フラワーマンのひとりごと

新しいところに移転しましたが、ここはそのまま残します。

フィンランドの教育に学ぼう

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フィンランドの教育に関心を持った自分です。なぜ学力が高いのか、自分たちが理想としているような教育っていったい何なのか?都留文化大学の福田誠治先生の講演から小出しに出しています。少しでも多くの人に知って欲しいです。それこそが教育改革!
 フィンランド・メソッドの本に出逢いました。自分なりに紹介することで学力向上に少しでも近づけたらいいなと思います。
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「フィンランドに学ぶ教育と学力」という本を買ってきてもらいました。今からじっくりと学習しますが、今の日本の状況を見ると待ったなしのような気もします。習熟度学習の本も買いました。世界的に見て習熟度別編成というのはやめる方向の中、日本が迷走しているような気がします。フィンランドを始め、多くの国が日本の教育システムや指導法を見本にしてきたというのに・・・。

教育基本法

 フィンランドの教育は、日本の教育基本法を手本にして作られたんだそうです。
 えっ!
 自分はそこに行き着くことを考えてフィンランドの教育のコーナーを立ち上げたのではないのですが、結局はここに戻ってきてしまうんですね。「愛国心」というなら、フィンランドやイラクの人たちに影響を与えたこの法律を作った日本の文化を誇りに思うのは素晴らしいと思うんだけど・・・。、

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1 人間一人ひとりを大切にする社会を作ること 
  一人たりとも落ちこぼしはつくらない→子ども、教師、大人 
  全体の底上げを図る
2 子どもも大人も伸びていける社会を作ること
 どこに行っても学べる制度、学びを促す社会←→学びを拒否する社会
 学べる時間のゆとり
3 教育の根本は子どもの学びを支援すること
 →これが一番むずかしいかも
4 教師の専門性を認め。信頼すること
 →教師を持つ専門性。子どもに一番近いものの判断を信頼すること(どこかの国のように子どもの実態  を全く知らないような人が教育改革をしていてはいけない)
 →行政も家もマスコミも、教師と共に解決している姿勢を貫く(今はお互いが手を結び合っているとはいえない)
 →行政は教師を援助する態勢をとる
 →教師が専門性を発揮できるように、教師の研修・学びを柔軟に、確実に保障していく。

 何でこんな当たり前のことが我が国ではできないのだろうか?優れた教育システムを持ち、勤勉で、努力を惜しまない国民性なのに、「学力」を伸ばすとは全く違いことがなされている。漢文の素読が学力向上にいいなんていう文部官僚がいるぐらいだから、深刻である。今の子どもの実態を知らないだろうし、声も聞いたことがないんじゃないか?
 

知識は定着したか?

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 今回はサウナ。フィンランドといえばサウナかな?

 (福田誠治さん、講演のレジュメより)
 テストのための学習、入試のための学習では学力は定着しないというのはわかるような気がする。よく言われる「分数のできない大学生」「小数ができない大学生」というのは、小中学校のころにはできたのではないのか?英語でカレンダーやキッチンの綴りがかけなくなったからといって「低学力」だと、大騒ぎをするだろうか?学力向上の取り組みとして大学率アップを目標にしている学校が多いが、低学力問題として目を向けるべきは違う問題ではないか?

 学力は、「思考力」「考え方」で考えられているだろうか?公式を覚えていない人は「公式集」を見ればよいわけで・・。
 日本の「学び」は必要な知識の定着度が低いようで、必要もない知識を詰め込まれているのか?本当に必要な知識を知らないのか?すぐに忘れてしまい、自分の生き方や生活に影響を与えていない・・・学びが役立っていないということか?

 学校の中だけで評価されるような知識や技能、教育界だけで通用するテストの点や偏差値に固執する学力観を変えないと、「先進国」の考えは「学校は、子どもたちが社会に出て、自立していくことを支援していくべきだ。社会に出て生きる知識、学力を身につけさせるべきだ」と変わってきている。これじゃ、日本の競争力はどんどん落ちていくのではないか?
(ここまでがレジュメより)

 学校で習っていることってあまり役に立っていないということは、多くの人が気がついているにもかからわず、抜本的なな改革が行われていない。学校卒業後に社会に生きていくのに必要な「学力」を身につけるということがほとんどじゃないのか?

 大丈夫かニッポン!

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 理想的なことばだな・・・。でも、理想的だということであきらめてはいないだろうか・・。

 授業では、1クラス24人まで、外国語では半分に分けられる。子どもの学力は多様だが少人数のクラス作りを目指している。習熟度別の編成は否定され、グループ学習や個人による目標設定の学習を行う。「自分のために学ぶ」学習や、「知識をどう生かすか」という学習に当てられるので、競争が生じにくい。日本では多くの「学び」をやめてしまった生徒が見られるが、競争に追いつけないからそう思うことが多いわけで、一人ひとりに「自分のために学ぶ」学習ということが徹底していれば、そういう事態は起こらないのではないか?大人になっての学習では「自主性」が基本なのでそこの中に競争が起こりにくく、個人内の目標に向けての努力に費やされるのにている。

 また、個人の能力差を認めるが、子どもの成長に影響を与える社会的・経済的な格差は行政が何が何でも埋めていく努力がされる。たとえば、早朝1校時にモーニング・アクティビティ、放課後にはアフタヌーン・アクティビティがあり、学童保育の役割や、遅滞児のための補習に当てられる。よく学力調査では、「朝ご飯を食べない子は学力が低い」→「朝ご飯を食べさせてください」という「保護者への心がけ運動」になってしまうが、どうしても「朝ご飯を食べられない子に対する効果的な対応にはならない」。 ここの国では「それなら行政で朝ご飯を食べられる施設を準備しましょう」というわけである。「朝ご飯が学力に影響するなら、みんなに朝ご飯を食べさせればいいじゃないか」という考えである。あくまでも全員の学力の底上げをすることがめあてでそこのことがフィンランドの国全体の学力水準を上げることにつながると考えられているからだろう。日本の教育は選別を基本としているがその選別はいい学校に行くための選別であって、日本の国を支えていく人たちを作るためのものにはなりきれていないのだろうか?

 「自分のために学ぶ」というのがどうしたら子どもたちに育てられるのかな・・・。

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