけて
原発をこれからも維持するために
わざとやってるんだよ
そんなことやったせいで
死人まで出たんだぜ
そんなことしなくても
オール電化が流行ってるくらい
日本の電力は余り余ってるんだよ
みんな、普通に考えてくれ
日本は温泉大国で温泉がそこら中にあるだろ
温泉掘って地熱発電もできるんだよ
フィンランドの人たちは
なんで日本は地熱発電しないんだって
首をかしげてるよ
日本は島国だから
潮の満ち引きを利用した無限エネルギーも有効で
開発は進んでいるんだよ
送電線一つにしても
今使ってる電線は発電所から
それぞれの家庭や施設やビルに届くまでに
ものすごい電気を垂れ流してるんだぜ
君の家に届くまでにものすごいロスがあるんだよ
今は電気が殆どもれない送電線が
すでに日本にはあるんだよ
日本人の技術はすごいんだぜ
一兆円あったら太陽光どんだけ作れるんだよ
なぜそうしないかって?
核兵器と金だよ
薄汚い金!
ものすごい利権が絡んでるのさ
それにみんなたかってるの
日本の電気は独占企業で
それ自体が法律違反してるよ
みんな、何のために税金払ってるんだよ
カネ・カネ・カネ・カネ・カネ
お金も大事だけど
もっと大事なものもあるよね
そこを忘れちゃいけないよ
お金はあっても家は買えるけどホームは買えない
時計を変えても時間は買えないし
本は買えても知識は買えない
ベッドを買えても眠りは買えない
医者に診てもらうことはできても病は治らない
電気を買ったら自然が壊れちまったよ
なんかしてあげたくてもお金しか出せなくて
モヤモヤしてる人いっぱいると思う
お金を出すことは善意でいいことだけど
自分の出したお金がその出したところに
どういう風に使われて
どう人の役に立つのかってまで考えて
義援金を出してる人は少ないよね
ただモヤモヤした気持ちを
お金を出すことですっきりさせているだけで
無関心な人 多いね
その会社が儲かってるだけかもしれないよ
だからたとえばライバル電力とか作って
京都でいうと京都中の屋根を太陽光にして
京都なんて100メートルも掘れば
どこでも温泉出てくるし
一家に一風呂なんて粋じゃない
それで地熱発電にして
地熱は弊害もあるしそこはみんなで考えて
バランスとって
京都はダムもあるし
曇ったって大丈夫
雨なら今ある水力で
これ以上自然を壊さなくても
電力供給できると思わない?
もちろんそれをするには資本がいるし
支援金を募集してそのお金を具体的に
どう使って具現化していくか
プロセスもしっかり公開して
みんなでやっていけたらいいよね
使い道がしっかり公表されて
有意義ならお金を出す価値があると思うよ
義援金詐欺があるくらいだし
大企業だからといって信用しちゃいけないよ
大企業だからこそうまくごまかせるんだよ
こんなこと言いたくないけど
今の日本じゃ情けないけど
信用できないね
原発は今まで俺たちの生活を支えてくれました
今まで実態を知らずにそれを許してきました
本気で原発を設計してきたその危険性を
一番わかってる技術者の人も
俺たちが遊んでいる間も
高い給料もらって必死に設計してくれたんじゃないかな
百歩譲って原発に感謝しようって気持ちはあるんだけど
騙されてきたんだし
やっぱり感謝できないよね
そして後の何世代にも渡って核を残す
汚れたものをこの国に無責任に作ってきた
電力会社
原子力安全保安院
官僚
政府
財界のお偉いさん
大企業
マスメディア
御用学者
そして
それらに関係する奴らのおかげという名の戯劇を
これ以上見るのは悲し過ぎますが
この確信犯たちに目を背けずに
真実の目でしっかり追求し
これからどこへ向かっていくべきなのか
真実を知ろうとする気持ちがあれば
クリエイティブなイメージが生まれ
具体的な提案を示すことができるし
何千年かけて失ったものを
また何千年かけて取り戻せる
きっかけにもなるはずだよ
とにかくもう 原発は必要ない
これ以上無関心で騙され続けたら破滅するぞ!
電気が足りる足りないの問題じゃねーんだよ!
電気がなくても生きていけるけど
自然がなかったら生きてけないだろ
取り返しのつかないことが
もうすでに起こってるんだぜ
人間のエゴに巻き込まれた動物や植物たちにも
迷惑どころの話じゃねーし
何が一番可哀想かって?
子どもが一番可哀想だろ!
俺たちの未来なんだぞ
守ってやれなくてどうすんだよ!
50年100年200年後の世代に
今の俺達のこの時代を
ヒットラーと呼ばれてもおかしくないんだぜ
みんなが事実の裏に隠された真実を見れば
武器なんて物騒なものを持たなくても
一撃で世の中ひっくり返るんだよ!
どんなに遠回りしたって
何度生まれ変わったって
目指すところはひとつさ
愛だろ 愛だろ 愛
綺麗事でもないし
照れてる場合じゃないんだよ
ラブなんだよ!
愛なんだよ
ラブって言ってみろよ
愛って言ってみろよ
愛って言ってみろバカヤロー!
だからバカヤローって叫ぶんだ
バカヤロー!
バカヤロー!
バカヤロー!
バカヤロー!
バカヤロー!
さぁ立ち上がれ!
声上げろ!
原発絶対反対!
原発絶対反対!
原発絶対反対!
原発絶対反対!
ただちに撤廃せよ
 
 
 
 
震災後渓流を楽しんでいた場所・・・
 
まさかここまで汚染されていたとは。
 
ガイガーカウンターのお陰でどんな場所に放射性物質が集まるかよく理解して来ました。
 
こんな高濃度汚染スポットが点在する町に政府は市民を戻そうとしています。
 
これが現実です・・・・・
村上春樹 カタルーニャ国際賞スピーチ

「非現実的な夢想家として」(2)



「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。
そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、
我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされている
という点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点に
おいては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者
でもあります。

そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能
をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして
止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、
二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。
我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、
我々自身の生活を破壊しているのです。

何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、
いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、
何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

理由は簡単です。「効率」です。

原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。
つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、
原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。
電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも
安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によって
まかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の
日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。
原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」
という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」
という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、
ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」
というレッテルが貼られていきます。

そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を
開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、
実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。
それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、
そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。
我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。
しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、
加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。
そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが
彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。
そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

「大統領、私の両手は血にまみれています」
トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、
言いました。「これで拭きたまえ」
しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、
この世界のどこを探してもありません。

我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に
代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。
たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない
日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、
核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。
核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべき
だったのです。

それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の
取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的
メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会と
なったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、
その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を
乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、
深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。
しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。
我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を
無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で
黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の
人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を
進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで
関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させ
なくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げて
なくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き
歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさに
そのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、
我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に
生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。
大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、
日本文化の基本的イデアのひとつになっています。
しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界に
ありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの
精神性も我々には具わっているはずです。

僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、
誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。
依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を
背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、
日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られ
ることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを
嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、
人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、
小説家であることはできません。

カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には
苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は
知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になる
ことができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を
形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。
それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた
我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを
恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の
犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく
「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。
しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、
その力を信じるものでなくてはなりません。

後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった
人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えて
くださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに
深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、
深い哀悼の意を表したいと思います。



NO MORE GENPATSU !!!

皆さんで反原発の声を上げましょう !!!

原発推進派の政治家に投票しない  !!!

原発による利権が大きい企業の品物は買わない!!!(とうし〇・ひた〇・みつび〇)!!!

原発が不利益だと認知させない限り無くなる事は無い仕組みになっています。

皆さん一人一人の力が集まれば変わるはずです。!!!

大切な家族、友人、故郷・・・失ってからでは遅いのです。

今すぐ声を上げましょう!!!            *転載、拡散お願いします。
村上春樹 カタルーニャ国際賞スピーチ

「非現実的な夢想家として」(1)

僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、
驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけても
サインしきれないくらいでした。

どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを
求めたからです。それで手間取ってしまった。

僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、
女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。
それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。
この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、
とても幸福に思います。

でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、
もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な
地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短く
なるほどの規模の地震でした。

地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい
爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。
39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。
海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの
九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、
未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に
沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、
胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、
コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。
生きる希望そのものをむしり取られた人々も多くおられたはずです。

日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを
意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道に
なっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。
各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。
日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、
危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を
営んでいるようなものです。

台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。
ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、
間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、
東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、
多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の
午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、
それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の
生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで
働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、
それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしく
なってしまわないのか、と。

日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態は
ひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、
すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅の
ものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、
宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティー
として、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。
人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人は
そのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。
それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、
熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば
混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

どうしてか?

桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。
我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。
そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、
鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、
消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、
僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、
ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで
生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも
影響を及ぼしたかもしれません。

今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、
普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、
今なおたじろいでいます。

無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。でも結局のところ、
我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。
それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を
生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。
壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。
どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、
文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。
好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できない
ものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。
それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、
簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えば
すぐに拵えられる、というものではないからです。

僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、
少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。
メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を
含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。
畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた
人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、
まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。
原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかった
ためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、
安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを
真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、
大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進める
ために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。
その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを
余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。
日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けている
けれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、
バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。
でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、
あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、
我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。
1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下
され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の
一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の
多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていった
ということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、
人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の
上に学んだのです。

戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、
もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使する
ことはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本
という国家の新しい指針となりました。広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような
言葉が刻まれています。

                 (2)へつづく     *転載、拡散お願いします
 
 
 
ヾ(´c_,`*)バンワァ〜★
 
 
 
連休だったので・・・
 
 
 
もちろん波乗りいくでしょうwww
 
 
 
 
 
 
 
もちろん晴れですwww
 
 
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今日の北泉は北西からの強めのオフショアw
 
海から上がってくる仲間は口をそろえて「寒かった」「ジャンクで良くない」「北風強すぎる」などなど・・・・一瞬帰ろうかと思いましたが・・・・
 
 
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波の話に行く前にちょっと一言・・・・・^^
 
「タバコのポイ捨て」
 
 
みんなで拾ってキレイな海を保ちましょうね♪
 
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波チェックして車に戻るまで探し回らず下を向いて歩くだけで・・・・こんなに見つかります・・・・
 
ショック!!!
 
keep the beach clean!!
 
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話は戻って今日の波!!!
 
セットはオーバーヘッドまじりでしかもジャンクですが・・・
 
 
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こんなやつや・・・・w
 
 
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こんな感じも
 
 
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たっぷり3時間楽しめましたヽ(=´▽`=)ノ
 
北風に惑わされて帰らなくてよかったwww
 
 
 
 
冷えた体を温めようと、駐車場脇にある施設へ・・・
 
350円で入浴できます
 
 
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ん????
 
 
 
 
あれ?
 
 
 
 
財布がない!!!忘れてきたじゃん!!!
 
 
 
 
あきらめませんよ!!
 
 
 
車の中を探す探す・・・・
 
 
 
 
あった!!!
 
 
 
・・・・
 
 
 
 
・・・・
 
 
 
 
20円足りない!!!!
 
 
イメージ 9
 
 
 
 
・・・・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 

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