| 神の声を聞く 恵みのライフスタイルにおける祈りのもう1つの側面は神が話し返 |
| される。話される方法はわからないが恵みによって交わる内に語られる。クリスチャ |
| ンが行ないで交わろうとしてはダメ。祈り、御言葉を読む時に神が語られる事を期待 |
| していますか。ジャック・テイラーは沈黙の期待という事について次のように記す。 |
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| 巷に広がっている異端的な考えとして、神はかつて語られ御業を成したが、今は口を |
| 閉ざし、御業は成されない。この考えは神が既に聖書を与えられたので意思疎通の必 |
| 要がなくなったというもの。不自然に聞こえないだろうか。今日の多くの教会 |
| がこのような理解に立った霊的世界観を持っている事にお気づきだろうか。こ |
| の神の沈黙という概念が広く今日の教会に蔓延し、そのままになっている。 |
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| 私が持っているコンピューターのコンコルダンスによると「主は言われる」という言 |
| 葉が聖書の中に577回使われ、「主が語られる」143回、「神が直接話される」 |
| 720回。神の声が聞こえますか。主は、主の羊は羊飼いの声を聞き分けると言われ |
| た。ところがあるクリスチャンは、救われてから神の声が聞こえる事を1度も期待し |
| た事がない。神はご自分の子たちと、ずっと話しながら交わる事を願っている。律法 |
| 主義では決して開かれなかった神の声を聞く耳を、恵みが開く。恵みによって神様を |
| もっと知りたいとうい願いを持つようになった。それだけです。 |
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| 御心は従うべき道ではなく、主イエス・キリストご自身。主につながれば、御心を失 |
| う事は不可能となる。主の命が私たちを通して常に現わされるから。おそらく使徒パ |
| ウロほど大いに神に用いられた人物はいないだろう。御心を知る為に葛藤した事はな |
| かった。ただ御心を毎日行なっただけ。パウロの行動はごく自然に出てきた。 |
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| ところが、私たちには、キリストの心があるのです。Ⅰコリント2章16節 |
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| キリストに結びついているなら、主が私たちを通していつも現われて下さり、御心か |
| ら外れる事は不可能。恵みは私たちが神の御心を知る責任を免除し、その責任を主に |
| 任せる、これは安心。ただ主に安らぐだけ。多くの場合、私たちの思いを通して語ら |
| れる。恵みは、主と結びついているクリスチャンに主はあらゆる状況で導いて下さる |
| という確信をもたらす。内なる聖霊が思いを導かれ、全能のキリストがご自身の命を |
| 私たちを通して現わす。私たちの代わりに主が成さるのだから、間違った決断を犯さ |
| ないかと心配する事は愚か。恵みによって神と交わると周りの人とも接するようにな |
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る。新しい道が開かれ、超自然的としか言う事の出来ない愛を受け取るようになる。
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| 『恵みの歩み グレース・ウォーク』スティーブ・マクベイ著、尾山謙仁訳より抜粋 |