フラワーマンのひとりごと

新しいところに移転しましたが、ここはそのまま残します。

アメリカのロック

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 時たまテレヴィジョンのマーキームーンが無性に聞きたくなる。トムヴァーラインの引きつったような高い声が魅力なのか、トムヴァーラインとリチャードロイドとのギターのからみが美しいのか。バンドとしてのまとまりが最高潮にあったのか・・よくわからない。このアルバムに入っている他の曲も素晴らしいのでこの曲だけがまぐれでいいというわけじゃない。特にテクニックがあるわけでもなく、結構古典的な構想であるにもかかわらず、時代を表現する音でありながら、いつの世代の人の心に染みわたってくる。本当にいい曲なんだな!ってかんじ。

 LPではギターソロが終わったとに再び曲が始まり、途中でフェイドアウトしていくが、CDではちゃんと曲の最後まで流れる。曲の最後まで聞いてしまうとLPのころの後に余韻を残したフェイドアウトが懐かしい気もする。こっちの方が意図的な編集だったんじゃないのかな?

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 ニールヤングの1970年のフィルモアでのクレイジーホースとのコンサートに続く、ニールヤングのライブの発掘。ちゃんとニールヤングは最近のリヴィング・ウィズ・ザ・ウォーでも健在をアピールしたところ。ずっと変わらないけど、ずっと前に進み続ける姿勢はまさにプログレである。

 1971年といえば、まだCSN&Yが存在していた時のこと。しかも、発表したてのアフターザゴールドラッシュ、新曲のハーヴェストの曲たち。25才の伸びやかなニールの歌が聴ける。腰痛のせいなのかどうかわからないけど、たった一人のコンサートで、全編ニール・ヤングのアコースティックギターやピアノでの弾き語りが続く。どの曲も力のある素晴らしい曲なのだが、むき出しのニール・ヤングの声が痛々しく、瑞々しく、伸びがあって素晴らしい。一曲目のバッファロー・スプリングフィールドのサードアルバムに収録されたON THE WAY HOMEを聞くだけで感動である。しかも、ライブではあまり聴いたことがない、HEART OF GOLDをしている。唯一のナンバー1であるがそこまで客の反応がよくないと言うことはハーヴェスト発表前のツアーのせいか・・・。

 やっぱりニールヤングは偉大で、永遠である。

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 今日は、レコードコレクターズ増刊の「遺作」という本を読んでいたら無性にこの4枚が聞きたくなった。
 デニス・ウィルソンの唯一のソロアルバムであるパシフィック・オーシャン・ブルーは、ビーチボーイズの明るい海のイメージとは遠い、どちらかといえば、もっとつらい海をじっと眺めているおっさんの悲しさを感じる。とにかく名作。感受性豊かな世界が感動を呼ぶ、なんでこんなに声がしわがれてしまったんだろう。
 声がしわがれてしまったと言えば、ジョンレノンがヨーコと別れている間、酒浸りの生活を送った時の二人のパートナー。ひとりはキース・ムーン。彼はその後天に召されていった。そして、このニルソン。彼からはあの美声を奪ってしまった。その彼の美声時代の代表曲といえばウィズアウト・ユーだが、天国に近いようなうつくしいヴォーカルが楽しめるのはこのニルソン・シングス・ニューマン。聞いていてすごく幸せな気分にさせられる。
 
 酒浸りからドラックに行って失礼だが、グレイトフルデッドのライブでのジェリーガルシアのギターは本当に空を舞い、心地よいという言葉がぴったり。ダークスターを聞いているけど、この曲の全体像なんて全く気にしなくなって、このギターを聞いてさえいればいいと言う気にさせられる。

 最後が酒場でのライブということで90年代が生んだ悲劇の大天才ジェフバックリーのライブ・アット・シンフェ。90年代を代表する名作グレイス発表前のシンフェというクラブでのライブ。テレキャスター一本と言うことが信じられないほど表現豊かでですばらしい曲が続く。彼自身の曲も優れているがカバーもどれもすごい。ヴァンモリソン、ゼップ、ホリーコール、ヌスラット・ファテ・アリ・カーン、レナードコーエン、ザバンドなどを見事に歌いきる。デビュー前のこの時点ですでに天才である。何度聞いても素晴らしいものは素晴らしい。

 共通点といえば、みんなアメリカ人。そして、みんな死んでしまった人。しかも、みんな素晴らしい人ばかり・・・。

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 1970年のニールヤングのクレイジーホースとのコンサートをあらためて聞いています。ビリー・タルボット、ラルフ・モリーナと一緒に今は亡きダニー・ウィットンもニール・ヤングと一緒にやっています。荒っぽい演奏だけどコーラスとかは意外とぴったりだったりして、荒っぽさ、はみ出したいという欲求ときちんとした曲、メロディを作りたいという二ール・ヤングらしさがよく出ています。メロディはあくまでも美しく、ギターの音はどこまでもひずんでいます。ダニー・ウィットンのリズムギターはニールヤングを煽り、力強いコーラスがニール・ヤングをますますパワーアップしています。ここでは、カウガール・イン・ザ・サンドやダウン・バイ・ザ・リヴァーの力強い演奏が出色なんだろうけど、自分は一曲目のセカンドアルバムのタイトル曲に大いに魅力を感じる。ヤングのヴォーカルもいいけど、ダニーウィットンが実にいい。この彼を失ったのが彼にとってどれだけ悲しいことであったかわかるような気がする。
 この録音から37年。昨年出たLIVING WITH THE WARまで彼は同じメッセージをずっと出し続けないといけない。何ら変わらない彼の中からにじみ出て来る音は、いろんな表現形態を変え、自分に感動を与えてくれている。グルーンでいるツアーで初めて間近に見たニールとその仲間たちは。おっさんながら実に美しかった。ニールヤングはいつまでも美しく、まっすぐ世の中を見続ける。
 このセカンドアルバムのタイトルのようにみんなそれは知っていることなんだけど・・・。
 ずいぶんとヤングのアルバムもたまってしまった。

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 自分は詳しいボブディランのファンではないからそこまで深いことは知らない。とりあえず60年代の作品はだいたい持っているし、66年のライブも、ローリングサンダーレビューも、70年代の名作群も持っている。でも、そんなに深いファンではない。
 そんな自分はディランの生き様をプログレと呼ぶ。音楽的にではなく、まっすぐに突き進んでいく姿、そして、その当時最新のPAを使い、観客を圧倒していった姿からそう呼ぶ。浦沢直樹の番組を見ていて、66年ツアーのLIKE A ROLLING STONEの前の客のやりとりJUDAS・・I DON’T BELIEVE YOU・・YOU’RE LIARの部分を見た。無性に買いたくなって購入。ここのところばかりが先行してしまうことはあまりよくないことなんだけど、自分はここに「自分の道を信じて突き進む潔さ、痛み、美しさを見つける」そして、自分はディランの方に立っているのか、観客の方に立っているかを問い直すのである。年を重ねていくにつれ、ディランの方に立っていた自分が次第に観客側に近づいているのを感じる。だからこそ、これを見て自分を戒めるのである。教師にとって「どこに立つか」というのはもっとも大切なところである。ここが揺らがない教師がいい教師だと思う。自分が「ロックな」教師になりたいというのもここから来る。
 こんなことを書かれてもディランは迷惑だろうし、熱心なディランファンには考え方が見違っているといわれそうだが、それはそれで自分が納得しているからいいのである。
 まあ、ディランはフォークギター一本でやるだけでなく、ただロックバンドスタイルでやりたかっただけ、それがどんどん伝説化していった結果じゃないかな?だってその後もフォークギター一本で名曲を生み出し、ライブ演奏もしているしね。

 いまから、LIKE A ROLLING STONEを見ます。

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